第3話:リアム
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その頃リアムは、毎日が退屈でしょうがなかった。
何をしても面白くない。中身がなく、何かが足りないという飢餓感から抜け出せない。サリアがいなくなってからだ。
思えば、幼い頃は何をしてもサリアがいて、楽しかった。何も考えなくても、サリアがどこへでも連れていってくれた。庭で宝探しをするのも、池で魚釣りをするのも、薬草畑でかくれんぼをするのも。雨の日は図鑑を見たり、本を読んでくれた。うさぎのぬいぐるみをリアムの色とサリアの色で作って交換したりもした。
そのウサギは、今は首も耳も取れて、ボロボロだ。だって僕が怒りに任せて殴りつけて、放り上げて踏みつけて、泥を投げつけてぶちぶちにちぎってやったから。汚れて壊れたウサギを持って、サリアの部屋のベッドに投げつけてやった。これで僕が怒っていることに気がつくに違いない。
そう思ったのに、サリアは何も言わなかった。
メイドが、サリアが見る前に片付けてしまったのに違いない。そう思った僕は、サリア付きのランドリーメイドを踏みつけて、泥をぶつけて、木剣で打ち据えてやった。ウサギと同じように痛めつけて、血だらけ泥だらけになったそのメイドを、サリアのベッドの上に投げつけた。
他のメイドが大騒ぎをした。
そうしたら父様が飛んできて、僕におしおきをして牢屋に入れた。三日三晩汚い地下牢に入れられて、泣いて謝って出してもらった。人は好き勝手に殺しちゃいけないんだと、言われた。
なんで、と聞いても、それは非道なことだからだと言われて。でも、よくわからなかった。悪いことをした魔獣や動物を殺したら喜んでくれたのに。どうして悪いことをした人間はダメなのか。
「坊ちゃんが殺されてしまったら、お母様やお父様、それに何よりサリア様も悲しむでしょう?それと同じことですよ」と年老いたメイドに言われて、そういうものかと納得した。
サリアは魔法が得意で、シャボン玉を風で飛ばしてくれたり、火花を打ち上げて一緒に怒られたこともあったけど、何をしてもドキドキして楽しくて。サリアさえいれば、僕はとても幸せだったのに。
「なんでサリアがいないの!サリアはどこ!」
ある日からサリアがいなくなった。朝起きたら、父様が家庭教師を連れてきた。サリアがいないから何を言われても何も頭に入ってこないし、全然楽しくもない。
「サリアは魔女になるための勉強があるんだよ。お前も自分のことは自分でできるよう、頑張らないと、サリアに笑われるよ」
父様が苦笑いをした。だから、サリアに笑われないようにと思って、家庭教師と勉強をしてみたけど、さっぱり分からなかった。何を言っているのか分からない。まるで言葉が通じない人みたいだ。だから僕は怒って、本とか、色々投げつけて逃げ出した。
庭の茂みに隠れて、誰にも見つからないようにじっとしていた。サリアが帰ってきたら、文句を言おう。なんで僕を置いていったのか、問い詰めないとって思ってた。
夕方になって母様と一緒に帰ってきたサリアを見て怒り爆発だった。きれいな格好をして、王宮にいたの、だなんて。王宮で王女様や王子様と会って、お茶をしたに違いない。僕のサリアなのに!王子と王女が僕のサリアを奪ったんだ!
