【短編】この国家公認の冒険者、Fランクの落ちこぼれにつき~獣耳幼女を救いたい~
雨が降り頻り、雨粒が土を叩く暗夜。深い茂みの奥で、少女は激しい痛みに耐えながら蹲っていた。
母が可愛いと言ってくれた長い耳は恐怖で垂れ、フサフサして気持ちいと言ってくれたしっぽは泥に塗れ、汚れている。
平等を謳った世界で、少女は今も尚、人種差別を受けていた。
「いい事を教えてやろーか?」
雨よりも冷たい声。風よりも突き刺さる視線。少女は、身を震えさせながら時が過ぎるのをひたすらに──ただひたすらに待った。だが、その声はその小さな願いすらも許さない。全てを踏み躙るかのように、声の持ち主は泥塗れた靴で少女の頭を踏み付けた。
「お前の仲間や家族を山賊に売ったのは、俺達だ」
その言葉は、少女の呼吸を一瞬とめるに足る刃を持っていた。思考は吹き飛び、文字通り頭が真っ白になった少女から短い言葉が漏れる。
「……え?」
家族を売った──。仲間だと思ってた人達に売られた。笑い声が脳内に絡みつく。呼吸は乱れ。開いた瞳孔は、絶望をより一層濃く宿す。
「本当にお人好しの人狼だな? 少し考えたらわかる事だろーがよ」
「考えたら……って」
「仕方ないなあ。ルタ?私が教えてあげるわよ」
髪を引っ張られ、顔は痛みで歪む。涙で滲む視界に写る赤髪の女性・魔道士シシリーは、下卑た者を見る目を向け口角を吊り上げた。
「私達は人間。アンタは怪物。ただそれだけの事よ?アンタ達は淘汰されるべき存在。人が統べるこの世界・リュドナエルに居場所なんかないのよ」
何が平等だ。何が神は皆を愛しているだ。外見が違うだけで、人は容赦なく殺す言葉を──暴力を振るう。加減もなく、欲望のまま、ひたすらに。
どっちが化物だ。どっちが悪魔だ。
蹴られ殴られ、悲痛の叫びですら笑い声に掻き消される。ここは地獄だ。抜け道のない地獄だ。
「……なんでそんな……」
パーティーのリーダーである男・リワードは赤い鎧を軋ませしゃがむと、悪意に満ちた恐ろしい笑を、ルタの眼前で浮かべた。
「金になるからだよ」
「……おか、ね?」
「お前等のしっぽの毛皮は、高く売れるし。耳は乾燥させれば、漢方になるらしい。有難く思えよ?人様の役にたてるんだからよ」
頬を何回も叩きながらリワードは、そう言った。数少ない一族も家族も全て──反対する皆を押しのけて、人とパーティーを組んだせいで。きっと人間も分かってくれると。パーティーの人達は優しいから大丈夫だと。
雨にまじり涙がながれ、唇を力いっぱい噛み締め、口の端からは血が流れる。
「ボクの……返せよ……」
「は?」
「返せよ……ボクの家族を……」
「聞こえねえよ」
シシリーの腕を強引に払い、髪の毛が束で抜ける。頭を走る激痛はルタの語気に力を宿す。
「返せっていってるんだよ! うぁぁぁぁぁあああ!!」
リワードに飛びかかり、馬乗りになると顔を殴る。がむしゃらに。ただがむしゃらに。
「おいおい……お前みたいなガキの殴打が、俺に効くとおもってんのかッ……よっ!!」
「ゴブッ!?」
右手で頬を思い切り殴られ、ルタは木に体を叩き付ける。激しく襲った衝撃に霞む意識。朦朧とした意識を手繰り寄せるリワードの暴行。
「人様にッ……!」
「ガッ……」
「手をッ……!」
「グヒュッ」
「上げてんッ……!」
「ガハッ……」
「じゃねーよッ!!」
骨が殴られる度にゴツゴツと響く。鼻の骨や歯が折れ、殴られる度に体が跳ねる。それでも、リワードの手は止まることなく振り下ろされた。
目は血走り、口元は歪み。さながら、鬼の形相を浮かべる彼を他の仲間は笑ってみていた。
「あーあ、ちとやりすぎたか」
腫れ上がった瞼から辛うじて彼らの姿が見れる。
