セックスは異世界攻略のキーワード
目が覚めると俺は見知らぬ森の中に倒れていた。
特に強い痛みなどはない。しいて言えば寝すぎた後の軽いめまいのような感覚がある。
ここはどこの森だろう?
いや、その前に俺はなぜここにいる?
…そうだ。俺は今朝、確かいつも通り会社へ行こうとしてた。朝食は食べず、自転車で駅へ行っていつもの電車に乗った。
でもそこから先の記憶がない。
俺はやっとそれまで横になっていた地面から起き上がった。地面にはとげとげしい形の枯れ葉が降り積もっている。
そういえば鞄がない。慌ててポケットを確認するとスマホと財布はちゃんとスーツのポケットに入っていた。財布の中身はどうやら無事だ。しかしスマホの電源がつかない。バッテリーが切れたのか?だとしたら今朝からそれなりの時間が経過していることになる。
俺はきょろきょろとあたりを見渡す。天気は良い。気温もやや寒いが快適と言っていい。どこからか鳥のさえずりが聞こえる。俺は故郷の田舎の雑木林を思い出した。でもこの森が故郷の雑木林でないことは明らかだった。
一通り周囲を確認し終えると、俺はとても腹が減っていることに気がついた。
…森から出よう。俺はあてもなく歩き出した。
とにかく、森から出て人里で何か食べよう。そして近くの駅まで歩いて電車で家へ帰ろう。いや、これは何かの事件かもしれない。先に警察に行って事情を説明した方がいいか?でもこの状況を交番の警官に説明したところで、果たして事情を受け入れてもらえるだろうか?
そんなちっぽけな不安は、唐突に目の前に現れた不可解な景色の前に立ち消えることになる。
そこは見たことがない村だった。いや、正確には見たことがある。マンガやアニメの中で…
西洋風な建物が街道沿いに建っている。人の行きかいもあるが、それらの人々は皆ファンタジー風な服装をしている。
村は賑わっていた。石畳の道の上で小さな市場が行われていた。10店ほどの屋台がそれぞれの品物を並べ、村人たちはそれらの商品をを吟味しているようだった。俺はそれらを呆然と森の入口から眺めていた。
「イルイガメ!」
誰かがそう叫ぶ声が聞こえ、俺が眺めていた人々が一斉に俺の方を向いた。それらの人々は、皆目を見開き、口をぽかんと開けて俺のことを見た。たぶん俺も同じ表情をしていた。
村の人々はやがて、俺のことを眺めながらひそひそと話を始めた。どうやら俺の格好が珍しいらしい。確かにスーツ姿の人間は俺一人だけだった。いや、ひょっとしたら人間も俺だけかもしれない。この人々は妖怪か何かかもしれないのだから。
そう思うと急に恐怖心が芽生え始めた。この人々はもしかしたら、今晩俺をどのように調理して食べるかを相談しているのかもしれない。
一人の老人が俺に近寄ってきた。背が低く、はげていて、目が顔のしわに埋まってしまっている。
「エルガム?」
「はい?」
俺は言葉の意味が分からず聞き返した。しかし、老人は今のやりとりで何かを察したらしい。ゆっくりと後ろを向いて、人々の元へ戻っていった。俺は無意識にその後を追おうとした。
「ムガメンド!」
誰がが大声でそう叫んだ。俺は立ち止まる。
声の主は大柄な男性だった。軽装だが肩やひじに鎧のようなものを装着している。俺の方をじっと見つめ、息を殺している。
おそらく彼は「動くな」と言ったのだ。何者かわからない俺を、村の人々に近づけたくないのだろう。俺は森の入口まで後ずさりした。
…この世界の人々は俺と違う言語を話すのだ。たしかに違う世界の人間が日本語を話せるわけがない。
そう思っていた時だった。
「あなた、」
女性の声がした。ふと街道を見ると、さっきの老人と見知らぬ少女が立っていた。
少女の身長は150cmくらいだろうか。麻でできたワンピースのような服を着ていて、非常に薄い髪色をしている。顔は整っているだろうか?しかし、ただ美しいとはいえないような、不思議な雰囲気を持つ少女だ。
「あなた、きた」
声の主は少女だった。なぜかこの少女だけは日本語を知っているらしい。
「君は日本語が話せるのか?」
少女は少し眉をひそめた。どうやらあまり話せないらしい。
「おれ、きた、あっちから」
俺はジェスチャーを交えながら今までの出来事を少女に説明した。少女は俺の説明を翻訳し、老人に伝えた。
一通りそれらが終わったすでに日は傾いていた。俺はこの世界の天体の仕組みや宇宙の成り立ちに思いをはせた。それらは俺がいた地球と同じようにできたのか?あるいは女神が魔法の杖を一振りして作ったのか?ただ太陽の進み具合からすると、この世界の1日もだいたい24時間くらいのようだ。
「きて」
少女は俺に言った。村の人々はとっくに俺に興味を失って各々の家に帰ったようだ。俺は老人と少女に続いて街道を横切り、村へ入った。