2話 その名はスラムン
―――火国 中央 サワラ砂漠―――
ハル 「さて、どうやってミルク村まで行こうか」
リク 「地図はあるんだけど、今どっち向いてるかとかも分からないからなぁ」
ハル 「僕も屋内だとそういうの得意なんだけどなぁ」
二人は唸りながら広大な砂漠の抜け出し方を考えているが、あまり浮かばない。
リク 「あ、サボッチ達はより南の暑い方に生息するからアイツらが来た方向と逆に進めば行けると思う」
あまりに不安のある作戦であるが、疲れている2人にはこれしか浮かばなかった。そして翌日の日の出を待つこととなった。
リク 「ハルの役職ってなんだ?」
更に夜がふけて体を横にしたリクが聞いた。
ハル 「ナイフしか持って無かったけど一応剣士だよ。あとここでは砂の影響で出来ないがフルートが得意だよ」
背負っているフルートのケースを見せる。
リク 「フルート…横笛の事か!楽器吹けるのカッコイイな、ていうか剣士だったのか、じゃああの剣もハルに持ってもらうのが本望だろうな」
ハルはリクを見つめる。訳すと君の役職は?である。リクもそれを読み取る。
リク 「俺は武器を投げるのが得意なんだが、役職は格闘家だ」
ハル 「格闘家!?」
リク 「剣をもらった村で、道場に入っててなそこで師匠に炎飛燕流っていう格闘術を習ってたんだ」
ハル 「炎飛燕流…。かっこいい名前の流派だね」
リク 「…ありがとな、実力披露会は明日サボッチ現れた時にしようぜ」
道場の話をすると少しリクの表情が暗くなったのをハルは見逃していた。
ハルとリクは、日が昇るまで交代で睡眠をとる。
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ユナ 「ほら、お兄ちゃんいつまで寝てるの!!ドミーさんがご飯作ってくれたよ」
ハル 「あれ?ユナ?」
潰れた枕の上で頭を動かすと、スプーンとフォークをもった両手を腰に当てて頬を膨らます妹の姿があった。
棚の上にはランプと楽器ケースが置かれており、掛け布団は足元で丸まっている。それは、見慣れた目覚めの光景だった。
ハル 「ユナ…ユナ!よかった。ぼ、僕悲しい夢をずっと見ていたんだ。ユナが砂になっちゃって、手からこぼれ落ちていって」
ユナは首を傾げながらハルの顔を覗き込む。
ユナ 「今日のお兄ちゃん変~ キャッ」
ハルはユナの体を強く抱きしめる。
ハル 「本当にごめん、ユナ。僕、僕」
ユナ 「お兄ちゃん。わたし恨んでないよ、でも助けてくれると信じてる。ほら起きてこの出会いはお兄ちゃんの運命を変えるよ」
ハル 「何を言ってるんだ…」
ユナ 「わたしはいつまでも待てるから。頑張ってね」
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ハルは短い睡眠を終えてリクと朝食をとった後にサボッチ達の襲来を待っていたのだった。
ハル 「来たね」
サボーマン3体とサボッチが複数向かってくる。
リク 「このもらったナイフなんだけどさ…」
リクは口をつぐむ。
ハル 「投げるの渋ってんの?もうそれはリクのだよ、得意な戦い方に使っていいよ」
リク 「ありがとう。存分に使わせて貰う。けど砂場で無くしたら嫌だから、炎飛燕流を見せる事にする!」
すぐ近くまできたサボーマン達に向け右足を下げて、代わりに右手を上げて構える。
サボーマンのパンチをリクは身を屈めることでかわす。そのまま右足を後ろから持ち上げ縦に回し頭を地面スレスレになるまで体を前に倒しサボーマンの顔を蹴りとばす。
リク 「華京」
ハルはその美しい蹴りに一瞬目を奪われる。
ハル 「(かっこいい)もらった剣使わせてもらうよ」
残りの2体のサボーマンを斬って倒す。斬られた断面はとても平らで美しい。胴体が足とそれより上の部位で二つに分けられ消えていく。
それをみた多数のサボッチが2人を囲む。
リク 「列華脚」
リクの前に並ぶ8体のサボッチを一度の動作で全て蹴り飛ばす。
ハル 「スラッシュ」
ハルもまた、残りのサボッチを斬り倒す。
リク 「すげぇな」
2人は方向を忘れる前に進み始める。
リク 「ハル強いな、あの剣ってあんなに威力出せるんだな」
ハル 「リクもすごいよ。あんなに足場悪いのに綺麗な蹴りで一撃だったもんね」
2人は互いに感心し足場の悪い砂を進んでいく。