「今度は僕も連れてって!退屈で退屈で死にそうだよ!」
僕はサリアにお願いしたけど、サリアは困ったように首を横に振った。僕は連れていけないんだと、ごめんねと謝った。僕が死んでもサリアは悲しまないんだと思って、愕然とした。
「なんで?なんでサリアだけ!?」
魔女の勉強があるなら、僕もする。一緒の方が楽しいよね、サリア?って言ったけど頷いてくれなかった。魔女の勉強はとても大変で辛いから、リアムはお家で勉強をした方がいいとまで言われた。
そんなに王宮の方がいいのか。僕よりも。きっとすごく楽しいんだ。だから僕がいらなくなったんだ。
「どちらがよりたくさんの薬草の名前を覚えられるか競争しよう」
と言われて、次の日頑張って覚えたけど、夜遅くになってサリアが帰ってきた時には、もう覚えていなかった。サリアは20個の薬草の名前を覚えて帰ってきた。それだけじゃない、どこかの国の言葉で挨拶はこういうのとか、同じ言葉でも意味が違うのとか、僕の知らないことを言い始めた。前は僕が知らないことをたくさん知ってるサリアの話が大好きだったのに。この時は面白くなかった。
そのうち、サリアは時々帰ってこない日があったり、ものすごく遅くなって僕と会えなかったりもして。
ああ、つまんない。つまんない。サリアばっかりずるい。王宮には何があるのかな。
あまりにも退屈だったから、父様が大事にしている薬草をがむしゃらにむしってやったら、ものすごく怒られて、また地下牢に入れられた。泣いて謝って「反省した」って言って出してもらえたけど。その薬草はサリアに必要とされるものだったと聞いて、本当にちょっと反省した。
それから乗馬の先生を紹介されて、厩に馬を見にいった。大きくて怖くて、怖気づいたら馬に笑われた。「ブヒヒヒヒン」って歯を見せて笑ったんだ、あの馬!馬のくせに!乗馬の先生は、「坊ちゃんの事を怖がったんですよ」とか言ったけど、何もしてないのに怖がるわけがない。
だから庭で蜂の巣を見つけて、こっそり馬小屋に放り込んでやったら、馬が驚いて悲鳴を上げた。ザマアミロ、と思って覗いてみたら血だらけになった男の子が倒れていて、びっくりして逃げた。
あの時、馬の世話をしていた下働きの平民が、驚いた馬に蹴られて骨を折ったんだって。その子は庭師の爺さんの孫だったんだって聞いた。骨を折って動けなかった少年を、馬が何度も何度も踏みつけて体はぐしゃぐしゃになったって。父様の大切な薬草も、死んだ人には役に立たなかったみたいだ。
運が悪い子だなあと僕は思った。そしてその馬もいなくなった。父様の大事な馬だったけど、仕方がないって悲しそうな顔をしていたっけ。その後、父様にバレてまた地下牢に入れられた。今度は前より長かった。運が悪いのは僕だった。
地下牢から出てきてからも、みんなが暗い顔をしていたから、ますます憂鬱になった。
『セリア様がいらっしゃったら』と使用人が話しているのが聞こえて、ムッとする。僕が男だから、みんなセリアばかり贔屓する。僕がこんなに退屈だって言ってるのに、誰も何もしてくれない。恐ろしいぼっちゃんだこと、って眉を下げて頭を振って、残念な子を見るような顔をする。
庭師の爺さんの孫が死んだとき、爺さんに殴られるところだった。兵士が止めて、連れていってくれたけど、庭師の爺さんは平民だからきっと死刑になったに違いない。だって貴族の息子に殴りかかったんだから。ザマアミロ、だ。
ああ、つまんない。サリア早く帰ってこないかなぁ。こっそり王宮について行っちゃおうかな。
ある日、剣の先生がやってきて、体を動かさないから退屈だなんて思うんだ、と叱咤された。そうじゃない。サリアがいないからつまらないんだと文句を言ったら、木剣を渡されて素振りを百回、毎日やれと言われた。だから先生に向かって剣を振り回したんだけど全部受け止められて、逆にボコボコに打ちのめされた。大怪我をして、意識が朦朧として悔しくて、痛くて「同じ目にあえ」って呪いの言葉を吐いた。
そうしたら、驚いたことに数日後、その先生は馬車の事故にあって死んでしまったんだって。笑ったよ。僕には呪いの言葉が使えるんだ。
だけどそれきり、呪いはどうやっても発動しなくて。同じように痛い目に遭わないといけないのかもしれないから、諦めた。痛いのは嫌だ。
それでやっぱりイライラして。もらった木剣を部屋の中で振り回して、家の窓ガラスを思いつくまま壊して、キッチンでスープの入った大鍋をひっくり返したらシェフが大火傷を負ってしまった。
スープを浴びたシェフは、顔と利き手が焼け爛れて、料理が作れなくなってしまった。当然それも僕のせいにされて、またしても地下牢に入れられた。今度は泣いても謝っても出してもらえなくて、1ヶ月も地下牢で過ごした挙句、ご飯は1日一回、おやつも与えてもらえなかった。
それもこれも全部セリアが悪いんだと叫んだ。だってセリアが僕を見てくれないから!
「セリアばかり、ずるい!ずるい!みんな僕がいらないから意地悪するんだ!ひどい!ずるい!」
しばらく何もする気がなくて、ぼんやりしていたら父様が薬草の手入れを手伝いなさいって言ってきた。薬草畑はめちゃくちゃ広くて、たくさんの使用人がいる。みんな大きな籠を持って薬草を摘んでいるけど、なんて退屈な仕事なんだろう。適当に毟って籠に入れて、退屈になって。やっぱり僕は、逃げ出した。
薬草臭くなった手で、干してあったシーツを触ったら緑色に染まった。ちょっと面白くなって手を拭いて、顔を拭いて、鼻もかんでやった。後で洗濯女が庭に出てきて悲鳴を上げていたのがおかしかった。
それから、父様も何も言わなくなった。
家庭教師も来ないし、剣の稽古もなければ乗馬の先生も来ない。
そして相変わらず、サリアも帰ってこなかった。