第6話:双子
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サリアは身につけていた魔女のローブに「隠蔽」の魔法付与を与え、二人の足元には消音を使った。下手に魔力を使うと母にバレてしまう可能性があったから、極最小の魔法でリアムを牢から連れ出した。
すでに遅い時間だったし、母は父の部屋で何やらお楽しみ中のようだ。それはリアムが悪い顔をしてこっそりサリアに告げた。
サリアは成人の儀を思い出し、顔を歪めて心底汚らわしいと言う顔をしたが、それならば逆に都合が良いと思い直しサリアの部屋に揃って入り、扉を固く閉めた。そしてベッドの下に隠してあった赤い本を引っ張り出した。
「あなた、いつも私の部屋に入っていたのね?」
ベッドの下を覗き込んでみれば、どこかで拾った小石や壊れた剣、それに一緒に作ったうさぎのぬいぐるみの残骸も見つかった。
「あっ、こんなところにあったのか」
リアムは悪気もなくメイドに八つ当たりした事を思い出した。あのメイド、結局死んだって聞いたな。悪い事をしたなとちょっと罪悪感を持ったが、もう済んだ事だしなと開き直った。
ベッドの下にはむしり取った薬草が萎びていたり、どこかから持ってきた本も何冊か隠してあった。
「呆れたわ。隠さないで読めばよかったのに」
「読んでもらいたかったんだよ。この古いジャーナル父様の机にあったんだ」
「そんなものまで!」
「いいから、いいから。これは後でゆっくり読んだらいいよ。逃げる時に持っていけばいいじゃない。それより早く!この赤本、いっぱい魔法陣とか魔法の言葉が詰まってるみたいなんだ」
ページを開くと、その禍々しさは確かに禁忌のものだと感じ、サリアの背筋が伸びた。慎重にページを捲りながらそれぞれの魔法陣の用途を覚え、呪文を覚えていく。何年も訓練していくうちにサリアは独特の方法で見たものを覚えていくようになった。瞬間記憶のようなものだ。写真に撮るように、鮮明に見逃す事なく覚えていく。それでも、全てを覚えるには時間が足りない。
これはまさに禁忌の本だ。中には精神汚染の魔法や、肉体を操る魔法、呪いの数々が、次々と出てくる。これほどまでに禁忌があるのかと思うほどに。その中には不完全なものや、失敗した魔法陣もいくつかあり、不老不死のページは何ページにも続きどれも不完全で失敗作らしい。その中には忘却の魔法や、不滅精神の魔法陣などもあった。空間移動や亜空間収納も禁忌の魔法に分類されていたようで、ちょっと驚く。転移魔法は王宮と侯爵領の間で日常的に使うし、収納鞄も作って持っている。この本の中には属性魔法として分類されていて、これらは闇に属しているようだった。
「面白い観点ね。属性なんて考えたこともなかったわ」
「ほらね、役に立っただろ?」
サリアの表情が久しぶりに動き、リアムも嬉しそうに笑う。
そして、見つけた。
『魂の転換は神の心技に分類され、編み出したものも、使用したものも神の怒りに触れその存在を抹消された。禁忌書に掲載するのは二度と神の領域に手を出さない様に戒めのためとする』
と書かれてあるが、魔法陣を見ると無駄が多く、転移陣がつながっていないことにサリアは気がついた。
「これでは、魂は亜空間に飛ばされたまま戻ってはこないわね。迂闊に使ってしまったのね……。それによって無限に魔力を垂れ流し、その存在を消してしまった、と」
つまりそこを修正すれば、この魔法陣は完成するはずだ。とは言え、実際に見たことはないので、本当に成功するかはわからないが。
「リアムは私になって魔女になりたい、本当にいいのね?」
「もちろん。僕はサリアの代わりに魔女になって王宮に住みたい」
「王宮には住めないけれど、この屋敷も爵位も、魔女になればサリアのものになるわね」
「そうなの?でもいいや。そして僕は晴れて生贄になる」
「……私がリアムになったら逃げてあげる。生贄になんかさせないわ」
