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第一章:ガール・ミーツ・ガール?⑥

「いきなりあのような狭いところに押し込んで、一体どういうつもりですの!」

 テーブルに置かれるや否や、こけし――カトリーヌがぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。店内にいた他の客の視線が何事かとこちらへとちらちらと向けられる。

 うっさいカトリーヌ、とゆまがこけしの顔面にデコピンを喰らわせると、カトリーヌは衝撃で後ろ向きにひっくり返る。

「無礼ですわ! このわたくしを一体何者だと心得ますの!」

「何って……悪役令嬢・イン・こけし」

 まるでチーズインハンバーグみたいなノリでしれっとゆまがそう言うと、カトリーヌはキーキーと喚く。

「ゆまちゃん、そのくらいにしておきなさい。他のお客さんに迷惑だから」

 雫がそうとりなすと、ゆまははあいと返事をし、三分の二くらいまで減ったトロピカルアイスティーを行儀悪くずずずっと音を立ててストローで啜り始めた。

「それで、カトリーヌでよかった? ちょっと失礼してもいいかな?」

 雫がカトリーヌへとそう問うと、カトリーヌは不快げに低い鼻をふんと鳴らし、もうやぶれかぶれといったふうに、

「……もう好きにしやがれですわ」

 一応本人の承諾を得た雫はカトリーヌを手に取ると、隅々まで丁寧に視線を走らせていく。カトリーヌを見ながら、雫はしばらくうんうん唸っていたが、

「ねえ、カトリーヌは一体何をしたの? 確かにこのこけしの中に、女の人の魂がいるんだけれど、何重にも枷のようなもので魂が縛られてこのこけしに固定されてる」

 人殺しだよ、とトロピカルアイスティーを飲み切ったゆまが答える。

「自分のために、自分の家の召使いを使って人を殺させたんだよ」

「どういうこと?」

「カトリーヌは、第三王子のテオバルドに横恋慕するんですが、テオバルドにはシャーロットっていう婚約者がいたんです。シャーロットを邪魔に思ったカトリーヌは、自分の家の召使いに彼女を殺させるんです」

 雫の疑問に実結が答えていると、カトリーヌが不愉快そうに口を挟む。

「そして、わたくしは召使いの密告に遭い、投獄され、処刑されることになりましたわ。ですが、処刑前日の晩に、ルカとかいう聖女が訪ねてきて、わたくしは呪殺されたのです」

 あのような術に手を染める聖女がいてたまるものですか、とカトリーヌは吐き捨てる。

「実結ちゃん、ルカっていうのは?」

 あのゲームの設定を知らない雫にそう聞かれ、

「『プルメリアの王冠』の主人公です。プレイヤーの選択次第ですけど、ルカは親友のシャーロットを殺された報復として、聖女の力を使ってカトリーヌを手にかけるんです」

 あくまでメインストーリーにあまり関係ないサブイベントなんですけど、と実結は言い添える。

「なるほどね。カトリーヌの魂をこのこけしに縛り付けているのは、たぶんそのルカっていう人の術だと思う。カトリーヌ、あなたは一体ルカに何をされたの?」

 思い出すのも忌々しいですけれど、とカトリーヌは前置きをすると、

「あの女、妙な術で体から無理やり魂を引き剥がして、わたくしのことを殺したんですのよ。この世界にもう二度と生まれ変われないようにする、などといったことを言いながら。わたくしに永遠の苦しみを与えたいようでしたわ」

 雫はふうむと思案げな顔をすると、

「あなた、そのルカって人から相当恨みを買っているね。元々いた『プルメリアの王冠』の世界から魂が追い出されてしまっているみたいだから。わかりやすく言うと、あなたはルカに存在を消されたってことになるのかな。何にしても、ルカはカトリーヌがその世界にいることがよっぽど許せなかったみたいね。死んだ後の魂すら、ね」