「やりすぎたもなにも、死ぬよ?こいつ」
「まあストレス解消になったからいいんじゃねえの?と言うか、こんなガキの毛皮なんか大した金にもならねぇだろ」
「確かに~」
「じゃあ帰ろうぜ。コイツは他の怪物の餌にしてやるわ」
足音が遠くなって行く。
「ママ……パパ……じいじ……」
様々な思い出が走馬灯のように巡る。自分の人生は一体何だったのだろうか。自分の命は一体価値があったのだろうか。なかったのだろう。無いから、こんな最期を迎えるのだ。
「哀れな子よ」
黒い影が顔に落ちる。その声は嗄れて尚、厳を感じた。
「同族の忠告を無視し、結果的に皆を殺され。お前も今、正に今際をさ迷っている」
「……あ……ぁあ……」
「ニクイか?」
「……」
「家族を奪った山賊もやつらも全員、ニクイか?」
「ニク……イ……ニクイ!!」
「ならば良かろう。代償はお前の理性。憎悪に身を焦がし、復讐を果たせ──狂戦士」
黒い影が体内に入り込んだ瞬間、憎しみや怒りが理性を痛みを飲み込んでゆく。真っ黒い感情が、ただただルタに殺意を芽生えさせた。
──憎い。全てが憎い。全てを殺す。全てを。
「……ヴぅうぁぁあ……!!」
前屈みになると、ルタは一気に駆けた。奴らの匂いがする方角に。
「な、なんだコイツ……!?」
リワード達の眼前に突如として現れたのは、まさに異形だった。月が分厚い雲に隠れた闇夜だからではない。
目の前の化物自体が影のように黒いのだ。
黒くて禍々しくて恐ろしい。今まで戦ってきたどの魔物よりも化物だ。
逃げるにしても、完璧に奴の間合い。背を向ければ、伸びきった鋭利の爪。もしくは牙で八つ裂きになるのは目に見えている。
ルタの敵察知能力があれば、こんな失態はなかった。
「シシリー! 相手のステータスを見ろ!」
「わ、分かったわ!」
【スキル・透視】
相手のステータスを羅列化するスキル。これがあるのとないのとじゃ立ち回り方がちがう。
シシリーが杖を地面にさし、魔石に手を翳し高らかに唱える。
「透視!!」
「よし。カスケード!盾役を頼む!フィリップ!木に登り、狙撃位置に行ってくれ!」
シシリーが分析をしている間に、盾職のカスケードに守護を。アーチャー役でエルフのフィリップに後衛の指示を。
「分かったぜぇ!!」
赤いフルプレートアーマを軋ませ、カスケードはリワードの前に出る。
「頼むぜ、カスケード」
分かってると言った直後、カスケードは背負っていた盾を地面に突き刺して吼える。
「杭穿ツ絶対ノ盾!!」
盾の前に三つの魔力で構成された盾が顕現。カスケードの固有スキルであり、その防御力は最強だとリワードは思っている。
何せ、城一つを破壊できるだけの力を持つ【破城級】の黒炎竜のブレスを凌いだ程だ。
「シシリー、まだか!?」
「……め、なの」
「なんだって!?」
「駄目……なの!看破できないの!! ヤバいわよ、アイツ」
声を上擦らせ、焦りを浮かべるシシリー。これじゃ士気が下がるのは目に見えていた。リワードは、前衛をカスケードに預けると、シシリーの両肩を強く握った。
心ここに在らずと言わんばかりに、覇気をなくした瞳をじっと見つめ──
「落ち着け! シシリー!! 何があった?」
「おかしいの、よ……」
「おかしいって」
「文字がノイズかかったみたいに」
シシリーが震えているのを手を通して感じる。
「分かった。魔法は使えるな?」
魔法は精神が左右する。不安定な状態であれば威力も狙いも低下してしまう。故に、リワードは極力不安を煽らないように宥めた。
「使える……わ」
「よし。なら時間を稼ぐ。詠唱極大魔法を頼む」
「分かったわ」
「聞いたか!? フィリップ」
木を見上げ問えば、フィリップは弓を構える。
「行くぜ化物!」