「ふふっ。じゃあ、生贄は他に探さないとね。魔女になるのに生贄がいるかもしれないだろ?僕がサリアになって魔女になったら、そんな儀式無くしてあげるよ。それで王宮に毎日いく!僕は魔女侯爵、サリアは僕になって逃げ出して、どこでも好きなことをすれば良い。これまで良い思いしてきたんだから、それくらい譲ってくれるよね、サリア?」
都合のいいことを並べ立てて、なんとかしてサリアになろうとするリアムを、サリアは止めなかった。
成人の儀が頭の中に浮かぶ。大人になれば、そう言うことをしなければならないと言うのは理解できたが、受け入れられない。吐き気がして、逃げ出したくて仕方がなかったのだ。
ふと考えるのは「生贄」と言う言葉。生贄はサリアだと思う。サリアは生贄として、あの泉に放り投げられた。魔女が魔女になるための。あるいは、竜が生き返るための生贄。【始まりの泉】に投げ入れられた可哀想な人々と同じ。
だとしたら、身代わりになるのはリアム。いや、体はサリアだけれど。でも、それなら身代わりになるリアムの魂はどうなるのか。サリアの体と共に朽ちてしまうのか。
サリアは難しい顔をして、手元を見る。
「ねえ、リアム。もしかしたら私が、サリアが生贄かもしれないのよ?それでもいいの?」
「サリアが生贄?まさかあ。サリアは魔女でしょ?」
「魔女の訓練はたくさん痛い思いも苦しい思いもするのよ?大丈夫?」
本当に入れ替わりたいのか。入れ替われば、あの苦痛を伴う訓練をリアムも味わうことになるのだから。だがリアムは、サリアがどれほど「辛いのよ?大変なのよ?」と言っても笑って大丈夫だという。
サリアは考える。
リアムは男の子で、いずれこの家を出て、自分自身で身を立てて生きていかなければならないのだとしても。魔女になれず、魔力も持たないただの人間になるのだとしても。あの王子に鞭で打たれた傷口を舐め取られ、意にそぐわない行為をしなければならないのなら、魔女になどなりたくない。自由になりたい、と。
リアムは考える。
姉がお人好しでよかったと。なんでも素直に信じるサリア。子供の頃から、僕が何もしなくても代わりにしてくれたサリア。痒い所に手が届く姉で、だからこそ大好きだった。
動物を虐めれば、そんなことはしちゃダメだと言いつつ、治癒の魔法をかけてしまうサリア。悪戯をしても、誰かにバレる前に無かったことにしてくれた。みんなニコニコ、バカみたいに「可愛い双子」と言ってくれて、楽しかった。なのにサリアがいなくなって、みんな変わってしまった。僕がオマケだったかのように、蔑ろにされた。何をしても僕が「サリア」じゃないから嫌われた。
自分が自分のままであったら、この家にもいられなくなって、誰も助けてくれなくて、一人で生きなきゃいけなくなる。サリアは侯爵で魔女で国の重要人になる。
じゃあ僕は?薬師なんてゴメンだし、きこり?農民?はっ!なんでそんなものにならなきゃいけないのか。サリアになりかわったら、貴族のままでいられて、ずっとこの家にいられるし、美味しいものも食べられるし、王宮でケーキとかも食べ放題。みんなが僕に頭を下げて、王様よりも偉くなる。
ほんと、たかが男に生まれてきたってだけで、こんなに差別されるなんて。僕らは双子なのに!
「魔女の訓練は大変よ?それでもいいの?たくさん魔獣を倒さないといけないし、怪我をするかもしれないわ」
しつこいな。サリアはお人好し過ぎてきっと魔獣も殺せないから、苦労するんだ。魔女には向かないんじゃないかな。その点、僕なら問題ない。魔法が使えるようになったら無敵じゃないかな。剣なんて使わなくても済むしね。
「いいってば!やりたい、やりたい!僕魔女やりたい!」
すでに興奮して飛び上がるリアムを見て、サリアは意を決した。
「………わかった。私の体、リアムにあげる。でも、本当にいいのね?後悔、しない?」
「しない、しない!後悔なんて絶対ないよ!今日から僕が魔女だ!もう一度代わりたいって言っても絶対あげないからね!」
サリアは自分の血で魔法陣を書き直し、それに魔力を通し呪文を唱えた。
「<プラサナ・プラマ>」
ぐらりとめまいがして、天地がひっくり返るような感覚と共に意識を失った。