 雫の考察を聞き、実結ははっとした。そういえば、あのイベントシーンにおけるルカの台詞で、“この世界”という単語が妙に強調されていた気がする。あのときのルカはこういうことを意図していたのかと思うと、得心がいく。昨日はあり得ないと思ってしまったけれど、自分の想像は間違っていたなかったのだと実結は思った。

「あの女……とんだ性悪ですわね」

「カトリーヌ、悪役令嬢のあんたがそれを言う?」

 苛立たしげな様子のカトリーヌに対し、ゆまは呆れたように肩を竦めてみせる。

「あの……雫さん。カトリーヌのこと、どうにかしてあげられないんでしょうか?」

 実結が雫に向けてそう切り出すと、何で、とゆまが不満そうに声を上げる。

「実結、カトリーヌはこのままでいいんじゃない? だって、カトリーヌはこうなって当然のことをしたんだよ」

 自業自得だよ、とゆまは吐き捨てた。でも、と実結はなおも言い募る。

「それでも、ずっとこのままっていうのはカトリーヌが可哀想だよ。カトリーヌはルカに憎まれて当然のことをしたっていうのはわたしも同意見だよ。だけど、こうやって知らない世界に飛ばされた上に魂がこけしに縛られているなんて、さすがにちょっと……」

 実結とゆまの会話を聞いていた雫は、

「あのね、実結ちゃん。私が見たところ、カトリーヌの魂は七色の枷でこのこけしに縛り付けられているの。この枷を取り払うには、恐らくカトリーヌ自身が己の七つの業――赤の【憤怒】、オレンジの【暴食】、黄色の【嫉妬】、緑の【強欲】、青の【傲慢】、藍色の【怠惰】と紫の【色欲】を悔い改め、変わっていく必要があると思う。これ以上はもっと詳しい人に聞いてみないと私もわからないけれど、そうすればカトリーヌはこのこけしから解放されることも、元の世界に戻ってもう一度生まれ変わることもできるんじゃないかな」

 でもさあ、とゆまが疑問を呈する。

「そんなこと、カトリーヌにできるわけ? 悪役令嬢だよ?」

「失礼なことを仰らないでいただける? 無礼ですわよ」

 ゆまの言葉にカトリーヌは憤慨する。カトリーヌ次第かな、と雫は言い合うゆまとカトリーヌを横目にグラスへと手を伸ばす。雫は、ほとんど氷が溶けてしまったアイスコーヒーで口の中を潤すと、

「そういうわけだから、カトリーヌ。その体から解放されたければ、相応の行動をしなさい。逆に実結ちゃんやゆまちゃんに危害を与えようもんなら、知り合いのお坊さんに頼んで地獄に落としてもらうからね」

 たぶん今よりも断然きつい思いをすることになるよ、という雫の半ば脅しじみた言葉に、カトリーヌは憮然としながら、

「……わかりましたわ」

 いまいち釈然としない様子のカトリーヌを雫は大して気にしたふうもなく、

「さて、本人の了承も得たことだし……実結ちゃん、今日のところはカトリーヌを連れて帰ってもらってもいい? 私が見た感じだと、中身の人格には問題がありそうだけど、このこけし自体には変な力もないし、危険性は低そうだから」

「わかりました」

「あと、実結ちゃんもゆまちゃんもわかっていると思うけれど、カトリーヌのことは他の人にはなるべく知られないようにしてね。こけしが喋るだなんて、家族や友達に知られたら、心配されたり変な目で見られたりするかもしれないでしょう?」

 二人を案じる雫の言葉に、実結とゆまは頷いた。「約束だからね」念押しすると、雫は白のセンタープレスパンツのポケットから、透明感のあるグレーとパープルのマーブル模様のケースがつけられたスマホを取り出す。

「何かあったら連絡して。実結ちゃん、スマホある?」

「あっ、はい」

 実結はスクールバッグの中から、ピンク地に黒のハート柄のダイアリー型のケースに収められたスマホを取り出すと、メッセージアプリを起動する。実結がスマホを出す間に、画面にQRコードを表示させていた雫が、