剣を鞘走らせると、カスケードを死角に使い化物の脇に入る。そのまま切っ先を化物の体目掛け突き刺した。
「コロス……ミナ……コロス」
直後、リワードは異変に気が付く。
「コイツ……神経がないのか?」
間違いなく剣は、腕を突き刺した。なのにコイツは泣きも喚きもしない。それどころか、片方の手で剣を掴む。
悪手だ。振り抜けば指が落ちると言うに。例に習い、リワードは柄を強く握り振り──
「抜けない……だと!?」
「オマエハ……ゼッタイニ……ゼッタイニィィ!!」
「……チィ!!」
剣を手放し、距離をとる。なんだ、この違和感は。今対峙してるのは、生命体なのか。だとしたのなら、狂ってる。
「だが、俺は時間稼ぎ。フィリップ!!」
「射抜け!! 風走る弓槍」
けたたましい音を奏で、化物に向け一直線に飛ぶ風を纏った弓は、鎧すら大破させるだけの威力を兼ね備えている。
この距離なら絶対不可避。殺せはせずとも、腕の一本を奪えれば、勝機は跳ね上がる。
「ヴァルァァァァア!!」
それは言葉と言うにはあまりにも雄叫びに似ていた。その激しい声が鼓膜を揺さぶった刹那、フィリップから短い言葉が漏れた。
「……ガッ……?」
木から落ちるフィリップを目で追ったリワードの目に、初めて絶望が宿る。
避けなかった。射抜けなかった。それどころか、あの最速の弓を掴み、投げ飛ばしたのだ。
脳天を貫かれ絶命したフィリップを見て、シシリーは自我を失う。
「いや……いや……いやぁ!!」
腰を抜かした彼女に最早、詠唱は無理だ。
「俺がやるしかねぇ……カスケード、俺は聖宝剣を使う。それまで無防備になってしまう。守りを頼む」
「任せろ!」
「ウガァぁあぁぁぁあ!!」
化物の叫びと共に、破壊音が空気を震わせる。それは、攻城戦における砲弾が壁を大破させる音にも似ていた。
腹にくる音に眉を顰め、猛攻を受けているカスケードを憂いる。
「カスケード! 大丈夫か!?」
「大丈夫だ。お前は、自分のつとめを果たせ。安心しろ、俺の護りは鉄壁」
そうだ。カスケードの護りは万全。何人たりとも杭穿ツ絶対ノ盾を破れるものなどいない。
リワードは、長めの息を吐いてから口を開く。
「分かった」
リワードは目を瞑り、精神を統一。余計な情報を全て遮断し至るは無我の境地。
「我は望む、比類なき力を。我は欲する、邪を払う一振を。我が求め、我の為に振るう。この一撃は善であり、この一振は必殺である──」
剣が帯びるは精霊の煌めき。次元すら屈折する極光は、景色を歪ませる。準備は整った。
「へへっ……あとは任せた、ぜ。リワード」
目の前で腹部を貫かれたカスケードは、腹筋と腕の力で化物の腕を抜けないようにしている。確認したリワードはそれでも、精神を崩すことなく天に切っ先を向けた剣を振り下ろした。
「──聖宝剣」
音が消え去り、景色は白に染まる。
「グァアルァァァア!!」
カスケード諸共、間違いなく化物は消え去った。
奴は一体何──
「グフッ……?」
「コロス……コロス……!!」
何が起きた。何故、倒れている。下半身に力が入らない。感覚がない。水溜まりが真っ赤に染まり、霞む視界の中で見えたのは、目の前に転がる下半身。
「お前は一体……何者……なん──」
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続いた大雨が嘘みたいに晴れ、此処・シルミアにはいつもの活気が戻っていた。屋台には様々な物がならび、見に来る観光客や、街人達。
大きな道路では馬車が往来し、馬を見た子供達が無邪気に手を振っている。
この平穏が今、脅かされようとしていた。
「遠征お疲れ様です、デイルさん」と、笑顔を向けた女性は冒険者ギルド・シルビアで受付嬢をやっているシーシャだ。
