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第四章:ジレンマの体育祭④

 実結が校庭に戻ると、人気のバラエティショップのロゴが全面に散りばめられたレジャーシートに座ったゆまが実結のリュックからぶら下がるカティを突っつき回して遊んでいた。

「あ、実結おかえりー」

「う、うん……ゆま、ただいま……」

 妙に歯切れの悪い返事をする実結に、ゆまはどうしたのと怪訝そうな顔をする。

「あのさ、ゆま……わたし、わたし……」

 自分がこんなことをしてしまったのを知ったらゆまはどう思うだろうか。軽蔑されるだろうか。それでも香桜への嫉妬心からこんなことをしてしまったのは自分だ。自業自得なのだと実結は思った。

 実結はハーフパンツのポケットから、赤いハチマキを取り出した。

「ん、何これ? A組のハチマキじゃん。どうしたの?」

「わたし……わたし」

 意を決して、実結は喉の奥から声を絞り出す。情けなさで涙がこぼれそうだったが、ぐっと堪える。自分には泣く資格などどこにもない。

「わたし、氷坂さんの忘れ物のハチマキ、盗っちゃった……。ちょっとくらい、困ればいいって思って……それで……。ゆま、どうしよう……わたし、最低だ……」

 どんなに堪えようとしてもじわじわと滲んでいく視界に、氷坂というのはどなたですの、とこけしがゆまに小声で聞いているのが映る。ゆまがカティに簡単に香桜について説明すると、カティは実結へと向かって傲然と言葉を放つ。

「実結、顔を上げなさい。欲しいものを手に入れるのに、手段を選ぶ必要がどこにありまして? 恋愛事にも戦と同じように戦略というものがありますのよ。その程度の行為、何を恥じる必要がありますの?」

「え……、何? カティ、何言って……?」

 カティの窄められた口から飛び出した想定の斜め下の発言に実結は唖然とした。一緒に暮らし始めてからは意外と面倒見の良い姉のような言動が多かったせいで忘れかけていたが、本来のカティはその所業ゆえに最終的に主人公に殺されてしまった悪役令嬢だ。強者ゆえの最低な思考こそが彼女の本質のはずだった。

「実結、あなた、蒼羽とやらをその女に取られたくないのでしょう? なら、それでは甘いですわよ。階段から突き落とすくらいのことはしてもバチは当たりませ……いえ、それでもまだ手ぬるいくらいですわ」

「ちょっと待ってよカティ、そんなことできるわけないじゃん」

 実結が抗議すると、そうだよとゆまも声を上げる。

「カティ、あんたが生きてきた世界ではどうだか知らないけど、この現代日本でそんなことしたら立派な犯罪だよ。わかってる? 自分さえ良ければ、あとはどうなろうと知ったこっちゃない、そんな自分の物差しがどこででも通用するなんて思わないで」

 実結は濡れた目元を乱暴に拭うと、それに、と言葉を続ける。

「わたしは別に氷坂さんに怪我させたかったわけじゃないし、ましてや死んで欲しいとかそんなこと思ってるわけじゃない。ただ、ちょっと困らせたかった……つまり、その……ただの八つ当たりで、憂さ晴らし……」

 罪悪感でちょっとずつ言葉が尻すぼみになっていく実結の頭をゆまはしょうがないなあとでも言わんばかりにぽんぽんと撫でる。

「そゆこと。カティ、あんたと実結を一緒にしないで。さっき言ってたようなことはお貴族様のあんたにとっては何てことないようなことだったとしても、実結は良心の呵責ってやつに耐えられない。実結はね、あんたと違って普通の感性を持った普通の子なんだから」

 ゆまの強い言葉にカティはのっぺりとしたこけしの顔に鼻白んだような表情を浮かべる。

「な……わたくしが、普通でないとでもおっしゃるおつもりですの!?」

 怒りを見せるカティへと、ゆまはうん、と頷く。実結はおろおろとしてゆまとカティを見ていることしかできなかった。

「うん、私たちからしたらあんたは普通じゃない。自分のためならそんなふうに他人を傷つけて平気でいられるなんて、正直頭おかしいと思うよ。あんたが最終的にルカとかいう人に殺されたのもまあ当然って感じだよね」

 言いたい放題のゆまにカティは絶句する。ゆまは実結へと向き直ると、実結が握りしめたままだった赤いハチマキを強引に奪い取る。

「実結、それ貸して。私、香桜にこれ返してくる」

「え、でも……」

「大丈夫、香桜には忘れ物を預かっただけとか適当に言っておくから。香桜が次に出る種目、確か次の次くらいだったはずだし、私さくっと行ってくるね」

 そう言うと、ゆまは赤いハチマキを手にちょうどトラックを挟んで向かい側にある本部テントのほうに走って行った。

 実結は行動力のある幼馴染の背を見送り、これじゃ駄目だと立ち上がる。

「わたしが……わたしがやらないと。ゆまにやらせちゃだめ」

「ゆまにやらせておけばよいのではなくて? それにせっかくライバルを出し抜くチャンスでしたのに、それを手放すなんて正気とは思えませんわ」

 カティの否定的な言葉に、実結はそれでも首を大きく横に振る。

「ううん、いいの。これでいいの。ねえ、カティ、一緒に来て。生きていたころのカティにはきっとできなかったこと、見せてあげる」

 これからしなければならないことを考えると膝が震えた。それでも自分がしでかしたことを考えれば必要なけじめであり、後始末だった。

 実結はグレーのポリエステルの生地にピンクのラインが入ったリュックからキーホルダーの金具ごとカティを取ると、ハーフパンツのポケットへと入れる。雑な扱いにもごもごとカティがポケットの中で文句を言っていたが実結は無視をした。

 実結はゆまの後を追い、競技の邪魔にならないようにトラックの一番外側の曲線に沿って走り出した。


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