「実結ちゃん、私のQRコード読み込んでもらっていい? 登録できたら何でもいいからメッセージ送って」

 実結はリーダーの画面を開くと、雫のQRコードをアプリに読み込ませる。雫のアカウントをフレンドに追加し、チャット画面へ移動すると、実結は一瞬逡巡し、無難そうなうさぎのキャラクターのスタンプを送信した。カトリーヌは現代の文明の利器に興味があるのか、むっつりとした表情は崩さないまま、ちらちらと二人のやりとりに細い目を向けていた。

 きたきた、と雫はチャット画面を開き、すらりとして綺麗な指を滑らせると、

「おっけー、追加完了、っと。さて、カトリーヌの件はこれでいいとして」

 ふふ、と意味深な笑みを浮かべ、

「二人とも、テスト前なのに遊んでいて大丈夫? 勉強見てあげてって知香子おばさん――ゆまちゃんのお母さんから言われてるんだけれど」

 げ、とゆまが嫌そうに顔を歪めた。

「バイトの時間までなら見てあげられるから、二人とも勉強道具を出して」

 スパルタでやるから覚悟してね、などと宣う雫を前に、自分のバッグを抱きかかえてゆまは逃げようとしながら、

「実結、逃げるよ。雫ちゃんマジで厳しいから。雫ちゃん、バイトで駅の向こう側――東口の塾で講師やってるんだけど、スパルタ鬼教師ってめっちゃ有名なんだよ」

 成績は確実に上がるけど代わりにめっちゃメンタルがすり減るんだよなどと言いながら、席を立ったゆまのブレザーの袖を雫が掴む。その表情はにこやかだけれど、恐ろしいまでに圧があって、どう足掻いてもこの場を逃げ出すことは叶いそうになかった。

 パステルブルーのブラウスから伸びる雫のしなやかな腕によって座席に連れ戻される親友を横目に、実結は諦めてスクールバッグから数学の教科書とノートを出す。心底嫌そうに座席に座り直すゆまをカトリーヌが細い目で呆れたように見ていた。

「ゆま、わたしたちがあんまり勉強してないのは事実だし、ここは雫さんのご厚意に甘えよう? わたしも丁度わからないところあったから聞きたいし。雫さん、連立方程式教えてもらえませんか?」

 いいよ、と雫が頷き、大学生塾講師一人と勉強が苦手な中学生二人による臨時の勉強会がカトリーヌの侮蔑と好奇の入り混じった視線に晒されながら始まった。


 その日の夜、実結が眠りついた後、白いベッドサイドテーブルの上でカトリーヌはため息をついた。夕方に会ったあの雫とかいう女が言っていたことがすべて真実だとしたら、厄介なことになったとカトリーヌは思う。

 ルカが一体シャーロットとどれほど親しくしていたのかは知らないが、たかが私怨でこの自分を呪殺してくれただけでは飽き足らず、死後の魂をカトリーヌたちの暮らす世界から追い出した上で、異世界のひどく不細工な民芸品に縛り付けるなど、あのクソ聖女は本当に面倒なことをしてくれた。しかも、ちょっとやそっとのことではカトリーヌの魂がこの体から逃れることができないように複雑な細工まで仕掛けられており、どこまでもあの女は性格が悪いとしか言いようがない。

 たかがシャーロットを轢き殺した程度のことで自分がここまでされなければならない謂れなどないとカトリーヌは思う。面倒だが、ここは雫が言っていたように、魂を縛る七つの枷をどうにかして解き、ルカへと一矢報いてやらないことには気が済みそうになかった。

 まずは実結やゆま、雫といった面々をどうにか懐柔して、この体から逃れてやろうとカトリーヌは決意する。

 その程度のことであれば、自分にかかれば造作もないことだと、薄闇の中でカトリーヌは静かに嗤った。


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