「お疲れさん。あ、これ報告書ね」
個室に入るなり、雨で少し湿った紙をカバンから出すと、シーシャは「確かに」と、言って受け取った。
「それで、どうでしたか?」
「情報通り、山賊達が金儲けの為に人狼種を乱獲していたよ」
「やはりそうでしたか……」
「まあ助けられる者は皆助けたし、山賊達には正しい罰を与えた。ありゃあ、悪魔の所業だよ」
女性は陵辱され、男は妻が犯されてる目の前で首を跳ねられ。毛皮は剥がれ、売り飛ばされる。正に地獄だった。
「ありがとうございます。それで早速なのですが、緊急な依頼をお願いしたいんです」
「ええ……今帰ってきたばっかなんだけど」
「…………」
青い瞳は力強くデイルを見る。
「……だめ?」
「お願いします。これは貴方──国家公認冒険者・デイル=キリアさんにしかお願いできないのです」
「いや、俺はただのビーストテイマーだよ?装備だってみてよ。他の冒険者が鉄の鎧を装備する中で、ただの布だよ?布。儲けてないんだから」
鼻頭をポリポリと掻きながら、おちゃらけて見せると、シーシャは力強くデイルの名を呼んだ。
「は、はい!」
「そもそも、装備は自身の身を守る為に身に付けるもの。それを身に付けず冒険者をやってるのが異常なんです。なにより、毎回それで生還している事自体が常軌を逸してるんですよ、デイルさん」
「へ……へぇ」
「しかも今回の依頼は、デイルさんだからこそ頼めるモノ」
シシリーは絶対に予め用意していたであろう、紙を机に置いた。
「これは?」
「最近出現した魔獣です」
「情報元は?」
「リワードさんを知ってますか?」
「あのいけ好かない奴か」
「その生き残りの方の情報です。「殺してくれなきゃ私が殺される」とか、もう情緒が不安定でして」
ふむ。と、相槌を打つが。正直、同情も一切無かった。彼らの黒い噂は結構な頻度できいていた。金儲けのためなら手段は選ばない事で有名。そんな奴らの為に命をかけるつもりもない。
「 討伐に向かった冒険者達の殆どが壊滅。このままでは、街を襲撃する恐れも……」
「この街ねぇ? 言っても、国有数の冒険者ギルド。Aランクの冒険者だってSランクだって居るでしょ? 俺なんかFランクだよ」
Sランクともなれば、破城級の魔物と対等にやり合える冒険者だ。そのSランクと呼ぶに足る冒険者達がこの街には数人居るのを知っている。
曰く、彼らは大地を割る。
曰く、彼らは海を割く。
まさに常軌を逸した超人だ。リワード達も確かAランク冒険者でありSランク候補だと聞いたことがある。思い出しながら、シーシャを見ていると、彼女は呆れた様子でため息を吐いた。
「それは、デイルさんが報酬──つまりは、討伐した際に手に入れるドロップアイテムを持って帰ってこないからじゃないですか」
「そりゃあ、依頼失敗」
「依頼は失敗。しかし、結果的に解決しています。例えば、魔物の群れが移動したりですね。血を流さずに状況を一転させる冒険者──対話する者の異名を持つ貴方にしかお願いができません」
そう言われても、二つ返事で決められない。デイルは極力、魔物を殺したくはないのだ。中には醜悪な魔物も居る。人を喰らい、人を玩具にする恐ろしい生き物だ。
だが、魔物の全てが彼等のような生き物じゃない。
「言い方を変えます」
咳払いを一つして、シーシャは口を開いた。
「彼女を救ってあげてください」
「救う?」
「はい。新たに得た情報。それによれば、人狼の姿をしていた──との事です。きっと彼女は」
「分かった」
「へ? いや、詳細は……」
「討伐じゃなくて良いんだよな?」
「えっと……はい」
「分かった。場所は?」
