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第4話:ウィリアム

 日に日に表情を無くし、やせ細っていくサリアを見た父ウィリアムは、心配してオリヴィアに尋ねた。


「あの子はちゃんと魔女になって、(オリヴィア)を解放できるのか」と。


 ウィリアムは元々子爵家の三男で、魔女に選ばれた夫だった。それまで全く関係のなかった魔女からいきなり配偶者として指名された。夫となる条件が『薬草に詳しく侯爵家の薬草農園を管理できる者、後継を作った後は、基本的に薬草とポーションの研究をしてもいれば良い』ということだったので飛びついたのだ。


 昔知り合った冒険者の男が何度か手紙をくれて、『お前も冒険者になって一緒に旅をしよう』と誘われていて、それもいいかと国外に思いを馳せたが、魔女の配偶者という立場と薬草の研究が好きなだけできるというのは、それを上回る魅力だったのだ。


 薬師として資格を持つ者はこの国には多い。何せ、魔獣の素材と薬草、魔女のポーションで外交を保っているような国だ。一般的にはあまりうだつの上がらない薬師か猟師か農民か、と言ったところがせいぜいだ。まあ、戦える者は、猟師というよりは戦士や騎士、あるいは兵士というのが正しいのだろうが。


 時々ふと「私たちは国に飼われた家畜と同じようなものではないか」とモヤモヤしたこともあったが、それが一般常識になると「まあ、どこもそんなものか」と諦めるようになった。


 だが、オリヴィアに出会い、ウィリアムは感電したかのような甘い痺れを覚えた。頭の中で「この人だ」と確信めいた感情が湧き上がった。それはオリヴィアも同じだったのだろう、目を見開いて打ち震えていたのだから。


「愛しい人、ウィリアム。わたくしをあなたの人生のただ一つの星にしてくださいませ」

「可愛い人、オリヴィア。私の人生をあなたに捧げましょう」


 そう言ってひしっと抱き合い、魂が喜び合うがまま体をつなげた。だがすぐその後で、うっかり順番を間違えたことに気が付き、オリヴィアはこのことは内緒にと証拠を消した。そのときはどういうことかわからず、結婚前に処女を奪ったことでお咎めがあるのではと恐れたのだが、それは血の契約というものに取って代わった。個人的に体をつなげる前に、血の契約を済まさなければならなかったのだ。


 今考えてみても悍ましい。こんな契約で魔女を縛り続け、千年も続いていた国だとは思いもよらず、国の在り方に嫌悪した。だけどオリヴィアは、これが最後になるという。


「血の契約でできた、これから生まれるであろう王子と、魔女の血族。これに少しだけ手を加えて、この惨めな血の契約はこれが最後。そうしたらわたくしとあなた、二人だけの世界になるわ」


 竜の魂は癒され自由になり、この国も竜の呪いから自由になるのだ、と仄暗い笑みを浮かべたオリヴィアに、ウィリアムは歓喜した。馬鹿げた血の契約で私の愛する妻が汚されたような気がしたから。ついでに、オリヴィアを穢した国王など、呪われて死んでしまえばいいのにと密かに呪いもした。


 王妃の体にも王との性交にも毛の先ほども興味はなかったが、夫婦が愛し合う姿と、妻の裸体を見ながら自慰した王の穢らわしい瞳。あの青い瞳を穿り出したいほどの憎悪をむけた。そしてその白濁を杯に受け、それを飲み干さなければならなかったオリヴィアに涙した。ウィリアムの矜持に懸けて、オリヴィアには指一本触れさせなかったが、オリヴィアの愛液を舐めるように口に含んだ王を見つめる王妃の瞳にも、同じ憎悪の炎が浮かんでいた。その後に子を授かるためだけに抱かれる王妃の心情は如何程のものか。


