表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

第1話:魔女

「お姉さまずるい!」の弟バージョン。でもみんな塩対応。

「サリアばかり、毎日王宮に招待されてずるい!なんで僕は行っちゃダメなの!」


 もう、すでに日常茶飯事になってしまった朝の光景である。リアムつきのメイドは視線を下げ、部屋の隅へと下がる。


 まだリアムが幼かった頃は、メイド達もなだめすかして、リアムを止めようとしたし、誤魔化すために玩具をあげたりお菓子をあげたりと、あらゆる方法で機嫌をとっていたが、どれだけ説明しても同じことを繰り返すリアムに、お手上げ状態になっていたのだ。


 12歳になった最近では、玩具やお菓子で釣ることもできず、背も高くなり体力もついてきたことから、女の細腕では引き止めるのも難しい。しかも色気づいてきたのか、メイドの尻を触ったり、何かあると折檻だと言っては、服を脱がそうとする困った少年になってしまった。そのせいで、若いメイドたちはリアムを避け、年老いたメイドばかりがリアムの側付きになり、それもまたリアムをイライラさせていた。


「リアム、いい加減に理解なさい。サリアは遊びに行っているのではなく、魔女教育のために王宮に通っているのですと言ったでしょう?」


 そしてこれも毎朝の恒例の言葉だった。表情ひとつ変えずに、母オリヴィアは同じ言葉を口にする。


「ごめんね、リアム。帰ってきてからお話をしましょう」


 サリアとて、いい加減同じことを繰り返すリアムにうんざりしているが、魔女教育の内容は秘匿され魔法契約のため何一つとして伝えることはできない。もしも伝えることができたなら、リアムは自分の置かれた状況に満足すると思うのだが。


 王子王女と共に座学やマナーを勉強しているのだと言っても、「みんな一緒で楽しそう」としか受け取れないリアムは、不平不満でいっぱいだった。


 幼い頃は、「僕の姉様なのに!王子達はずるい!」と可愛らしいことを言っていたが、この年になって「僕の姉様」とは流石に言わなくなった。代わりに「サリアはずるい」に変わったのである。


「そんなこと言って、僕知ってるぞ!王宮で美味しいケーキを食べて、お茶をしておしゃべりしてるだけだって!貴族の令嬢はみんなそういうことをするんだって前に家庭教師が言ってた!王宮のお菓子はさぞ美味しいことだろうって!」


「父様、母様。リアムの家庭教師は一体何を教えているのですか。もっと、役に立つことを教えてほしいとお願いできませんか」


「リアムは貴族子息として育てられないからね。大体、そうしたくてもリアム自身学ぶ気がないんだよ。剣技のレッスンは抜け出すし、乗馬も中途半端で馬に怪我をさせ、弓を教えれば、猟犬を打つ始末。かと言って薬草の手入れを教えても、むしるだけで枯れさせるし、音楽にも演劇にも興味はなし。サリアのやっていることを知りたいというから、仕方なく貴族令嬢についてお話ししてもらったんだ」


 父ウィリアムは眉を下げて、すまなそうに苦笑した。


「私の教育に普通の貴族令嬢のマナーが当てはまるのかどうかはわかりませんが、そんなものリアムが覚えても仕方がないでしょうに。リアム、父様のお手伝いで薬草の研究でもしたらどうかしら?苦いお薬を甘くするのよ?面白そうじゃなくて?」


「薬草なんて苦いだけだよ!それより、僕だって美味しいケーキが食べたい!」


「美味しいケーキなんて我が家のシェフが作ってくれるのではなくて?」


「サリアと同じ王宮のケーキが食べたいの!サリアばっかりずるい!」


「はぁ。結局、そこにたどり着くのね…。もう行くわよ、サリア。後は頼んだわ、ウィリアム」


「自信はないけど、仕方ないね。いってらっしゃい、愛しい人よ(マイディア)


 朝からギャアギャアと騒ぐリアムをウィリアムと使用人に任せ、オリヴィアとサリアは馬車に乗り込んだ。


「あの子について、気にすることはないわ、サリア。あなたは魔女になることだけを考えていればいいの」


「……はい、母様」


「そろそろ、あなたも成人が迫っているのではなくて?」


「………まだ、体に変調はありませんが」


「そう…。まあ、まだ12歳だものね。16歳までには来ると思うわ」


「……はい」


 魔女の成人は、初潮が訪れることで成り立つ。子供が作れる体になれば、魔女としての器が完成するということらしい。そうなれば、母オリヴィアの魔力を一身に受け取り、サリアが魔女になる。それと同時に王太子であるサルジャン第一王子が戴冠し、魔女と対の王になるのだ。


