第一章④
物心ついた頃から、ずっと暮らしてきた家。
決して大きくはないが、地下室まであって不自由を感じない程度には快適に過ごしてきた。
それが……
ユミちゃんの家に拉致監禁されてたわずか2日の間に、ここまで綺麗サッパリなくなってるのはどういうことだ?
あれか?
親父の意味不明な実験やら研究やらで、地下室ごと跡形もなく吹っ飛んだとかいうギャグ漫画みたいなノリか?
俺の親父は自称科学者を語るニート野郎だからな。
いつも訳の分からんものを作っては騒動を起こしている。
今回のもそれのひとつってことなのか?
正門だけを無意味に残し、見事な空き地になった寂しい空間に一人何も出来ず、ただ座りこんでいる俺。
さすがに状況の把握なんか追いつかねえぞ。
はっきり言って今日の試験より難問だぞ。これは。
「郵便で~す」
背後から自転車を停める音と共にかけられる声。
俺の後ろに立つな!!
などと某有名スナイパーの真似事をする元気はなく、俺はただ力無くだらりと振り返った。
「かっ……閣下!?」
背後に立っていた人物の情報が俺の脳髄に認識されると、砕けた豆腐のようにふにゃけていた俺の体は瞬時に直立歩行体制になり、我が国が誇る超日本帝国自営軍の隊員ばりの敬礼をする。
「お久しぶりであります。校長閣下!!」
そこに居たのは、郵便局員の格好に身を扮し、足の届かない自転車を愛用する超立狸王高等学校の校長先生だった。
たるんだ頬をたぷたぷと揺らし、風船のような太鼓腹に二重顎。
身長84Cmの二等身の体に蓄えた脂肪には一部の隙もなく、メガネの奥に鉛筆で引いただけのような目や口髭が彼の人の良さを表している。
この俺が人生をかけて尊敬する、数少ない、本当に数少ない人物の内の一人だ。
「ご無沙汰しておりました、校長閣下。お元気そうで何よりであります!!」
なんてこった。
いくらショッキングな出来事が続いていたとはいえ、閣下に背を向けるなんて……
まして、あんなみっともない姿をさらしちまうとはとんだ失態だぜ。
「はいはい。お久しぶりですね、三郎君」
酒屋にある狸の置物のような愛らしい笑顔で、俺の無礼な対応の悪さについて言及することなく挨拶を返してくれる。
まったく……
この人の器のデカさには毎度毎度適わねえぜ。
「いや~、遅くなってすいませんでしたね~」
そう言いながら閣下は懐から一通の手紙を差し出す。
その首から下げている郵便鞄は飾りだったのか…
まぁどうでもいいが。
「実は君の御両親から手紙を預かってましてね、すぐに渡そうと思ってたんですが君はテスト勉強で忙しいようでしたし、今日もNPK教育放送のドラマ(再放送)に夢中でつい忘れてしまいまして」
どうやら後半の方が理由の大部分を占めてそうだが、今はそんなことは関係ない。
閣下がわざわざこうやって、こんなとこまで届けてくださっただけで拝みたい気分ってもんだ。
ここに真実と、納得のいく真相が書かれているに違いないぜ。
「さあ、どういうことか教えてもらおうか、親父、お袋!!」
俺は逸る心を抑えながら、ゆっくりと手紙を開いた。
【アキラ君江
突然ごめんね(>_<)
今朝パパりんのお友達から電話があって、今某国で進行中の研究にどうしてもパパりんの協力が必要らしいの。それで、パパりんは某国への長期出張が決まってしまいました。
それも急なトラブルがあったらしくて今夜中に出発しなければならないの。
でも、ママりんはパパりんと離れて暮らすことは出来ません。
だから
ママりんはパパりんと一緒に某国へ行くことにしました。
きゃっ(無駄にハートマーク)
パパだよ~ん
というわけで、パパとママはしばらく某国で暮らすことになった。
本当はお前も連れていくつもりだったが、よく考えたらお前がいるとママとイチャイチャ出来ないし、いやお前も学校の友達と離れるのは嫌だろうからな。
お前はここに残れ。
ママにはずっと苦労させてきたし、なんだかんだで新婚旅行にも連れてってやれなかったからいい機会だろ?