殺さなくていいなら話は別だ。きっと彼女と言われた人狼にも訳があったのだろう。人狼とは本来、温厚で臆病者が多い。長けた聴覚が警戒心を強めているとも聞くが、そんな種族が暴走するのは、それに足る理由があるはずだ。
シーシャが地図を広げると、指をさす。
「緑艶の森で目撃情報が多発しています」
「ふむ。ここから馬車で二時間半程度って所か」
「時間は夜中が多いみたいですね」
「分かった。今日出発する」
「お願いします。報酬は」
「人狼を預けてる施設に寄付してくれればいい」
こうして、デイルはシーシャからの依頼を受諾し準備に入る。大きめの麻袋とロープ。そして回復薬を買ったりして、その時は来た。
麻袋を肩に乗っけて、デイルは森の奥地に進んでゆく。木々が茂ってる為か、日中でも日が中々落ちなかったのだろう。泥濘が酷くて足元が悪い。
ネチャリネチャリと耳につく足音を鳴らしながら、進んでいると剣や鎧が転がっているのが目に入る。傷ついた木を見るあたり、間違いなく此処で戦闘は行われたに違いない。
ただ、死体は食われてしまったようだが。
デイルはポイントを此処で決めると、麻袋を降ろす。
「んー!! んー!!」
「分かってるわかってる。今取ってやるから」
そう言って麻袋を取れば、その中からシシリーが姿を現した。デイルが口を縛り付けた布を取ると、甲高い声で叫ぶ。
「あんた!! 人を拉致るなんて、こんな事して許されるとおもってんの!?」
「へ? 知らねえよ」
「ばっかじゃないの!? 早く私を病院に戻しなさいよ!!」
悪態をつくシシリーの表情は裏腹に焦りを隠せていない。
「は? なんで?」
「なん……ッ。は?」
「お前は罪を償う必要がある。違うか?」
立ち上がり、見下ろしてデイルがシシリーに問えば鼻で笑う。
「はん。何を言うかと思えば。私に罪? あるわけないじゃないの!」
「──だ、そうだよ」
振り返れば、黒い影のような魔物が喉を鳴らし、小さく唸っていた。目を凝らし良く見れば、シーシャの言う通り、人狼で間違いがないようだ。しかもまだ小さい。体躯から考えるに十三歳ぐらいだろうか。
「ひぃ!! ま、まって! 何をしてるの!? 早く殺しなさい!殺してよ」
「…………」
ゆっくりと人狼は距離を詰める。
「はやく! あんた、国家公認の冒険者なんでしょ!?」
「…………」
「わ、分かったわよ! 話すわよ! そうよ、私達よ! 私達がルタを騙したのよ!!」
涙を流しながら、必死にシシリーは叫ぶ。
「グルル……」
「でもアンタだって分かるでしょ! コイツは人間じゃない! 化物なんだよ!? 生きてる価値なんてないじゃない!!」
──クズだ。心底クズだ。救いようのない人間だ。
「よく話してくれたね」
「なら……ッ!!」
「は? お前じゃねえよ」
髪の毛を掴み、シシリーを持ち上げる。
「いだいいだいいだいいだい! 離してよ!!」
「お前は、ルタに同じ事をした時、笑っていたんだろ?どうだ? 同じ事をされる気分は」
「何を……言って?」
「この子の心が教えてくれたよ。お前達にされた事をな。山賊に人狼を売り飛ばした事も」
デイルはルタの前にシシリーを投げ飛ばす。
「ギャッ……。え? ねぇ、嘘でしょ!? ごめんなさい。ねえ、謝ってるじゃないの」
謝って済む話じゃない。死んで許されるものでも無い。
ルタの牙がシシリーの喉笛を噛み切る手前、デイルは口を開いた。
「ルタ、君は彼等と同じになっていいのかい?」
「……こいつが、こいつ達が!!」
「確かにコイツ達がやった事は最低だ。生きてる価値もないクズだ」
「なら……ッ!!」
「だからこそ、君が汚れる必要はないんだ」
「何がわかるんだ!! ボクの……ボクの!!」
シシリーから顔を遠ざけ、ルタはデイルに飛びかかる。
