第一章:ガール・ミーツ・ガール?④
「ねえ実結、今思い出したんだけどさ。私の従姉妹のお姉ちゃんがそういうオカルト的なものに詳しくって、霊視とかそういうのができる人なんだけど、カトリーヌのこと見てもらわない?」
「いいの?」
「だって私たちだけで考えてたってカトリーヌのことはどうにもならなさそうだし。従姉妹のお姉ちゃん――雫ちゃんには連絡しとくね」
そう言ってゆまは床に置いた自分のスクールバッグを開く。ネイビーのドット柄の裏地の鞄の底からオレンジ柄のケースがついたスマホを引っ張り出しながら、
「それはそうと、カトリーヌ。とにかくあんた騒がないこと。実結に迷惑かけるようなら、あんたなんて燃えるゴミの日に捨ててやるんだから」
強気なゆまの言葉に、カトリーヌは何か言い返そうとしたが、ゆまの勝ち気で強気な猫目から彼女の本気を感じ取って押し黙る。実結はそこまで言わなくてもともそんなことをしたら祟られるのではとも思ったが、ゆまのおかげでカトリーヌが静かになったので何も言わないでおいた。
ふと疑問に思ったことがあって、実結はテレビの前に置いてあったコントローラーを手に取った。カトリーヌらしき人物が今こけしの中にいる以上、ゲームの中に出てくるカトリーヌがどうなっているのか興味があった。先ほど、ゆまが言っていたこけしに子供が消されたという話も何となく引っかかる。
ゲームが起動すると、実結はコントローラーを操作して、イベントスチルの一覧を上から下へと眺めていく。あれ、と違和感を覚えてイベントスチルを確認し直すと、記憶にあるよりもやけにスチルの数が少ないような気がした。
(いくつかスチルが消えている……?)
実結が苦労してコンプリートしたはずのスチルが何枚か消えていた。消えたスチルは全てカトリーヌが登場するシーンのもので、実結の中でとある疑念が強くなる。
実結はロード画面へと移動すると、シャーロットが死んですぐの分岐の手前でセーブしたデータを選択した。セーブデータのロード後すぐに、本来ならば主人公であるルカの行動の選択肢が示されるはずなのに、何の分岐も発生することなくシャーロットの葬儀のシーンが再生され始めた。
「カトリーヌが……消えてる?」
呆然として実結が呟くと、どうしたのとゆまが隣からテレビの画面を覗き込んだ。どこかで見たような風景ですわね、とカトリーヌもテレビの映像に興味を示していた。
消えてるってどういうこと、とゆまが当然の疑問を口にすると、
「そのまま意味だよ。カトリーヌが登場するイベントが全部消えてるの」
「そんなことある? さっきだって、攻略本のキャラ紹介に載ってたじゃん」
ゆまはローテーブルの上で広げたままになっていた攻略本を手に取ると、あれ、と声を上げた。
「ねえ実結、カトリーヌってさっきこのページに載ってたよね? 消えてる。ページが真っ白になってる」
ほら、とゆまは攻略本のページを指さした。貸して、と実結はゆまの手から攻略本を奪い取るとパラパラとページを捲っていく。
「消えてる……こっちも、あっちも……。カトリーヌ関連のページが全部消えてる……!」
どういうこと、と実結は困惑で顔を曇らせる。もしかして、カトリーヌはルカによってゲームの世界から消されたのではないかというあり得ない想像が頭を過る。
「何にしても、これは雫ちゃんに相談だね。このままじゃ何が何だかって感じだし」
ゆまはそう言うと、スマホの画面に指を滑らせて、何かを入力し始めた。
それからしばらくの間、実結とゆまは結局勉強にはまったく手を付けないまま、カトリーヌについてああでもないこうでもないと話をしていたが、全てが憶測に過ぎない以上、謎は深まっていくばかりだった。最終的には、やはり雫の意見を仰ぐほかないという結論に至り、すっきりしない気分のまま、ゆまは実結の母が仕事から帰宅するのと入れ替わりで帰っていった。
ホケキョ、とどこかで鳥の声がした。もうこんな真夜中だというのに、随分宵っ張りな鳥もいたものだとカトリーヌは思う。積極的に関わりたくないのか、カトリーヌは窓ガラスのほうに向けられた上で出窓の天板の上に置かれていた。いちご柄のカーテンの隙間からは妙に明るい夜の景色が覗いている。
あのクソ聖女――ルカとかいう女の術によって、肉体から魂を強引に引き剥がされたことで自分が命を落としたらしいということはカトリーヌも認識していた。自分が死んだ後に一体ルカに何をされたのか、カトリーヌは気がつけばこのような見知らぬ場所にいた。
カーテンの間から見える電気とかいう人工的な明かりに照らされた街並みは、王都シグラムのものでもなければ、オルコット公爵家の領地であるエネルのものでもない。ベッドで寝息を立てている少女――実結の部屋一つをとってみても、カトリーヌの知っている文化にはないものが散見された。
実結の友達だというあの生意気そうな少女――ゆまの従姉妹とやらに会えば、自分が置かれている状況についてわかるのかもしれなかったが、今はただとにかくルカに腹が立って仕方がなかった。
せっかく邪魔者がいなくなったというのに、くだらない私怨でカトリーヌのこれからの輝かしい人生を台無しにしてくれたルカ。忌々しい人物のことを思い出しながら、カトリーヌは許さないと小さく呟く。
どうやら深く眠っているらしい実結の耳にその言葉が届いた様子はなかった。安らかな寝息が溶けていく夜の静寂の中で、カトリーヌの細い目が剣呑に光っていた。