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第一章:ガール・ミーツ・ガール?②

「た、ただいまー……」

「お邪魔しまーす」

 五時間目の社会科の授業を欠伸を噛み殺しながらどうにか乗り越え、実結はゆまを伴って帰宅した。家のドアを開け、中に入るが、当然のように誰もいない。両親は夜まで仕事、姉の杏奈はまだ学校だ。

「いやあ、試験前でよかったよね。ちょうど部活も休みだし」

 普段の放課後は、実結は合唱部、ゆまはテニス部でそれぞれ過ごしている。しかし、中間テストが近いゴールデンウィーク明けの今は、どちらの部活動も休みになっていた。

「いや……本当はこんなことしてる場合じゃないはずなんだけど……。わたしもゆまも普段あんまり勉強しないじゃん」

 実結がそう言うと、ゆまは大丈夫大丈夫と胸を張った。大丈夫の根拠が謎だ。

 実結はゆまと一緒に自室に入ると、ダークブラウンのフェイクレザーのスクールバッグを掛け布団がぐしゃぐしゃなままのベッドへと放り出す。ゆまも実結とお揃いのそれを床へと置いた。

「それじゃあ、いっちょやりますか!」

「……ゆま、何か楽しんでない?」

 他人事だからかやたらとやる気満々のゆまへと実結は半眼で突っ込んだ。

「バレた?」

 えへ、と茶目っ気たっぷりにゆまは舌を出してみせる。

「で、何だっけ? 机の中から変な声が聞こえるって?」

 ゆまにそう聞かれ、実結はうん、と頷いてみせる。

「ま、こんなところでうだうだしてても仕方ないしさ、ぱっと確認してさっさと終わらせちゃおう。てなわけで、引き出し開けていい? それとも何か見られて困るものとかある?」

「見られて困るものって何?」

 実結がそう聞くと、ゆまはにまっとした笑みを浮かべる。ゆまは実結の耳元へと顔を寄せると、

「それはほら、ちょっとカゲキな感じの漫画とか小説とか。実結、そういう女性向けのゲームとか好きでしょ?」

「持ってないし! それにわたし全年齢向けしかやってないし!」

 実結が顔を真っ赤にして抗弁すると、どーだかとゆまは笑う。

 実結の趣味は女性向けゲーム、いわゆる乙女ゲーをプレイすることだ。しかし、月々わずか二千円のお小遣いではなかなかゲームソフトには手が出ないため、姉の杏奈がバイト代で買ったゲームをこっそり拝借して遊んでいる。

 さて、とゆまは躊躇いなく机の引き出しへと手を伸ばし、持ち手を前へと引いた。引き出しの中を覗き込むと、なあんだ、とゆまは拍子抜けしたように、

「一年の時の教科書にノート……特に面白いものはなさそうだね」

「だから入ってないって言ってるじゃん……」

 何を期待していたんだか、と実結はゆまの横顔へとじっとりとした視線を向ける。ゆまはまったく意に介したふうもなく、

「面白いものもなさそうだけど、変なものもなさそうだよ。変な声がしたって言ってたけどやっぱり気のせいか外の音だったんじゃない? ……って、あれ?」

 引き出しの奥に何かが転がっていることに気づき、ゆまは声を上げた。引き出しの奥へとゆまは腕を差し入れ、それを掴んで引っ張り出す。

「えっと……これは……?」

 埃で汚れてしまった紺色の制服のブレザーを手でぱんぱんと払いながら、ゆまは困惑したような顔をした。

 高さ十センチほどの白木の円柱とその上に乗った同じ素材の直径五センチほどの球体。上の球体には太い眉に細い目、低い鼻におちょぼ口のおかっぱの童女の顔が描かれている。下の円柱には着物の柄と思しき、大柄な赤い花があしらわれていた。

