第6話「変な人達」
試合があることを宣言されてから3日が経った。毎日のように『ロード』の授業と放課後は演習場で練習をおこなっった。
練習は英二が内容を考えてそれをみんなが実行していく感じだ。
その内容は至ってシンプルでアバターに変換してはフィールドに障害物を用意して走破させることをまず最初に行う。その後は1対1で模擬戦闘を数回ほど行うと残りの時間は自主練として能力の練度向上や武器の使い方を先生からレクチャーをしてもらうと言った流れである。
最初に行う障害物を避けながら進んでいく練習の目的は現実の体とアバターとの差を認識をするためであり良い訓練となる。走る止まる、手や足など体全体を認識して思った通り動かす。下手に戦うことだけして体の一部を使った下手な操作を覚えることをなくすためだ。頭で現実とゲームの認識の差を自覚し戦闘でそれをさらに磨きをかける。
現在はしっかりと基礎を行なったことによって日に日に体を自由に動かすことが出来てきている。
ただし、やっていることはかなり地味なので複数人による派手な戦闘を望んでやってきた高校生には辛いものである。しかも、指示しているのはクラスメイトなので不満もでる。
そこで英二は文句があるならやりたかった『ロード』で黙らせればいいと言って一人で文句を言った数人を叩きのめして不満を綺麗さっぱり消した。
さらに、みんなその練習で着実に動けるようになってきているので英二は信頼ゼロから少しずつ高まって来ている。
「しかし、アバターになって英二の訓練を全くしない人もいるな。一人で何かしているし。」
アバターにはなっているが、美野は何度もセクシー?ポーズを決めているがポーズの度に何故か光っているような、いや本当に光っている。どういった能力で光っているんだ。
今田シュオンは細剣を持って目の前にある壁に佇んでいるだけだ。しかし、彼女?いや彼?どちらかはわからないがその姿が少しぶれたように見えた。壁となんで向かい合っているのだろうと思ってよくよく壁を見てみると複数の穴が空いている。え、怖い。目で全く捉えられなかった。
今田のことはともかく、他の人はどこかに行っているようだ。
俺は障害物の走破の練習だけをしてみんなの訓練を観察していた。
戦闘訓練ではみんな次々に誰かと戦おうとするが一人だけ一回戦うと壁に向かってどこから取り出したのか筆で絵を描き始めた。教室でも絵を描いていた人だ。
武器の使い方は素人である人には構え方を教師に教えてもらうように英二と加藤さんは促したりと忙しそうだ。
俺は俺で今日も昨日までと同じことをしていて飽きて来たし窮屈に感じる。
この演習場はクラスの人数にしては狭いのでもう少し広さのあるところで思いっきり動きたくなってきた。
「今日のところは帰るかな。今日の収穫は一つ。シュオンとはいつか戦いたいな、今は勝てないけど。」
演習場を後にして寮へと戻る。
今この学校は試合のために練習をして寮に帰る人が多くなったので今のうちに帰れば寮には人が少ない。
そのため寮にある食堂は人が少ないのでメニューが豊富である。
そのメニューの中で今日の献立の日替わりの一つであるチキン南蛮が目当てだ。早めに行って少し多くもらえないかを寮母さんに交渉する予定だ。
好物が待っているとわかれば足も軽くなる。すごい笑顔のまま全速力で帰ることにする。
「昨日のチキン南蛮は最高だった。ここの調理師さん兼寮母さんは料理が上手すぎる。実家の人と比べたら失礼なぐらいだ。朝ごはんが楽しみだな。」
寮の玄関を出てまだ春の涼しさを体で受けると昨日の暖かいご飯を思い出した。
今日も毎朝の日課にさせられたトレーニングをする。簡単にストレッチ、ランニング、筋トレ、帰り道をランニング、ストレッチをする。
ランニングは寮から出ては適当に坂道などを走っては学校に行く。
ランニングもそれなりには走らないと体力をつけることが出来ないので少しでも距離を稼ぐか、何度か緩急をつけた走りをしたりするなどをする。
今日は緩急をつけて走ったことによって少しだけ息があがる。
目的地である学校の一目につきにくい場所で息を整えてから筋トレを開始する。腕立て伏せをする際には肩幅よりも少しだけ広げてする。胸筋にも負荷がかかるようにする。
頭の中で回数をカウントしているとアスファルトの上を軽快に走る音が聞こえてくる。
一定の間隔で聞こえてくるのでしっかりと決まったリズムなのでそれに合わせてしまいそうで俺の腕立て伏せのカウントを乱れてしまいそう。
「この近くで誰か走っているのか。誰なんだろう。」