 セリアはその日を恐れていた。


 一人の王につき、一人の魔女。この国ではずっとそういう契約が結ばれている。王の命は短く、せいぜい30歳から40歳という。通常の人々が50歳から70歳までいくることを考えると、短命である。だからこそ、魔女は成人したらすぐに子作りに励まなければならないのだ。


 とはいえ、過去の王は魔女は妃にしてはならないという掟を作った。魔女の血が濃すぎると、子が生まれにくくなるのだという。生まれた子供にトカゲのような尻尾が生えていたり、鱗が生えていたりという奇形も生まれるらしい。それを人々は竜の呪いと言った。


 千年の歴史の中で、魔女の血が濃くなり、子供が育たない、あるいは発狂するという事態が発生したことがあった。魔力を人の体が内包できず、暴走を起こしたのだ。その際には、狂った王が魔力を持つ王女達を次々と食い殺すという事件も起こった。妃であった当時の魔女はその王を廃し、生き延びた第一王子を王にすげ替えた後、契約を結んだのである。


 一、魔女を王妃にしてはならない。

 一、魔女を迫害してはならない。

 一、魔女は国を守り、国は魔女を守らなければならない。

 一、魔女は侯爵位を受け、以降魔女のみがその位を受け継ぐ。


 以上が守られない場合、護国契約は無効とする。



 それ以降、なぜか王女は生まれてこなかったのだが、それも呪いのせいだろうと収められた。

 今代の王は王子と王女に恵まれ、そして魔女は男女の双子を授かった。それが何を意味するのか、知る者はいない。


 第一王子であり王太子であるサルジャンは、完璧王子と謳われ、王としての能力が高く人望もあった。サリアも初めて魔女教育に訪れた時、ほんの一時、胸がときめいたことも確かだ。初恋と呼ぶにはあまりにも淡い気持ちではあったが。


 魔女は王妃にはなれない。


 サリアの魔女教育は過酷なもので、王族教育の習得はもちろんの事、魔女としての役割を体験を持って教え込まれる。もちろんそれは母オリヴィア直々にだ。魔女教育は秘匿され、王宮の地下、『始まりの泉』で行われる。


『始まりの泉』は千年前、初代国王が若い雌竜を殺した場所でもあり、聖域として秘匿されていた。

 その泉は竜の血で毒されており、常人が触れれば、そこから肉体は爛れて腐り落ち、精神は狂気に侵され魔物へと変化すると言われているため、禁忌の場でもあった。


 この場所を知っているのは王と魔女のみ。王妃にも伝えられることはない。


 サリアは竜の毒になれるため、5歳からこの泉の水を飲み始めた。リベリエ侯爵領で薬草の研究をなされているのも、これが主な目的でもあったのだ。竜の毒は国全体を巡り、国民は誰もがわずかながらにでも毒に侵されている。そのため体調を崩すものや、精神を侵される者が多くいる。だからこそ魔女の薬草で中和をしなければ、ほとんどの人間が生きていくのが難しいのだが、侯爵領から配布される薬やポーションを必要な時、必要なだけ配布されることに慣れてしまっている人々は、気がつかないでいるのだった。


 魔獣に襲われないのも、竜の魔力と毒が充満しているからに他ならない。恐れて竜のテリトリーに近づかないせいだ。人々は都合よくそれをとらえ、魔女の結界に守られていると信じている。


 ともかく、サリアは毒に慣れるためその泉の水を飲み、中和させるために食事は薬草のみ。サリアの体は徐々に作り変えられて、外見は変わらずとも、魔力の保有量は尋常ではなく、もはや人と呼べるのかもわからなくなっていた。


 10歳の頃までは、王宮で王子や王女と共に一般教養を詰め込まれた。そして王子が精通し、成人を迎えて以降は、王子や王女と引き離され、魔女教育一貫になった。午前中は瘴気に慣れよ毒に慣れよ、と凍えるほど冷たい「始まりの泉」にその身を浸して魔力循環を繰り返し、午後は魔獣の討伐などで戦闘経験を積む。食事は薬草のみで、日に一度きり。リアムのいう美味しいお茶やケーキなど、幼少時以来、口に入れていないし、味も覚えていなかった。


 毒が皮膚から侵入するのを防ぐ為、全身に結界を張りその状態を保つ。それが数時間続き、その後に魔法陣を使い魔の森へと跳び、魔獣討伐をしながら魔力操作を行う。倒した魔獣を持ち帰り、始まりの泉へ投げ込み竜の供養とする。その後は結界石と言われる竜の魔核にひたすら魔力を注ぎ込む。子供の頃は握り拳大だった魔核も今ではサリアの頭ほどの大きさになってきている。これが国全体に結界を張っているのだという。


「そろそろ潮時ね…」


 オリヴィアが愛おしそうに魔核を撫でるのを見て、サリアは小首を傾げる。なんとなく不穏な空気を感じ、胸がザワザワするのを、サリアは静かに感じていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