第2話:王太子サルジャン
性的表現、虐待でます。
苦手な方も、お好きな方もご自衛ください。
人間の持つ魔力は、魔女の魔力と少し違い、利用することはできないという。魔力は人間の中では「気」と呼ばれ、体の中で自然に巡らせているらしい。
魔女見習いのサリアにはその魔力が目に見える。どこで滞り、不調が起こっているかなど手に取るようにわかり、その滞りを促すことで治療ができたりもする。とはいえ、一人一人に面会するわけにもいかず、侯爵領で作る薬草や魔女のポーションで補っているわけなのだが。
王太子サルジャンの魔力は、サリアの母のそれと酷使している。それが分かった当時、本当は親子なのではと疑ったほどだが、普通の人間に魔力の色や質までわかるわけもなく。そんなことを口出せば不敬になることも分かっていたので、誰かに伝えたこともないし、母に聞くわけにもいかなかった。
サルジャンの見た目は王妃に瓜二つで、普通の人間から見れば明らかに王と王妃の子であると疑われることもなかったが、魔力が目視できるサリアは不思議に思っていた。千年もの歴史の中で、血が近かったことは確かにあった。そのせいで魔力も似ているのかもしれない。
だがサルジャンが成長するに従い、その魔力は変色し、形を変え。ドロドロと色を変える王子の魔力はとても歪なものに見え、その粘着度にサリアは恐ろしく感じることもあった。できれば、触りたくない、近寄りたくないと思うこともしばしば。
サルジャンはサリアと同じ年だが、すでに成人を迎えている。サリアが魔女になる時、サルジャンは王になることが決まっており、サルジャンはサリアが成人するのを待っている状態だ。対となる魔女と王だからこそ二人はお互いをよく知るべきであったし、守り守られるべく、信頼関係を築いていかなければならなかった。
歴史や算術、外国語やマナーなど。ある程度の年齢まで共に学んだもの同士、多少の会話も許されていたのだが、サリアが10歳を超えたあたりでそれは突如終わった。
「殿下は先に成人を迎えたのです」
オリヴィアが淡々と告げる。それがどういうことなのか。
サルジャンには婚約者が与えられ、教育が変わっていった。その頃からだろうか、サルジャンのサリアを見る目が変わったのは。
距離を空けていても絡むように纏わりつく視線に、最初は戸惑いを感じたサリアだったが、ある日の座学で、サリアが成人を迎えた後に行われる王との魔法契約の内容を知り、その視線の意味を知った。
『魔女は王の精液と己の血を混ぜたものを飲み、王は魔女の精液と己の血を混ぜた物を飲まなければならない。王の番と魔女の番がそれを補助し見届けることで、血の制約は結ばれることとする』
成人した魔女と王は、護国契約のために血の制約を結ばなければならない。そのための儀式にサリアは戦慄した。
「サリアも早く成人すればいいのに」
サルジャンの台詞に背筋が震えた。
「ふふ。お前のその小さな口が、私のものを咥えるんだって」
「は……?」
「楽しみだなあ。私のものを咥えて、吐き出した精を呑み込むところが早く見たいよ」
「私がお前の精液を飲むには、どうしたらいいと思う?お前とまぐわうわけにはいかないからね。お前の夫になる者と裸で抱き合うところをじっくり見て、十分に濡れたらお前のそこを舐めるのがいいのかな?ああ、それとも最初から私が解そうか」
細い指を口に含み、付け根を強く噛みつかれたサリアは驚いて指を引き抜いた。歯形がつき血が滲む。それを見たサルジャンの目が欲情の熱をはらみ、ペロリと舌なめずりをした。恐ろしくなったサリアはサルジャンを思い切り突き飛ばし、真っ青になって逃げ出して、吐いた。
気持ち悪い。
嫌だ。穢らわしい。
不潔で、悍ましい。
ねっとりと絡みつくようなあの魔力の意味を知り、あの視線が自分を舐めまわし、視姦される恐怖を知った。そして近い将来、視姦では済まされないことも。
嫌だ。嫌だ。嫌だ!!
