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プロローグ:彼女の破滅

 わたくしはただ、自分のしたいように生きてきただけだった。

 やりたいことをやりたいと言い、欲しいものを欲しいと言って生きてきた。周囲もそれを容認してくれたし、わたくしが生まれ育ったオルコット公爵家はわたくしの望みをすべて叶えてしまえるだけの力を持っていた。

 あるとき、わたくしはこの国――エルーシェ国の第三王子テオバルドに心を奪われた。欲しいと思った。彼の心も、その隣に立つ権利も何もかもを欲しいと思った。社交の場に出ればいくらでも男が寄ってくるわたくしが、初めて自分からした恋だった。

 テオバルドに振り向いてもらうためには、彼の婚約者――コールドウェル侯爵家の次女シャーロットの存在が邪魔だった。

 シャーロットを排除するために、わたくしは一計を案じた。馬車の事故に見せかけて、彼女を殺すように家の召使いに命じたのだ。

 召使いはわたくしの要求を拒んだ。それは生まれてからこの十六年間、何一つとして望みを叶えられなかったことなどないわたくしにとって初めての経験だった。

 望みが叶わない――それはわたくしにとってひどく屈辱的なことだった。わたくしはその召使いを鞭で打ち据えた。

 ぼろぼろになって、全身を腫らした召使いは最終的にわたくしの命令を受け入れた。こうして、ある日、テオバルド王子の婚約者シャーロットの殺害は為された。

 婚約者を亡くして傷心のテオバルドを慰めるのを装って彼へ近づけば、彼がわたくしに心を許し、恋に落ちるのも時間の問題だと思っていた矢先、王城から遣わされた兵士がオルコット公爵家を訪ねてきた。

 シャーロット・コールドウェルの殺害を首謀した咎でわたくしは拘束された。どうやら実行犯を務めたあの召使いが王城に赴き、シャーロットの事故の真相を密告していたようだった。

 わたくしは斬首刑に処せられることとなり、城の地下牢に投獄された。そして、処刑の前日の夜、わたくしの牢をとある人物が訪ねてきた。

 彼女はルカ――つい最近、どこからともなく現れたという教会の聖女だった。わたくしは彼女のことを知識としては知っていたものの、実際に顔を合わせるのは初めてのことだった。そして、なぜ彼女がわたくしの元を訪ねてきたのか、わたくしにはわからなかった。

「私は絶対にあなたを許しません。私の大切な友人――シャーロットを殺したあなたを!」

 黒い瞳に涙を溜めたルカが言い放った言葉を聞いて、わたくしは合点した。そういえば、シャーロットは礼拝の日に自らよく教会へと足を運んでいたし、聖女と何らかの関わりがあってもおかしくはなかった。

「シャーロットの無念を思えば、私はなんだってできる。私のこの力は、使い方によってはあなたを葬る呪いにだってなる」

 きつい視線でわたくしを見据えるルカはそう言い放った。その手の中にはひどく不細工な人形のようなものが握られており、周囲を闇が渦巻いていた。

 人形を取り巻く闇は段々と姿を変えていき、二本の腕の形を取った。人形から伸びた闇の腕は牢屋の鉄格子をすり抜けてわたくしの喉を締め上げた。

 涙に濡れた黒瞳でそれを見つめながら、ルカはこう呟いた。

「シャーロットを殺した罪……その命をもって……いいえ、その魂をもって贖いなさい。あなたはもう二度とこの世界に生まれ変われないようにしてあげる……! 生まれ変わることのないまま、永遠に苦しみ続けるといいんだわ……!」

 ルカはそう吠えると、わたくしをきっ、と睨みつけた。強い瞳だった。わたくしの喉を締め上げる闇の腕の力が強くなった。わたくしの視界が霞み始めた。

 嫌だ、とわたくしは思った。

 わたくしにはわたくしの何が悪かったのかわからなかった。たかが人ひとりを轢死させただけのことで、どうしてこんな仕打ちを受けなければならないのか、理解できなかった。どうしてこんな形でどこの馬の骨とも知れない小娘に殺され、死後の魂の行く末までも強制されなければならないのだろう。

 わたくしの喉を掴んでいた闇色の手が肌を突き破ってわたくしの体内に入り込んできた。それはわたくしの核とでもいうべきもの――魂を掴むと、無理矢理体から引き剥がそうとしてきた。

 嫌だ、とわたくしは思った。こんなところでこんなふうに殺されたくない――なぜただそれだけの願いを誰も叶えてくれないのだろうとわたくしは思った。このわたくしの望みが叶わないなんてありえないと思った。

 悔しい、許せない、こんなの絶対にありえない――混濁した思考の隅でそんなことを思ったのを最後にわたくしの意識は途絶えた。


 こうして、カトリーヌ・オルコットは齢十六歳にして獄中でその生涯を終えた。死因は『己の罪の重さを自覚し、恐ろしくなって自死を選んだ』ためとされている。しかし、その真相を知るのは世界でただ一人――聖女ルカ・クラーチのみである。

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