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第三章:雨空とすれ違い①

「実結、最近ちょっと変わったよね。 何かあった?」

 いつも通り、朝八時十分に川沿いの公園で待ち合わせをしていた実結はゆまと顔を合わせるなり、開口一番に彼女にそう言われた。

 そんなことないよ、と言いながら実結は中学校へ向かって川沿いの道を歩き始める。

「えー、絶対実結変わったって! 前より髪型凝るようになったし、たまにメイクしてるし!」

 納得できないらしいゆまはそう言い募る。あ、と何かに思い当たったように、ゆまは目元と口元をにんまりと緩めると、

「もしかして、男? 実結、好きな人できた?」

 別にそんなんじゃないよ、と実結が首を横に振ると、嘘だあとゆまは可愛らしく頬を膨らませる。

「じゃあ、何でいきなり髪とか凝り始めたの?」

「えー……何だろ、ただの気分だよ」

 こんなのたぶんそんなに長続きしないよ、と実結は嘯くと、隣を歩くゆまからそっと視線を外す。

 最近の実結は蒼羽のことが少し気になっている。それが恋愛的な意味なのか、ただ一人の人間として彼に興味を覚えているだけなのかはわからないが、最近の実結は気がつけば蒼羽のことばかり考えている。

 しかし、蒼羽は実結の親友であるゆまの兄だ。蒼羽のことが気になるなど、気まずさと気恥ずかしさでゆまに言えるはずなかった。

 不意にゆまが足を止めた。どうしたの、と実結はゆまを振り返る。ゆまは怒りで顔を歪め、きつい眼差しで実結のことを見ていた。

「ゆま?」

「実結。何で私に秘密を作るの? どうして、私に嘘をつくの?」

 実結を見据える気の強そうな双眸からはじわじわと溢れてきた涙が今にもこぼれ落ちそうに揺れていた。

「嘘なんて、そんな……わたしは」

「私、わかるんだからね。実結が嘘ついてまで、私に何か隠しごとしようとしてることくらい」

 何かを言いかけた実結へとゆまは畳み掛けていく。ゆまの口から淀みなく紡がれる強い言葉は溢れて止まらない。

「ねえ、私たち親友のはずでしょ? なのに、何で実結はそんなことするの?」

「それはその……」

 ゆまに詰め寄られて、実結は言い淀む。ひやりと汗が実結の背中を伝っていく。やっぱり蒼羽のことは、彼の妹であるゆまには言えそうになかった。

「……っ、実結の馬鹿っ! もう知らない!」

 もう絶交してやる、と捨て台詞を吐くとゆまは駆け出した。前を歩いていた下級生の女子が、驚いたような顔で実結たちのほうを振り返った。

 ぽつ、ぽつと灰色の空から雨が降り始めた。制服のワイシャツが肌に張り付いているのが湿気のせいなのか汗のせいなのか実結にはわからなかった。

 歩道の脇に植えられた青や紫に咲き誇る紫陽花の花が色を失って見えるような気がして、実結はへなへなとその場に座り込んだ。


 いつの間にか本降りになってきた雨が川面に幾重にも波紋を描く。すっかりびしょ濡れになってしまった実結は、川辺の歩道で膝を抱えて蹲っていた。

「君、上原第二中の生徒かい? こんなところで学校はどうしたんだね? 具合でも悪いのかい?」

 通りがかった老人に話しかけられて、実結はびくりと体を震わせる。

「な、何でもないです……っ」

 実結は慌てて立ち上がると、逃げるように身を翻して走り出した。

 全身を雨に濡らしながら、実結は来た道を走る。今朝、苦心してハーフアップにしてきた髪は雨のせいで崩れかけてしまっていた。

 十分近く走り続けて家まで辿り着くと、実結は鍵を開けて家の中へ入った。両親は仕事、姉の杏奈は高校へ行った後で家の中はしんと静まり返っていた。

「実結? 実結ですの?」

 静寂を破ったのはカティの声だった。玄関を入ってすぐ左手にある実結の部屋のドアの向こう側からこけしの少女の声がしていた。

 雨に濡れてぶよぶよにふやけてしまったローファーを実結は脱ぐと、重い体を引きずって部屋へと入る。父親のお下がりのタブレットで動画を見ていたらしいカティは、音声操作で動画を止めると、

「実結、学校はどうしたんですの? それにそのようにびしょ濡れになって……何かあったんですの?」

「カティ……どうしよう……。わたし……」

 実結は床が濡れるのも構わずにその場に座り込む。鼻の奥がつんと熱い。目尻から溢れ出した涙がぽたぽたと制服のスカートへと落ちた。

「わたし、ゆまを怒らせちゃった……どうしよう……」

 実結の喉の奥から嗚咽が溢れてくる。小さい子供のように泣きじゃくる実結にカティはおちょぼ口から小さく吐息を漏らすと、

「実結、一度落ち着いて着替えていらっしゃいな。そのままでは風邪をひいてしまいますわ。スマホを置いていってくだされば、今日のところはわたくしが学校に連絡しておきますわ。制服がそんなにびしょ濡れになってしまっていては、今日はもう学校には行けないでしょう?」

 実結はしゃくりあげながらも頷くと、箪笥の上に適当に積まれたままになっていた淡いピンクとクリームイエローのチェック柄の部屋着のワンピースを掴み、部屋を出た。


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