そして、サリアの地獄の日々が始まった。
次期王の前から礼もなく、突き飛ばして走り去ったとして、サリアは鞭打ちの罰を受けた。
薄暗い拷問室で、上半身を剥かれ下着姿で鎖に繋がれ、水を浴びせられ、サルジャン自らが鞭を手にとった。背中の皮膚が裂け、痛みに気が遠くなると、また水を浴びさらに鞭で打たれる。意識が朦朧となった時、サルジャンが血まみれになったサリアの背をぺチャリ、ぺチャリと音を立てながら猫がミルクを飲むように舐めとった。
「ああ、お前のこの血に私の精が交わるのか。悪くない」
ヒッと叫び声をあげそうになるのを必死で堪え、震えながらその恐怖と闘った。
「二度と私から逃げようなどと、考えないことだよ」
それ以降、サリアから笑顔が消え去った。
母は黙って薬を塗り、魔法で痛みを取り除いてくれたが、心がうけた傷は癒やされなかった。
「成人したくない、怖い、逃げたい。恐ろしい」
そう言って泣いても、オリヴィアは静かにサリアを諭した。
「王太子にはわたくしから、よく言っておきます」
それからというもの、サルジャンの加虐趣味に拍車がかかったように王宮に血の匂いが広がった。
メイドが行方不明になった。
侍従が事故死した。
騎士が腕を失った。
そんな話がそこかしらでヒソヒソと聴かれるようになった。
王も王妃も魔女すらも、何があったのかおおよその理解をしていながら、何もしなかった。
王子には遊女を与え、王宮内の被害を最小限に抑えつけるようになった。そんな中でもサリアの魔女教育は今まで通り続き、サリアからは表情が抜け落ちた。時折因縁をつけられて、拷問室に引き摺り込まれ水責めや鞭打ちを甘受する。そのたびに血を啜られ、自慰に耽る王子を見ることを強要される。顔に白濁を浴びせられ、耳に堪え難い汚い言葉を投げつけられ。目の前で遊女が鉄棒で折檻を受け血を流し、喉を潰され目を潰され、息絶え絶えでも、誰も何もしなかった。魔女の薬は傷を治し、魔法でなかったことにされてしまうのだ。
サリアの心だけが血を流し続けている。
幽鬼のようにやせ細っても、教育は変わらない。生気を失い、痩せ細ったサリアにサルジャンは興味を無くしたのか、それとも魔女か王に何か言われたのか。最近では頻繁に変わる遊女を囲い込んでいるという。それでもサリアにはありがたかった。淡い初恋はとうの昔に砕け散り、今では嫌悪と恐怖の対象になったサリジャンに会わなくても済むのなら。
先日見た、まだ若い遊女。ソバカスがあり、きれいな若草色の瞳をキラキラさせて、サリアと偶然廊下でぶつかった。得意げな顔をしてサリアの全身を上から下まで二往復させた後で、ツンと顎を上げた。
「ごきげんよう、魔女見習いさま」
「……ごきげんよう」
「可哀想な王子様、婚約者さまにはご成婚までは指一本触れられないんですって。だから、アタシみたいなのが必要なんですって」
「そう、ですか」
「うふふ、アタシは光栄だわ!ね、魔女見習いさま。あなたは王妃になれないって本当?」
「ええ」
「ふふっ、おかわいそう!あんな素敵な方がおそばにいても、あなたでは食指も動かなさそうだもの」
「そうね」
「アタシがお慰めしてあげる名誉をいただいたの。だから魔女見習い様はご心配なさらないでね」
「……お気をつけて」
「まあ!ありがとう!うふふ。あなたこそ」
スキップでもしそうなほど浮かれていた可愛らしい遊女が、今はこの泉に浮かんでいる。
緑色だった目は白く濁り、背中や尻には折檻の跡が痛々しく残って、胸は食いちぎられたように抉れていた。その前に来た遊女も、メイドも、侍従も騎士も。皆、この泉に沈んでいった。どれほど暗くても、この泉の色が赤く染まりつつあるのが、目に見える。こんなにたくさんの人が死んだのに、誰も何も言わない。まるでなかったことのように、過ごし続けている。
「……みんな、狂っている」
【始まりの泉】に浮かぶ死体が所狭しとなった頃、サリアは壊れそうな己の精神をなんとか保ちつつ、逃げることを決心した。
魔女の血には毒がある。毒を飲み、毒の泉に身を沈めているのだ。いくら結界を張っていたとしても、サリアの体は毒で出来ているのに違いない。そして鞭を打ったサリアの体から流れ出た血を、王子は何度も舐めとった。
竜の毒に侵された人間は、気が狂い、最後には魔獣になり瘴気に変わる。将来に待つものは死のみ。王子の好奇心からなのか、元々狂った性質を持っていたのか分からないけれど。沈黙を貫く王も王妃も、何の手も打たない母も、みんな狂っている。
こんなところで、死にたくない。成人になる前に、逃げなければ。
王子、狂ってらー。