第一章⑥
放課後
俺は面接に向かうため、履歴書に書かれた地図を見ながら目的の家を目指していた。
集まった求職者数にも驚いたが、何よりほんとに放課後までに5人まで絞ってくれるとは思わなかったぜ。
おまけに5人分の履歴書まで用意してるなんてな。
しかし
「なんで雇う側の俺が相手の家まで行かなきゃならねえんだ?普通逆だろう」
俺の家の住所を教えて、時間差で来るようにすれば俺はただ待ってるだけで良かったんじゃねえか。
その方が楽だし。
何よりしばらく地図なんか見たくねえしよ……
などと最初こそ嘆いてはいたが……
「夫が浮気してるみたいで……若い子に構ってもらったら、少しは嫉妬して戻ってきてくれるんじゃないかしら」
なんて言いながら部屋の鍵を閉めて服を脱ごうとしたり
「ねぇ、年上は、嫌い?」
顔を合わせた途端こんな調子で、最初から話にならなかったり
とにかくろくでもない奴らばっかりだった。
こんな連中を家に上げないためなら、ちょっと足を棒にするぐらいなんでもねぇ……よな。
いや、そもそも一次審査とやらをあいつに任せたのが失敗だったぜ。
妙に協力的だったんで甘んじてしまったが、あいつがまともな選定をしないことぐらいもう十分にわかっていたことだったのに。
面倒だからって、楽して後からもっと面倒なことになるなんて本末転倒もいいところだ。
しかも電話して文句のひとつでも言ってみたら
「えぇ~。だってせっかくメイドさん雇うんだし、ちょっとぐらい間違いが起こりそうな方がアキラも喜ぶと思ったんだも~ん」
なんて、さも当たり前のように言って反省する気もなければ謝罪する気もないらしい。
何が間違いだこの野郎!!
部屋に入った瞬間押し倒してきた奴までいたんだぞ!?
こっちは放課後中ずっと貞操の危機だったんだ。
もしなんかあったらシャレや冗談じゃすまねえだろうが!!
手元に残っている二枚の履歴書。
残りはあと二人だが、なんとも気が進まない。
この様子じゃ残りの二人も常識的な人格は期待出来そうにない。
何せ選んだのが非常識野郎だからな。
かと言って何もせずこのまま帰ったら、今の今まで費やしてきた時間が完全に無駄になっちまう。
どちらか一人だけでも常識人だったら即決するのにな…
もう飯の支度と掃除洗濯さえ出来りゃ誰でもいいぜ。
おっ、ここだ。
平凡な家が建ち並ぶ平凡な住宅街の中に、表札以外では区別出来ない目的の家があった。
俺は呼び鈴を鳴らして家主の対応を待つ。
頼むから常識のある一般人が出てきてくれ……
必要なのは、非日常的なイベントでもなけりゃ昼ドラみたいな背徳劇場でもない。
ただ家に来て何も言わずに飯を作って掃除と洗濯してくれるだけの人材なんだ。
もしそれさえも贅沢だってんなら、今日のところは、もう何事も起きそうにない平凡な面談なんていうハズレクジみたいな当たりクジでもいい。
永遠にも思えた刹那の時を経て、家主が扉を開けて姿を現した。
「いらっしゃい!!そして初めましてだね。君がゆっくんの言ってた新しくご主人様だよね?ムチにする?それともロウソクやロープが好みかな?なんでもあるから遠慮なく命令してね」
勢いよく開け放たれた扉の向こうには、ほとんど裸に近いエプロンドレスに身を包んだ年上らしき女……
………………
確定
やっぱり残りの二人もロクデナシに違いないみたいだぜ。
あの人畜無害な顔したエセチェリーボーイめ……
明日朝一で学校の屋上から逆さ吊りにしてやる……
「えぇ~。結局みんな断っちゃったの!?せっかくアキラのために入念に審査して厳選した人達だったのにぃ」
「当たり前だバカ野郎!!あんな危ない連中と一瞬だって同じ空間に居られるか!!」
当然、まったくもって常識のない二人を相手に、命からがら面接にならない面接を無事(?)やり遂げた俺は、明日吊す前にもう一言二言文句を言ってやろうと思い本日二度目の電話をかけているわけだ。
場所は小さな公園。
そこの狸模様のベンチに腰掛けている。
もちろん面接の結果は全員不採用だ。その場で不採用を言い渡してやった。
中には不採用を言い渡しても、家に上げてしまえばこっちのものと言わんばかりのことをする奴らもいたが(特に最後の二人)、そんなことはもうどうでもいい。
あんな危険人物達を誰一人として俺の家に上げるわけにはいかねぇ。
場所を知られるのだってゴメンだ。
しかし……
結局のところ、今回の募集では収穫無しってことになっちまった。
振り出しに戻るどころか、1日の貴重な時間を無駄にした分マイナスだ。
いや、まあ求職者からのメールはまだまだたくさんあるんだが……今から俺が目を通すのはやっぱりめんどくさいし。
かと言って、またあいつにやらせたら今日の悲劇を繰り返すだけなのは目に見えている。
生徒会役員として忙しい日々を過ごすユミちゃんにも頼めねえし。
だから他に頼れる奴もいねえし。
夕陽に照らされあかね色に染まる公園。
子供たちに遊び尽くされ、古びた狸型の遊具達が自身の働きを誇るような表情でオレンジ色の光を反射し、本日の役目を終えようとしている。
その中で、まるで人生の役目を終えようとしているような表情の……俺。
まったく……俺は絶望ってやつを今日初めて知ったような気がするぜ。
「うにゅ~ん……」
……なんだ?
どこからか発情期特有の雌猫の鳴き声みたいな声がした。
はて……?この公園で狸を見かけることはあっても、犬や猫を見かけることはねえんだがな。
「にゅふふ~ん」
やはり野良猫の類じゃねえな……。
あきらかに人間の声だったぜ。
それが……どこからだ?
俺は周囲を探るように耳を傾け意識を集中する。まさか浮浪者か何かが住み着いてんじゃねえだろうな……。
子供たちの憩いの場に、得体の知れない奴が住み着いていたら厄介だ。
いつの時代にも、危ない思考を持った奴はいるもんだからな。
「はふゅ~ん」
……………下?
耳を澄ませて注意深く探っていると、再び何者かの声がした。
今度は聞き逃しはしなかった。
間違いなく、謎の怪しい声は俺の尻の下、つまりベンチの下から聞こえてきた。
いや、ちょっと待て、ベンチの下だと?
なんだってそんなとこから……
浮浪者が住み着いて雨風を凌ぐにしても、ベンチの下はないだろう。雨風を凌ぐなら目の前の遊具の方が構造的に適しているだろうからな。
まぁ、想像のつかない相手を空想して無駄な時間を使うより、直接見ちまった方が早いよな。
俺はベンチに座ったまま、自分の股ぐらを覗き込むような格好でベンチの下を確認した。
そこにあった物体を見た俺は、見事な開脚前転を披露してしまった。
ベンチの下には、野良猫でも狸でもなく、さらには怪しい浮浪者さえいなかった。そこには、夕陽に照らされても尚黄金色に輝く、長く美しい髪のエプロンドレスな女の子がスヤスヤと寝息をたてて眠っていたのだ。
な、なんで女の子が公園のベンチの下で寝てんだぁ!?