ちなみに前の家は返却ついでに撤去しておいた。心配しなくても、お前が一人で暮らす新しい家と当面の生活費は用意してある。
なんでわざわざ撤去したかって?
そりゃもちろん
い や が ら せ(もう本当に無駄なハートマーク)
じゃ達者で暮らせ、我が息子よ】
…………って
「なんじゃいそりゃあぁああ!!」
空の彼方に突き抜けていく、本日二度目の大絶叫。
それと共に忌まわしい手紙を細かい紙切れにしていく。
なんなんだその理由は!!
親父が海外まで遊びに行くのは、まあいいとしよう。
お袋のためを思って一緒に連れていくところまでは理解を示してやる。
だが俺への置き土産が嫌がらせっつうのはどういう了見だ!!
お袋とイチャツくために俺を置いていくだじゃ飽きたらずに家まで撤去するか?
「まあまあ、少し落ち着いてください。ほら、美味しい煮干し茶も入りましたよ」
閣下はそう言うと、いつの間にか用意していた煮干しの出し汁を差し出してくる。
「こ、これはどうも…」
その暖かい煮干しの香りに触れながら、器を受け取りそっと口に運ぶ。
「落ち着きましたか?」
「はい……」
煮干しの出し汁を通して閣下の優しさを痛感すると、自然と気持ちが落ち着いていくのを感じた。
俺が落ち着くのを確認すると、閣下は満足そうに微笑んで懐からもう一通の手紙を取り出した。
「これはその手紙と一緒に入っていたものなんですが、事情を知った君はきっと手紙を破り棄ててしまうだろうと思って、別々にしておきました」
ふっ
さすが閣下だぜ。
俺なんかのことはなんでもお見通しってわけか。
もう一通の手紙には地図が書かれていた。
おそらく新しい家とやらの場所を示した地図だろう。
用事のすんだ校長閣下と別れ、俺は今夜から暮らすことになる家を目指して夕暮れの街へと歩きだした。
閣下から受け取った地図を頼りに街の中を右往左往すること十数分。
さすがにそろそろ日も落ちてきたな、と思い始めた頃になってようやく地図に書かれた×印の場所まで近付いていた。
落ち着いて考えてみれば、今日から自由気ままな一人暮らしが出来るんだ。
家事と仕事に追われるお袋の背中に胸を痛めることもないし、親父の勝手な振る舞いにイラつくこともない。
せいぜい自由な暮らしとやらを満喫させてもらうさ。
「おっ、ここだな」
ようやく×印の場所に辿り着いた。
まぁ一人暮らしだからどっかのアパートの空き部屋かなんかだろう。
この国の土地や財産は、基本的に全て皇帝陛下の所有物だ。
俺たちが暮らす家やその生活費は、各家庭環境に合わせて国から提供されているものなんだ。
それを考えれば、家が変わるのも仕方ないことだぜ。
何せ三人から一人になるんだ。
あのままあの家に住むんじゃ分不相応ってやつだ。
万人に平等な土地と財産っつうのがこの国のモットーだからな。
とまぁ、目的地についてからベラベラと現実逃避なことをしゃべっていたが、そのぐらい良いだろ?
だって、新しい家があるはずの場所に、赤い郵便ポストしかないんだぜ?
地図を見るかぎりにおいては……
間違いなくここが新しい家の場所なんだが……
いや……まさか……!?
俺は確信に近い予感を頼りに目の前のポストを念入りに調べる。
すると、ポストと同じ赤色で巧妙に偽装された封筒を発見した。
死んだ魚のような目で封筒を開き、中に入っているものを確認する。
予想通り、中に入っていたのは新しい地図。
親父だ……
こんな手の込んだ悪ふざけを考えるのは親父しかいない。
2枚目の地図を眺めながら、俺は次の目的地へと急ぐ。
嫌な予感しかしねぇ
この分だと、後2~3回は目的地が変わりそうだぜ……