サボッチとサボーマンは一般的に見れば決して弱い魔物ではない、鋭い針と毒に加えサボーマンを中心に組む陣形はとても厄介である。
「いょっしゃぁ!!」
2人は砂漠を抜ける。2人は無事に砂漠を抜けたのであった。
リク 「後ろが南だから前が北だよな」
ハル 「そうなるね」
流石に先程の方法で真北に進めていたわけが無く、彼らの頭の中では北西に位置するミルク村が実際は北東にあることを2人は知らない。
ハル 「見えた!あれ、ミルク村なんじゃない?」
リク 「何だかんだ、上手くいったな」
リクは自分たちの準備不足に呆れながらも楽しげに笑う。
そして2人は、ミルク村だと信じている村に入る。
商人 「兄ちゃん達、この光る石買わないかい?持ってるだけでモテるよ~」
リク 「おじさんモテて無さそうなんでいらないっす」
ハルの辛辣だな!って表情とその後の隠れて笑っている姿を見て、リクの気持ちが少し弾む。
商人 「ココア村の子供達はすぐ買ってくれるのによ~」
ハル 「ココア村にも売りに行ってるんですか?」
商人 「ん?兄ちゃん、ここがココア村だぞ」
リク 「えっ、ミルク村じゃないんすか」
商人 「なんの勘違いしたか知らないが、違うぜミルク村はここから東さ」
リクとハルは顔を見合わせる。
ハル 「何とかなってなかったね」
リク 「ああ、自信満々だったさっきの自分にかかと落とししたい」
―――火国 ココア村―――
ココア村からは至る所から焦げた匂いと肉の焼いた美味しそうな匂いが漂っている。村には何人か武装した人々の姿がみえる。
商人 「今から向かっても夕方には着けるぜ」
リク 「砂漠から近いのを理由にミルク村向かってただけなのでこの村でやりたかったことは済ませます」
ハルの聞いた所では、リクは元々今回を最後の砂漠修行にして他の国に向かう予定で必要な物を購入する手筈だった。
リク 「商人なら買取もやってますよね」
商人 「まぁな」
リク 「サボーマンの針はどうですか?まち針に使ってよし、武器に付けてよしですよ」
商人 「ふむ、ちょっと見せてくれないか」
リクは腰に付けたポーチをあれでもない、これでもないとゴソゴソとあさり巾着袋を取り出す。ジャラジャラと音を鳴らし重みのある袋からはサボーマンの針が100本ほど出される。
商人 「こりゃあ、上物だな…サワラ砂漠は危ねぇからあんまり素材を集めれないしな…」
リク 「ここでつける値段でおじさんの目が測られますよ!ココア村初の来訪者に良いとこ見せてくださいよ」
リクはいかにもワクワクしている目を商人に向ける。
商人 「んー、おっしゃあ2万BSでどうだ…」
商人はリクの表情を伺うが、リクの表情は変わりツーンと斜め上を見ている。
商人 「4万だ」
リク 「成立!!」
リクは袋に針を戻して巾着袋ごと商人に手渡し、お金を受け取る。
リク 「一応針が飛びでないように作ったんですけど、気をつけてください」
商人 「おう、ありがとよ。この袋はお前さんが作ったのかい?」
リク 「はい!意外と器用なんで」
「魔物がでたぞ!!」
村の中心から大声が聞こえてくる。
商人 「またか」
ハル 「村に魔物が入ってくるのはよくある事なんですか?」
商人 「最近は火うさぎが増えてな、家を燃やされた奴もいる。たまったもんじゃあねえぜ」
リク 「ハルきたぞ」
奥から火うさぎ達が4足で走ってくるのが見える。
それを見ている3人の足元を何かがすごい速さで駆け抜ける。
ハルは肩にかけたフルートを袋から取り出し組み立てる。まさに早業で誰も目で追えなかった。
ハルは深く息を吐く。肺の中の空気をできるだけ押し出して一気に深く新鮮な空気を取り込む。口をフルートに当てて音を奏で始める。
ハル 「リタルダント」
音が火うさぎに届いた途端に足が遅くなる。
リク 「(俺も同じ音を聞いてるのに遅くならない。どういう仕組みだ?)」
ハルが楽器を弾いているので、リクが攻撃役として火うさぎの方へ走り近づく。
リクに飛びかかってくる火うさぎをかかと落としで倒し同時に突進してくる残り2体にも回り蹴りを決め、倒す。
商人 「こりゃびっくりした。兄ちゃん強いんだな」
リク 「それほどでもないです」
リクがえへへ、としているうちにハルは三人の後ろの草むらの方へ歩く。先程火うさぎから逃げて彼らの足元を抜けていった何かを捕まえる為である。
ハル 「バレてないと思ったの?」
草むらに突っ込んだ手を引き出すとハルの手にはスライムがいたのだった。
