第一章⑤
「あ~っはっはっは。何それサイコーだねなんて愉快な置き土産」
あれから予想を大幅に上回る量の地図と格闘し、どうにか新しい家にたどり着いた俺は、こうして無事次の日の朝を迎えて登校してきたわけだ。
昨日の夕方玄関の前で力尽き、着替える間もなくボロボロの姿で学校へ来た俺を見たサラサラヘアーボーイに事情を聞かれ、説明を聞いたこいつは腹を抱えて笑い転げてやがるのだ。
「ゆっくん、そんなに笑ったらダメだよ~」
ついさっきまで大口を開けて笑っていたユミちゃんが、現在進行形で笑い上戸な彼氏を小さくたしなめる。
俺の苦労をこんなに喜んでくれるなんて、まったく良い友達を持ったもんだぜ。
ちなみに家の前で力尽きたのは、疲労困憊で体力の限界に達したというのもあるが、用意されていた新しい家が、前の家とそっくりそのままな家だったからだ。
いや、外見を見るかぎりつい最近建築されたばかりの新しい建物なのは間違いないのだが、見た目や家の中まで前の家そのままの造りだったのだ。
この家に俺一人で住む許可が降りたんなら、前の家撤去する必要なかっただろ?
つまりは完全に俺への嫌がらせだったんだぜ?
玄関に貼り付けてあった、【ごおる】と書かれた紙を見た瞬間に俺の意識は消え失せ、気がついたら朝だったのだ。
「ごめんごめん。アキラも大変だったね」
涙目でわき腹を押さえ、思ってもいない台詞を吐くのはその口か?
「まあまあ、アキラ君も落ち着いて。ところでアキラ君って自炊出来るの?なんかそんなイメージ全然湧かないけど」
俺のことを上から下に眺め、ユミちゃんが怪しい物を見る目を向ける。
バカにしてもらっちゃ困るぜ。
これでも、次世代自営軍士官候補生養成クラスの連中に混じって、密林でのサバイバル訓練を生き抜いた実績もあるんだ。
ここでしっかりと俺の生活適応能力をアピールしておかねえとな。
今時自炊も出来ない奴なんて思われちゃあ日本男児の恥ってもんだ。
「これでも、ゆで卵ぐらいなら一人で作れるんだぜ」
「お湯に浸して沸騰させるだけだもんね」
なっ!?
ユミちゃんの目が明らかに俺をバカにしている!!
一口にゆで卵と言っても、黄身を真ん中に定着させたり、自分好みの硬さに調節したりするのは想像以上に勘と技術を要するんだぞ。
「か、狩りの腕だって中々のもんだぜ?ネズミやトカゲはもちろん、その気になりゃ空飛ぶ鳥だって……」
「掃除や洗濯はどうするの?」
「は?そんなもんしなくても死にはしないだろ?」
「つまり……人間らしい文化的な生活は望めないってわけだね」
ユミちゃんがついに頭を抱え出した!!
おかしい。
この俺が生活能力ゼロだと思われてしまった……
「アキラの生活内容はともかくとして、勉強する暇は作れるの?今の内からコツコツ頑張らないと本当に今年も留年しちゃうでしょ?」
さっきまで笑うか沈黙(痙攣)していたニコニコスマイルが、ようやく落ち着いた様子でまともなことを口にする。
その心配は俺もしていたところだ。
ユミちゃんに暗記が阻止されちまう以上、まともに勉強していかないと卒業が危うい。
これからの一人暮らしの中、サバイバルしながら勉強までするのは正直無理な話だ。
「考えてたんだけどさメイドさん雇ってみたらどうかな?家事全般やってもらえばアキラも家で勉強に専念出来るでしょ?」
なるほど
こいつにしては実に良識のある意見だ。
資金についても問題ない。
実は今朝、着替える暇こそなかったが家の中の間取りはちゃんと確認してきた。
まあそのせいで着替える時間がなくなっただけなんだが……
とにかくその時とんでもない額が記載された預金通帳を発見したのだ。
おそらく親父が手紙に書いていた生活費だと思うが、いったいどこからあんな金が湧いたんだろうな……
まさか親父が悪さして作った金じゃないだろうな……
「メイドさん雇うんだったらさ、色々手伝ってあげるよ?超日本家政婦協会に連絡したり、求人募集作ったりするの一人じゃ出来ないでしょ?」
知り合いになってまだ久しいとは言え、こいつのこんな楽しそうな顔は初めて見るな……
しかし、メイドさん、なんかむず痒い呼称だな…家政婦、家政婦だな。家政婦を雇うというのは決して悪くない提案だ。
家事全般に関する不安がなくなれば、俺は日々勉強に専念出来る。
こいつやユミちゃんに協力をあおげば進級ラインまで成績を伸ばすのも夢じゃねえ。
求人を出すとか家政婦協会への申請とか、めんどくさいことは全部こいつがやってくれるみたいだから任せておけばいい。
何故か異様にやる気に満ちている。
ついに日頃の行いの悪さを自覚したのか……?