 王が短命だというのは、実は王妃のせいじゃないかと思うほどに、ゾッとする冷ややかな視線だった。


 悍ましい血の契約が終わり、ウィリアムはさっさとオリヴィアに薬草ポーションを飲ませ、穢らわしいあの男の精液を浄化させようと必死になった。


 その後、王妃は無事王子を授かり、オリヴィアは双子をもうけた。双子はどちらも、髪や瞳の色は違えどオリヴィアと私に似ていて、愛らしく誇らしくもあったのだ。


「時は満ちた。一つは器。一つは生贄。そして一つは終焉の鍵」


 オリヴィアは何度も私に愛を囁き、いずれ国を出て、永久に愛を語り合いましょうと呟いた。その日が楽しみで待ち遠しいとも。そしてその中に、子供たちが含まれていないことは、薄々感じていた。誰が器で、生贄で、そして終焉の鍵とはなんなのか。疑問を口にしてもオリヴィアは微笑むだけで、何も教えてくれなかった。


 だが、正直な話、私には手に余ると思ったから、気づかないふりをした。血の契約の後も、私たちは愛を囁き体をつなげてきたが、まだ子を授かる兆候はない。だけど、穢れた儀式で作られた子供たちよりも、純粋に愛し合った子供たちが欲しいと考えていたことは確かだ。落ち着けば、いずれ。オリヴィアとわたしだけの愛しい子供が欲しいと。


 そうやって、蔑ろにし続けた罰なのだろうか。


 竜の魂は癒えたというものの、相変わらず私たちの娘は魔女の訓練をしているし、愛らしかったその表情が抜け落ち幽鬼のようになっていくのを、私は黙ってみていることなどできなかった。あれで次世代の魔女になり得るのだろうかと心配した。オリヴィアはあんなに美しいのに、私の娘は。私たちの双子は、私に似ている。それはそれで嬉しいことではあるが、どうにも不完全な気がする。そして穢らわしいとさえ感じているなんて。


 サリアと私はあまり接点がない。5歳まではサリアがリアムの面倒を見てくれていたから、昼間はオリヴィアは魔女として毎日のように出仕していたから、私は研究に没頭できた。子供たちの顔を見るのはせいぜい朝食の席。私を煩わせるでもなく、気にもとめなかった。


 反対に我らが息子はだんだん手に追えなくなってきている。()()()()()()()()()()、人を二人ほど殺めているし、悪戯はどんどんエスカレートし、残虐さが色濃く滲み出始めていた。まさしく悪魔のような。まさか、我が子が「終焉の鍵」などというものに変わり、世界を破壊するのではないかと恐れ慄いた。あれは生贄にすべきではないか。


 教育に失敗した。誰も口には出さないが、視線がそう告げている。


 とは言え,私も貴族の出だ。親とはあまり接触はなかったし、三男である私は勝手にどこへでも行けと言われていたくらいだ。だからいきなり親だと言われても、どうしていいか判らないという事もある。子供は勝手に育つというが、勝手に育った子供が一人は魔女で一人は悪魔のような子だったとしたら、誰が責任を取るというのか。リアムを育てたのは、サリアじゃないか。責任転嫁ではないが、あれはサリアと共にいる方が良いと思う。


「子供たちは二人とも()()()()()()()()()()()。もし今回失ったとしても、今後は穢らわしい王族の影響も受けず、本当の我が子を抱けば良い」と笑みを深めたオリヴィアはどこか狂気を孕んでいた。


 そうか。やはり、あの子たちは王の血が混じり、竜の呪いを受けているからああなってしまったのか。つまり、私たちのせいではないということだ。魔女の器であり、竜の生贄であり、そして終焉の鍵となる子供たち。


 そんなことをぼんやり考えた。



 その日の晩。地下牢からリアムが叫んでいた。


「ずるい、ずるい!サリアだけいつもずるい!いらないなら僕を捨てろ!僕を殺してせいぜい悲しめばいい!サリアさえいればいいんだろう!じゃなかったら、僕も王宮に連れていけ!サリアばっかりいい思いをして、ずるいじゃないか!」


 狂ったように叫び、泣き喚き、そして気を失ったように眠るリアムに、使用人たちもノイローゼになりそうだ。殺してしまおうか。いや、あれでも私の息子だ。どうすればいい。生贄にするために、王宮に連れて行くべきか。


「愛しいあなた。ウィリアム。大丈夫よ、きっともうすぐ解決するわ」


 オリヴィアが囁き、私の頭にキスを落とす。私は雑音を忘れ、オリヴィアの甘い香りに夢中になった。そのとき地下牢で何が起こっているかなど、考えもせず。




 そして全ては終焉へと向かっていたのだ。


他力本願な父様も、どっぷり毒にやられてる。

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