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第一章③

というわけで、迎えた試験当日の朝である。


「∞∴♂♀¥$£%#&*@§☆∋⊆⊇≒≪ゐゑ」


俺のはパンク状態の頭を抱え完全にトリッキー状態になっていた。


「おはよう、ユミちゃん。2日ぶりだね」


「おはよっ、ゆっくん。今日は頑張ろうね♪」


たかが2日程度の徹夜では、ユミちゃんの元気が消耗することはないらしい。


2日前と変わらない、むしろそれ以上に艶やかな笑顔でいつも通りのニコニコスマイルを相手に朝の挨拶を交わしている。


俺はと言うと、ご覧の通り、浮かんでは消えていく数式や化学式を相手に哲学と道徳を説いているわけだ。


もちろんそんな俺の様子など2人は気にしちゃいない。

ニコニコスマイルにいたっては、まだ俺の存在に気がついていないようだ。


「あっ、アキラも、久しぶりだねどうだい?2日間の努力の成果は?どうにかなりそう?」


ようやく俺に気がついたらしい。


「戦争が……戦争が悪いんだ。二等辺三角形と染色体はただ平和に現在進行形を表していただけじゃないか……それをΠΡΣΤがΚΜΜΦοしてωψξёчшщъのыттйбШПψψξケケケケケケ」


2日寝ないだけなら、さすがに俺の精神もそこまで疲弊することはなかっただろう。


だが、2日間ほとんど不休で教科書と睨み合うという作業は、一種の拷問と変わらなかった。


「もしかして、ずっとこんな調子なの?」


「うん♪三時間くらい前からずっとね。大丈夫、やれるだけのことはやったから!!」


実に誇らしげに胸を張るユミちゃん。

こんな俺の状態を前に、いったいどこからあんな自信が出るんだろうか……


「そうだよねやるだけやったんだし、後は本番で頑張るしかないよね。じゃ、そろそろ朝礼だから」


そう言ってユミちゃんと廊下で別れて、俺を引きずりながら教室へと向かう。


実力判定試験は、朝の9時30分から行われる。

その前に朝礼があり、担任教師から諸注意や心構えなんかを聞かされた後に自由時間を過ごすことになる。

まあ、試験直前の最後の追い込みだな。

俺も、いつもだったら制服に仕込んだ暗記用紙の最終確認に時間を費やすところだが、今日はその暗記用紙がない。

本当はユミちゃんのいないこの時間が最後のチャンス。

可能な限り暗記用紙を作って制服に仕込むつもりだったのだが、頭が上手く働かない。

迫り来る睡魔と、教科書から飛び出した奇想天外な文字列と戦うだけで精一杯だ。


どうしよう……

このまま寝ちまうか……?


いや、ダメだわ。

だって、夕方から隣の家のアンデルソワがお茶をしに来るんだもん


うふっ


うふふふっ


なんて言ってる間に時間がきたのか、机の上に大量のプリントが運ばれてきやがった。

ふっふっほ


ついにこの日が、血戦の時が来たか。


俺とてこの数日遊んでいたわけじゃねえんだ。


無理をして無茶をして、今日この時のために命を削ってもがいて手に入れた奥義。

その成果をお前たちで試してやるぜ!!


ぬはっ


ヤるな!!


いい攻撃だ。


だが、そんなもんか?

いや、違うな。本気を出しやがれ!!


ちくしょう……


やはり奥の手を出すしかねえみたいだな。


見せてやろう

契約者の踏み越えし禁断の領域を!!


マスターコードを解除!!

第三世界のターミナルエリアにアクセスしてアクセスコードを検索。


デュエルフィールドをセットアップ!!


守護聖霊召喚。

タクティクスカード「黒い稲妻」を


「木田。先生お前に寝るな、とは言わないからせめて他の生徒のために寝言は遠慮してくれないか?」


空間量子生命体の始祖が指し示したる天運の偉大なる栄光が……


……………


ん………?


なんだと…


俺が寝ている?


「ぬおっ!?」


間抜けな声と共に、机と一体化しかけていた頭を叩き起こした俺を、クラスメイト達が横目で凝視する。


そりゃ試験終了間近にいきなり奇声が上がれば驚くよな。


そう、試験終了……


5分前!?

教室に設置された丸い壁時計に目を向ければ時刻は11時55分。


実力判定試験は開始から12時までの間に5科目まとめて行われる。

単純計算で1科目30分


どの科目からやるか、その順番も結果に大きく影響するため生徒たちには高い洞察力と判断力が要求されるわけだ。


そのための大事な時間が、もうあと5分しか、いや4分しかない!!


まぁ、普通ならここで諦めるとこだろう。

時間をフルで使っていても全問埋められるかわからなかったんだ。

ましてや今の俺には暗記用紙もない。

だが、しっかり寝て頭ん中がスッキリした今の俺に、不可能なことなんか何もねえ!!