「これは……こけし、だね」

 ゆまが机の引き出しの奥から引っ張り出したそれを受け取りながら、実結はそう言った。お世辞にも可愛いとはいえないその姿に、実結は何となく見覚えがあった。

「えっと……実結、こういうの好きだっけ?」

「確か何年か前に仙台のおばあちゃんからもらったんだったと思う。しまったっきりになってたけど、こんなところにあったんだ」

 実結の母方の祖母は仙台に住んでおり、たまに米やらお菓子やら洋服やらを送ってくれる。まだ、実結が小学生の低学年くらいだったころに、祖母がお米のついでにこけしを送ってきたことがあった。当時の実結は流行りのアニメの人形を欲しがっていて、それを知っていた祖母は人形ならなんでもいいと思ったのか、送ってきたのがこけしだった。そういうことじゃない、と幼心に思ったのを実結は覚えている。

「それで……こんなところからこけしが出てきたってことは、昨夜の声の正体はこけしだったってこと?」

「そうなんじゃない? 状況的にそれ以外ってことは考えにくいだろうし。それにしてもこけしかー。いかにもいわくつきって感じでちょっと気持ち悪いね」

「どういうこと? こけしに何かあるの?」

 不穏さのあるゆまの発言に、実結は怯んだような顔をする。怖がる親友を見て、ゆまは喜々としながら、

「実結、知らない? こけしの都市伝説。こけしって、元々”子を消す”って漢字で書くらしいんだけどさ。実際、消えたらしいよ」

「消えるって……何が?」

 実結が恐る恐る聞くと、

「子供が。そういう事件があったらしいって、ゴールデンウィーク中にテレビで見た」

「……」

 そう言われればそんな番組がやっていたような気もする、と実結は記憶を辿りながら思った。臆病な上にゲームの攻略に忙しかった実結は三時間にわたって放送されたその心霊モノの特番は見ていない。

 つい最近仕入れたばかりの蘊蓄を披露したことで満足したらしいゆまは、指先でつんつんとこけしを突っつき回す。それにしても不細工だなあ、とゆまが呟くと、

「わたくしに気安く触れないでいただけます? それに不細工などと……わたくしのこの美貌が理解できないなど、笑止千万もいいところですわ!」

「……」

「……」

 実結とゆまの間に沈黙が流れた。二人は顔を見合わせると、

「ねえ、ゆま。今何か言った?」

「ううん、何も。実結こそ何か言った?」

 言ってないよ、と実結は首を横に振る。二人の間に再び何ともいえない沈黙が流れる。

 あのさ、と沈黙を破ったのは実結のほうだった。

「変なこと言うようだけど……もしかして、このこけし……喋った?」

「消去法で考えるとそういうことになるよね……」

「だとしても、これ……何? おばけとか妖怪とかそういうのの類?」

「あー……何だっけ、付喪神とかなんかそういうの的な?」

「えっ……ちょっとわたしそういうの無理……ゆま、どうにかしてよ、ねえ」

「どうにかって何、どうにかって」

 こけしをちらちらと見ながら、実結とゆまがひそひそと話していると、

「まったく、先ほどからひそひそひそひそと何なのですの! 言いたいことがあるのなら、はっきりと仰いなさいな!」

 居丈高にこけしが少女の声でそう言った。「やっぱり喋ってる……」実結は顔を強張らせる。そんな親友をよそに、一旦は目の前の事象を受け入れることにしたらしいゆまが、物怖じする様子もなくこけしへと問う。

「えっと……じゃあ聞くけど、あなた誰? 何でこけしなのに喋ってるの?」

「わたくしはオルコット公爵家の長女、カトリーヌですわ。そちらこそ先ほどから本当に何なのですの? 人のことをこけし、こけしと……」

「あなたのことだけど? あれ、まさかとは思うけど、自分のことなのにこけしが何なのか知らない?」

 ゆまがこけしへと重ねてそう問うと、こけしは器用に体を動かして、頷くような素振りを見せた。

「ええ。こけし、などというものは見たことも聞いたこともありませんわ」

「ふうん。じゃあまあ、実際に見たほうが早いよね。実結、いつまでもそこで固まってないで鏡持ってきてよ」

「え……ああ、うん」

 ゆまに促され、実結は箪笥の上のラインストーンがきらきら光るハート型の置き鏡を持ってきて、こけし――カトリーヌの前へ置いた。

 鏡に映った己の姿を認め、カトリーヌは息を呑む。

「……!」

 自分の姿にショックを受けたのか、彼女は絶句すると、ばたんと音を立ててそのまま仰向けにひっくり返った。


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