今までこの時間でここの近くに来た人は誰もいなかった。今日になってここを通る人は誰なのかが気になる。
一旦腕立て伏せは止めて起き上がり足音の方向を見てみる。
その方向はA、B、Cクラスがある校舎だった気がする。走っている時の呼吸から男の声であることがわかった。
先程までは茂みがあるせいで今まで姿が見えなかったがようやく見えたのは頭の後ろで髪をくくっていて、その髪はクセがある。そして、160ぐらいしかない低身長だが体が鍛えられているのがよくわかる。
「あれ、こんな時間で朝練している同じ1年生がいるとは思わなかったよ。おはよ、藍田くん。」
爽やかな笑みでこちらに進路を変更して向かってくる。この学校指定の体操服であり半袖半ズボンだ。足や腕をみると思っていたより細身だが無駄がないように見える。
「おはよ、君の名前はなんなのかな。こっちはオリエンテーションで1年全員に知られているからいいけど、俺は君のことを知らないな。」
「それはそうだ。これでは不審人物であることと変わらないな。僕の名前は宮本眼斉っていうんだ。一年だよ、よろしく。」
そう言って手を差し出してくるのでその手を握り返す。手の皮がかなり固く驚く。そして手を握っただけでこの人の体は地面に深く根差したように力強さを感じる。
「よろしく、入学式の次の日から朝練をしているけどここを通ったのは宮本くんだけだよ。」
「そうなの。ここはかなり良い場所だと思うから人がいると思ったけど。そうだ、まだ朝練はするよね。」
ぐいっと顔を近づいて来た。近づく速度も早かった。
「ああ、まだ朝練は十分じゃないからな。」
「それなら僕も一緒に朝練してもいいかな。誰かと一緒に体を動かすのは楽しいからね。」
「べ、べつに構わないけど。」
「じゃ、早速何をやっていたんだ。」
「えっと、腕立て伏せで胸筋に負荷をかけてやっていたんだ。」
それからは宮本と一緒に筋トレを行った。
一人だとわからない筋トレでの姿勢やお互いに決められた回数より少し増やして見るがお互いに対抗心が芽生えて想定よりも多くやってしまう。
1年であることはわかっているのでその筋トレの様子を見ながらどのぐらい出来るやつなのかを見る。細身ながらもスタミナなどその他もろもろしっかりと一般人よりも高いことがわかる。
「なるほど、藍田くんは朝練では筋トレだけに見えるな。素振りとかはしないのかな。」
腕立て伏せが終わり、持って来ていた縄跳びをしている宮本くんがそう言ってくる。
「剣は朝には振ることはないな。剣ってあまり好きではないし。」
「奇遇だな。俺も剣は好きじゃないんだ。けど、剣は俺のことが好きらしい。だから、好きではないけど理解はしているつもりだ。」
縄跳びを飛び終えたのか渡しをしてきた。
それを受け取ったら宮本くんはその辺りに落ちている太めの枝を拾うとゆっくりと振る。
「剣はこの枝でも成り立つと言われているんだ。そんな極地というべきなのか、ただ思いついたことなのかは知らないけど枝でもここまでは誰だっていける。」
宮本くんは目を変えて棒立ちで片手で枝を持ったまま止まる。そして、風を切る音が鋭い一撃を横なぎ、斜め切りを二度、縦切りを的確に行う。そこにはいない敵の姿を思い浮かべることが出来る。そしてその思い浮かべた敵はバラバラの肉塊になる姿になってしまった。
「この枝だとここまでしか出来ない。俺の今の実力はこの程度だ。そういえば、オリエンテーションでは藍田くんは全く本気を出していなかったよね。5割あったらいいよね。」
「藍田でいいよ。こっちは宮本って呼ぶから。そうだな、あの先輩の実力なら本気を出してしまうとすぐに終わったからな。」
「ふーん、なるほどね。やっぱりEクラスは先輩から聞いた話とは全く違うのがよくわかるよ。」
宮本は嬉しそうな顔をしている。
「そういえば宮本はどこの。」
言いかけたところで誰かがやってくる気配がする。
「宮本、こんなところにいたのか。」
俺の言葉を遮ったのは肌色が濃く髪が極端に短いバズカットの女だった。見た目がかなりきつそうな感じがする。
「あれ、ハルコちゃん。どうしたのなんか用?」
「なんか用?じゃない。宮本、お前今日は朝練をいつもやっているところにいなかったから探したんだ。お前は目を離したらどこに行ったのかがわからなくなるからな。さぁ、今日は朝から演習場を使うって昨日言っただろう。お前がいないとクラスがしまらん。行くぞ。」
ハルコと呼ばれた女は宮本の首を掴むとそのまま引きずっていく。宮本はなんの抵抗をすることなくそのまま連行されていく。