「リアルメイドさんっていいよねぇ、やっぱりメイドさんはリアルじゃなきゃ都会のなんちゃってメイドさんなんか幻滅だよ~やっぱりコスプレなんて見た目だけで中身がないって言うかさぁ、なんか萎えちゃうんだよねぇ」
まったく俺を無視して一人で盛り上がる微笑み偽善野郎。
こいつは俺を無視する天才だな……
どうやら、俺をダシにして「リアルメイドさん」とやらにお目にかかりたいだけみたいだな。
というかそんな不埒な発言をユミちゃんの前でしていいのか?
「んっふっふっふっふっふ。ゆっくん、それはいったいどういう意味なのかな♪」
尚も一人でぶつぶつと呟いている、スマイルな彼氏の背後で天使の笑みを浮かべるスマイルな彼氏。
これは本気モードだな。
生徒会役員の仕事に情熱を萌やすユミちゃんの前で、メイドさんだとか、コスプレだとか、高校生らしからぬ発言をすればたちまち悪鬼襲来のごとく鉄拳制裁が待っているのだ。
それはいかに彼氏といえども例外じゃない。
「コスプレは、コスプレは退屈な日常を刺激的な物語に変えるために二次元の神様がくれた大切な贈り物なの!!冴えないおとなしめな女の子が世界を救う魔法戦士になったり、肉体派で活発な女の子が綺麗なお姫様になれたり、性別を超えて王子様や俺様受けにもなれるの!!」
いや怒るポイントはそこじゃねえ。
もっと他にあるだろ、生徒会役員として怒るポイントが。
「何?アキラ君もコスプレをバカにするのかな?」
ヤバい、ユミちゃんの目がリアルに光った……。
それから暴徒と化したユミちゃんの相手を、俺が全力で努めては関節が痛いことになったり、そんな俺を騒ぎの原因である彼氏野郎が指を指して笑っていたりいなかったりしてなんとか沈静化することに成功した。
その後、
俺たちは家政婦協会への申請と、求人募集の手筈を整えるためコンピューター室へと足を運んだ。
普段は授業でしか使われない特別教室なのだが、ユミちゃんが生徒会役員権限を使って開けてくれたのだ。
基本的に不正行為を嫌うユミちゃんが、俺のために職権乱用してくれるなんて感涙もんだぜ。
「はい、出来た。これで後は連絡を待つだけだよ」
なんかよくわからん間に終わったらしい。
「ちゃんとメイド経験者だけ募集したから腕前は保証出来るよ」
家政婦協会とやらに登録されている就労経験者の中から、現在就労場所を所望している者にこちらで(サラサラヘアーボーイが)用意した求人データを配信してもらうようにしたらしい。
希望者からの履歴データはこちらで指定したアドレスに送ってくれる。
今回は爽やかスマイルの携帯アドレスを使うことにした。
本人が一次審査もかねて、送られてきた履歴データを参考に労働能力の選定をすると申し出たためだ。
俺は面倒なのは嫌いな性分なんでな。
これなら、俺は最後に直接面談して決めるだけだから楽なもんさ。
「じゃあ、放課後までに5~6人に絞っておくからね」
そう言っていつも以上にスマイルなスマイル120%は、授業そっちのけで携帯とにらめっこを楽しんでいた。
放課後までにって……
ついさっき募集したばかりなのに、1日でそんなにたくさん集まるわけねえだろ。
一週間ぐらいまって5~6人集まればいいとこだろう。
なんて言うと、スマイル120%は得意のスマイルで携帯の液晶画面を見せて
「この1時間で、もう30通ぐらいきてるよ?」
なんて言いやがる。
驚いたことに、この近辺だけで隙を持て余した元家政婦な人はたくさんいたらしい。
「大半が家事に慣れて、1日の多くを暇にしている主婦みたいだね」
ほう、それは心強いかぎりだな。
家事に慣れたベテランの主婦なら安心して仕事を任せることが出来るぜ。
なんだか思ったより早く問題が解決しそうでホッとしたぜ。
やはりいつの時代でも、持つべきものは友ってわけだな。
予想以上に感触のいい結果に満足した俺は、当然放課後まで爆睡で過ごすことにした。