「アイツ……あの化物と何を話してるの……」
「そうだよな」と、デイルはルタを優しく抱きしめた。
「離せ……離せッ!! 人間なんか信用出来るか!!」
「信用なんかしなくていい」
爪で背中を切られ、痛みが全身を這う。それでもデイルは強く抱きしめた。
「君の辛さを俺は分からない。君の悲しみに寄り添う事しか出来ない」
「ボクは仇を……家族の」
「大丈夫、大丈夫」
「離せ!!」
「ルタ。ルタ=レイエル。君の家族は無事なんだ」
頭を撫でながら、デイルは優しくそう言った。
「そん話を信じるか!!」
「俺が山賊を全員、殺した。君の親が教えてくれたんだ。「もし、ルタ=レイエルという名の子を見つけたら仲良くしてやってくれ」って。あとは、大切な娘とも言っていた」
「嘘だ……」
「君はもう汚れる必要がない。君はもう、幸せになっていいんだ。ルタ、分かってくれるね?」
「…………」
ルタを包んでいた黒い影が、体内に消えてゆく。
「ボク……殺しちゃった……人間を……」
デイルは立ち上がると、剣を抜いた。
「これはボクの罪だよね。ありがとう、お兄ちゃん。家族を助けてくれて」
笑顔で涙を流すルタを見て、心に痛みが伴う。
「この! クソ人狼! 早く殺しなさいよ! 依頼を受けてんでしょ!?」
「ああ、依頼は受けてる」
「ボクの事は気にしないで、でも痛いのは嫌だから一瞬で……」
「だが、俺が受けてる依頼は討伐じゃない。救う事だ」
デイルは振り返ると、剣をシシリーの腹部めがけて投げつけた。
「ギャァァァ!! いだい……いだい!! な、何を」
「お前は犯罪者だ。人狼も立派な人権者。その一族を滅ぼす行為に加担した。俺が手を下さなくても死罪は免れない」
突き刺した剣をグリグリと動かしながら、デイルは続ける。
「故にお前は此処で死ね」
「なっ!?」
剣を抜いて、そのまま首をはねた。
血飛沫が噴き出る中で、デイルはルタの体に布を巻いて両手で持ち上げる。
「……なあ、ルタ」
「はい」
「俺と一緒に冒険者にならないか? 魔物を討伐する冒険者じゃなくて、困ってる魔物を救う冒険者に」
「……まだ少し怖い、です」
「ははっ。確かにそうだね。まあ、まずは家族に逢いに行くといいさ」
こうして、行きは一人だったデイルだが、帰りは小さき人狼と二人で歩む。
後日談ではあるが、あの依頼書にはかなり色が付けられていた事が分かった。そもそも、あの依頼はシーシャが独占していたもので、誰も受けていなかったらしい。
最初からデイルに任せる気で、話を持ちかけたようだ。つまり──上手く、彼女の手のひらで踊らされたという事になる。
中々に食えない女性だ。
それから日はながれ、二週間後──
晴れ渡った空。太陽が燦々と照らす元で、凛とし明るい声がデイルの鼓膜を心地よく叩いた。
「おにいちゃん」
「来てくれたんだね」
「うん。だから、その……ね?」
「今日から宜しくな?ルタ」と、デイルは優しく髪を撫でた。
「うん!!」
元気よく頷いたルタの笑顔。その奥に燻る不安を闇を拭う事は簡単ではないだろう。
だけれど、いつかは。いつかは、君が本当の笑顔を人に向けられる日が来るのを。
対話する者の異名を持つビーストテイマー・デイル=キリアは強く願った。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
もし楽しかった!など思っていただけたのなら、評価やブクマをお願いします。それと宣伝をさせて下さい。ただいま、連載中の【刀鍛冶のリスタート】も良ければ、読んで頂けると幸いです。一応、王道の中にオリジナリティを大切に書いています。
短編に登場した人狼種。それを3章から登場させることにしました!