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第二章:はじまりのはちみつレモン①

 制服の白いワイシャツに袖を通し、アジャスター式の青いチェック模様のリボンを胸元につける。グレーのチェックのスカートと紺色のソックスを履き、姿見の前に立つと実結はうん、と一人で頷いた。その様子を箪笥の上から眺めていたのっぺりとした顔立ちのこけし――カトリーヌが咎めるように声を上げた。

「実結、だらしないですわよ。胸元のリボンが少々右に曲がっていますし、髪も後ろの方がまだ跳ねていますわ」

 レディたるもの身だしなみはきちんとなさい、とカトリーヌはぴしゃりと言ってのけた。実結は欠伸を噛み殺しながら、はあいともふぁいともつかない返事をすると、リボンの位置を直し始める。

 あれから十日ほどが経っていた。どうにか実結は中間テストを乗り越え、カトリーヌがいるという一点を除けばテスト前と同じ生活が戻ってきていた。

 何かと口煩くはあるが、『プルメリアの王冠』というゲームの悪役であるはずの彼女との生活は意外なくらい順調だった。最初こそ、カトリーヌへの接し方がわからず、実結も戸惑ったが、学校での出来事やこの世界で流行っていることについて話しているうちに少しずつ打ち解けてきていた。少々だらしない部分のある実結がそうさせてしまっている節はあるが、今のように実結を諌めたり、助言をしてくれたりすることもある彼女は、気がつけば実結にとって、もう一人の姉のような存在にすらなりつつあった。たまにぎゃあぎゃあとうるさく喚き散らす彼女に実結は閉口しないこともないが、特に目立った問題もなく日々が過ぎていた。

「ねえカトリーヌ。今日ピン何色にしたらいいと思う?」

 姿見の前に立って、跳ねた髪をどうにか引っ張って直そうと奮闘しながら実結はカトリーヌへと問うた。何故か実結のヘアアクセサリー事情を全把握しているカトリーヌは、その程度のことも自分で判断できないんですのと嫌味を言いつつも、

「昨日は桃色の花柄のものでしたから、水色の星型のものはどうでしょう? 今日は暑くなると天気予報で言っていましたから、少しくらい涼やかなほうがいいと思いますわ」

 ありがと、実結はカトリーヌに礼を述べると、カラーボックスの上のハート型のアクセサリーボックスから星の形をしたヘアピンを手に取った。ぱちっ、ぱちっ、とそれで前髪を止めると、実結は鏡に映った己の姿に上から下までざっと視線を走らせた。よし完璧、と実結は満足げに微笑むと、スクールバッグを手に取って部屋を出る。

「実結、英語のプリントを忘れていますわよ!」

 焦ったようなカトリーヌの声がドアの向こうから追いかけてきて、三秒後に実結は再び部屋へと駆け戻る羽目になった。


 午前八時十分。学校のある日は毎日、実結とゆまは川沿いの公園の前で待ち合わせをしている。

 時間より二分遅れて現れた親友の姿を視界に認めると、おっそーいと実結は声を張り上げた。

「ごめんごめん、なかなか髪が決まらなくてさ」

 ゆまは頭の高いところで結い上げたサイドテールを指しながら、若干ばつが悪そうにそう言った。朝起きたら派手に爆発していて今も直りきっていないなどとゆまは言うが、実結には普段の彼女との違いがいまいちよくわからない。

「実結はオシャレとか興味ないの?」

 ゆまはにそう問われ、実結はうーんと唸った。

「興味ないっていうか、ヘアアレンジとかメイクとかああいうのって難しそうだから……。ああでも、カトリーヌは毎朝わたしにああしろこうしろってうるさいよ」

「あー……カトリーヌはお嬢様だからね。まあ、そういうのも気になって当然か」

「ただのお嬢様じゃなく公爵令嬢だからめっちゃお嬢様だけどね。それも悪役の」

 学校に向かって川沿いを歩きながら、二人はそんなことを言い合ってくすくすと笑った。早くも猛暑の片鱗を見せ始める五月下旬のやけに力強い朝日が川面をきらきらと無邪気に照らしている。ゆまは眩しそうに猫目を細めながら、

「そういや今日テスト返ってくるんだっけ? やだなー、平均より下の教科あったらめっちゃ怒られるもん」

 だよね、と実結はゆまの言葉に同意を示し、

「今回、社会暗記しきれなかったから本気でやばそうなんだよね。また親呼ばれたらどうしよう」

「そんなに? マジでやばいじゃんそれ」

 実結は一年生の終わりに理科のテストで一桁台の点数を取り、実際に母親を学校に呼び出されたことがある。家に帰ってから、一時間ほど正座で説教をされ、なかなかに散々な思いをした。

 それはそうとさ、とゆまは話題を切り替え、

「実結はまた今日から部活だっけ? 合唱部」

 ゆまの問いに実結はううんと首を横に振り、

「今日は委員会の当番。部活は明日から行くよ」

「今年は図書委員だっけ? そういうとこは真面目だよね」

「だって委員会やっといたほうが内申有利になるじゃん。ただでさえ成績微妙なんだから、受験の時期になって苦労したくないし」

 そんな他愛もない話をしながら、二人は校門をくぐる。校舎の外壁に取り付けられた時計は八時二十三分を指していた。


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