「おいらは悪い魔物じゃないっスラ」
喋る魔物を初めて見た3人は目を丸くし、ハルは咄嗟に放り投げてしまう。地面に落ちた青色で、液体であるものの形を保っている不思議な魔物は三人を愛らしい目で見つめる。
「オイラの名はスラムン!!お2人の強さを見込んで仲間を助けてほしいっスラ」
まだ目の前の喋る魔物に慣れず咄嗟に返事ができずにいた。
スラムン 「あ!まずは先程火うさぎから助けていただきありがとうございまっスラ」
リク 「お、おう。スラムンお前はなんで話せるんだ?」
スラムン 「育てのじいちゃんも友達も皆話せるから、気づいたら話せたっスラ」
ハッキリとした答えが返って来ずリクは苦笑いをするしかやる事がなくなる。
ハル 「君の仲間がどうしたの?」
スラムン 「オイラ達3スラで火国に来たっスラが、火柱に1スラの仲間が捕まって、その仲間を助ける準備中にミルク村で火の中長に、もう1スラも捕まってしまったスラからミルク村近くの池から、ココア村にワップしてきたっスラ」
スライム族の中では、自身を数える単位が「スラ」であることと『ワープ』を『ワップ』と勘違いして言っていることは理解して聞き取れたが、話す魔物にワープなどの知らない物の情報がつづく。
リク 「なるほどな、スライム族ってワープできのか?」
スラムン 「行ったことがあって、ある程度の大きさがある水場間をワップできるっスラ」
ハル 「すごいね。そんな事できるんだ」
スラムン 「どうか頼むっスラ」
商人 「コイツ本当に悪い魔物じゃないのか?池でワープできるとかいって誘い込んで溺れさせるつもりとか…」
魔物ではあるが愛嬌のある見た目からそんな策略があるようには少しも見えない。
スラムン 「わるくないっスラ、ミルク村のポスラを助けてくれたらそこからは、スラムン達だけでがんばるっスラ」
ハル 「スラムンの事を信じたいが、僕たちは話す魔物すら見た事がなくて困惑しているんだ。だから一方的に願いを聞くんじゃなくて交渉にしないか?僕達を君と一緒にワープさせる事は可能?」
スラムン 「荷物も運べるっスラから、取り込めば行けると思うっスラ」
商人は明らかに怪しい取り込むという表現を疑っている。だが相変わらずスラムンの目には悪意が見て取れない。
リク 「1回試しに俺を取り込んでみてくれ。ハル、もし罠だったら引っ張り出してくれ」
ハル 「わかった、一応息をめいいっぱい吸ってからやろう」
スラムン 「んじゃいくっスラ」
自分より5倍以上の大きさがあるリクをスラムンは取り込む。
商人 「さあ、どっちだ」
リクはスラムンの中からグッジョブサインを見せる。
さらには鼻から息を吸ってみる。
スラムン 「くすぐったいっスラ、そろそろいいっスラね」
リクを解放する。
リク 「まじか、息も出来るとは思わなかった」
ハル 「よしじゃあ、改めてさっきの交渉を。スラムンの仲間を助けたらワープの力を貸してくれないか」
スラムン 「うん。わかったっスラ!」
リク 「ワープか凄いな!早速ミルク村に行こう。スラムンの仲間もそうだが、村に火の中長が居るとなったら村人も危ないと思うし」
商人 「中長ってなんだい?」
ハル 「まず、小グループの魔物のグループリーダーを小長と呼ぶんですけど、その小長をまとめたり、柱を近くで補佐をするのが中長です」
リク 「分かりやすくいうと、各国の中で1番力があるのが柱で、2番目が中長っす」
商人 「柱の次!?そりゃあ、兄ちゃん達の実力の底を知らないがやべぇんじゃないのかい?」
2人には今日であったばかりの目の前の男が全力で自分たちを心配してくれている事を読み取れた。
ハル 「僕らには、それぞれ目的があって旅を始めたんですけど、それを達成するためにもこの戦いは自分の実力も知れますし、いずれ超えなきゃいけないレベルの魔物なので、挑みます。もちろん勝つつもりです。」
スラムン 「か、かっこいいっスラ」
スラムンはペチペチと跳ねながら目を輝かせる。
リク 「(柱を倒すには、当然中長も倒せる力が必要だ。ここでハルとの連携力も高めたい)」
ハル 「よし、スラムン、村まで案内してくれ」
スラムン 「わかったスラ」
リク 「商人さん、ありがとうございました」
商人 「お、おう。気をつけてな。またゆっくりできる時にでも遊びに来てくれや。スライムよ、2人に変な事するなよ」
商人に別れを告げて、2人と1体は池へと向かう。