「すまない。こいつは朝の用事をすっぽかすところだったんだ。今日は連れていくが今後も仲良くしてやってくれ。それでは。」
「ごめんね。藍田。また朝練に付き合ってね、それじゃ。」
首から抱き抱えられたまま手を振ってくる。なんか宇宙人を連行している人と連行されている人にしか見えないのは気のせいだろう。
こっちは光の速さで物事が進んだかのような感覚だ。
「、、、嵐が去った。俺は帰ろうかな。やることは大体終わっているし。」
縄跳びを収納ポーチに入れて軽く運動後のストレッチをしながら寮への道を歩いていく。
宮本にクラスはどこなのかを聞こうとはしたのだがその前に連行されたせいで聞くことが出来なかった。けど、どこのクラスかは誰にだって想像することは出来るだろう。
「宮本はAクラスの人だよな。しかもクラスの中心的人物なんだろうな。」
枝での素振りを見ると英二の剣と遜色はないようにしか見えない。英二の剣はかなりすごいものだ。
朝食もまだ食べてはいないから早く帰ってゆっくりと食べよう。
寮までは走って帰ることにする。今日は寄り道をすることなく帰った。理由は単純に疲れた。いつも以上に回数をこなすというオーバーワークだからだ。
放課後の1年生はクラス別対抗戦のための準備や練習のためにそれぞれ指定されている演習場にいることがほとんどだ。
『ロード』とは限らずに対戦型のスポーツで大切なことはなんだと思うだろうか。
練習、才能、程よい睡眠。それらも確かに大切だ。それと同様に大切なことは情報だ。自分自身のこと味方のことそして対戦相手のこと。この3つは特に対戦するに当たってかなり重要だ。
味方のことや自分のことの情報はいつでも収集することは出来る。なら、対戦相手のことは、知り合いなどの伝手を頼って聞くことも収集方の一つだ。それ以上に確かな情報を手に入れるには実際に対戦相手を見ることだ。
実際に見て、感じ、そしてその情報を味方に共有することが出来るようにすること。それはこの学校の小さな試合でも例外ではない。
今日はクラス別対抗戦の2日前でありクラスごとに差はあるだろうがそれなりに『アバター』に慣れて来ていて能力も定まって来ているだろう。
敵の偵察にはもってこいの時期である。
Eクラスの演習場の周囲には人気は一切ない。
しかし、ほとんどのメンバーは試合が近いことで珍しく英二の練習に参加をしている。
演習場の入り口には何やら黒いローブをした怪しい人物がいた。
その正体はEクラスの対戦相手であるDクラスの人である。
名前は原正。クラス内では中位ぐらいの実力の持ち主であり影の薄さから今回の偵察に指名された。元々彼は中学まではクラス内で目立つ人物だった。
しかし、クラスメイトからは彼の態度が苛立たしいと思うようなことが多々あった。そして、クラスメイトからは「腹立つ行動をするな」と言われそれ以降は目立たないようにすることを心がけた結果、本当に目立たなくなった。
その目立たないことが高校生になってクラスのためになるとは思わなくて少し嬉しかったと。
彼の目的はEクラスの演習場で2階から全体を見ることが出来るのでまず第一歩としてそこまでは誰にも見られることなくそこへたどり着くことだ。そして、敵の情報を収集してクラスに持ち帰ることだ。
万が一、見られても黒いローブを着ていることで顔を見られることがなく敵からは何も追求されることがないのであえて怪しい格好をしている。
「よし、ロビーに侵入することはできた。あとは情報を収集することだ。」
原正は周りを警戒しながら二階へと向かっていく。進むよりも周りを警戒することに力を入れているので目的の場所まで行くことが出来ていない。そんな彼は視界の隅で黒い影を捉える。
すぐさま彼はそれがなんなのかを確認したが何もなかった。
「な、なんだきのせいか。」
彼はすぐさま二階に向かって小走りで向かおうと、階段の第一歩を踏み出したところで彼の意識はなくなった。
意識を失って倒れた彼の側には一人の女がいた。倒れている彼を足で軽くこづいて本当に意識がないことを確認すると片手で背中を掴んで外に向かう。
外に出て向かった先は演習場のすぐ側にある木が並んでいるところだった。そこに彼を投げ捨ててまた演習場に戻っていく。
Eクラスは誰もこの偵察に来たことを知らない。そして、Dクラスでは偵察が帰ってこないことからEクラスは偵察を返すことなくむしろ自分達の情報を奪うのではと危惧してまだ、能力がしっかりと決まっていない連中はすべての能力を変えるなどと対策をとった。
相手が勝手に勘違いしていることを知っているのは偵察を倒したこと者でさえ知らない。