あの地獄の2日間は伊達じゃねえんだ!!


俺は綺麗に鎮座したままの筆記用具に手を伸ばすと、答案用紙を5枚並べ、破れんばかりの勢いで答えを書き殴っていった。背後から、妙に聞き慣れた笑い声が途切れ途切れ聞こえてくるが、もうまったく無視してやろう。


「は……ハルマゲドンだ……」


返却された5枚の悪夢を前に、俺の口からはそんな言葉しか出てこなかった。


昼飯を経由して、今は終礼だ。


午前中に受けた実力判定試験は、昼休みのわずかな間に採点を終え、午後の終礼で返却される。


授業がないのに、終礼が昼飯を挟むのはそのためだ。


自分の努力の程を目の当たりにした連中は、余裕の笑みを浮かべる奴もいれば、予想外の結果に焦り、慌てふためく奴や最初から結果になど興味がない様子で答案用紙をさっさと丸めて鞄に突っ込む奴もいる。


俺はというと


ただ呆然と、答案用紙の右上に書き込まれた赤い一桁の数字を眺めているだけだった。


最高得点は現代科学の7点。最低は外国語文学の2点。


誰が見ても、学年、いや学内断トツのビリなのがわかる点数だ。


実は「超立」を謳う狸王高校は、国内でも有数の名門高校なのだ。

その大部分は、他の高校を圧倒する規模で充実した専門学科による教育体制に起因する。

狸王高校の卒業生達が、この数年の間で世界に与えた影響は計り知れない。


進学する者はほんの一握りとは言え、その一握りが優秀すぎるため、狸王高校の卒業、進級の赤点基準は一般の高校よりも厳しいものになっている。


比較的平凡な奴らの集まりである我が一般教養クラスでさえ、100点中60点以下が赤点として扱われるのだ。


まぁ、5点や10点足りないぐらいなら、大量の課題をこなすことで大目に見てもらえるが、俺の点数じゃまったくの問題外だ。


実力判定試験はあくまでも当人達に自分の実力を把握するために行われる。


狸王高校の成績を決める試験は、三学期の進級、卒業試験の一発勝負になるのだ。


それが、年の初めにこんな結果じゃ、今年も留年確実じゃねえか!!


「ア・キ・ラ君。テストどうだった」


いつの間にか終礼は終わり、体の周囲にハートマークを浮かべているような様子で不愉快なスマイルエンジェルが、いつもと同じ調子で隣の席に座りこちらの机を覗きこんでくる。


俺は何も言わず、全ての答案用紙が見えるように並べ直す。


意気揚々とした様子がなんとも気に入らない。こいつは俺の点数を予想した上で聞きにきているのだ。

こんな奴に見せるのは杓だが、見せないと逃げてるみたいで男らしくねえ。


見てえなら正々堂々と見せてやるさ。

俺の努力の結果をな。


「うわっ、こりゃ酷いねぇ」


なんの遠慮も躊躇もなく言いやがる。


「まぁしょうがないよね、ずいぶん気持ちよさそうに寝てたし。まともに勉強始めたのだって2日前からだったし」


珍しく優しげに語りかけてくる。

少しは俺に気を使うことを覚えたってことか?


「でも0点がひとつもないのはさすがアキラって感じだよね。問題用紙を見ずに全問埋めただけなのに」

ここまで気を使われるとなんか気持ち悪いな……


てっきり俺の惨敗ぶりを笑いに来たのかと思ったのに。

なんか悪いもんでも食ったのか?


「残念だなぁ。せっかく卒業するまでアキラと一緒に過ごせると思ってたのに」


優しく留年宣告を受けた。


「ば、バカ野郎!!まだ進級試験まで一年あるんだ。縁起の悪いこと言ってんじゃねえ」


とは言っても……

所詮俺の実力なんかこんなもんだ。

こんな名門高校相手に、実力で勝負にならねえことぐらい入学前からわかってたことだ。


やはりここは、なんとかユミちゃんの目をかいくぐって「暗記」を


「そうだよ♪まだあと一年もあるんだもん。戦いはまだまだ始まったばかり、今日から毎日みっちり勉強すればなんとかなるって♪アタシも出来るかぎり協力するからね」


うお!!

いつの間にか背後に立っていたユミちゃんは、そう言って俺の肩を力強くつかむ。


今日はやけに静かに入ってきたもんだな……


「大丈夫だよ♪カンニングなんてしなくても、ちゃんと勉強すればアキラ君だって人並みの学力が身に付くはずだから」


いや、わざわざ勉強なんかしなくても暗記さえあれば数学以外はどうにでも……痛い!!肩痛い、すっごい痛い!!


「真面目に、頑張るよね♪」


表情こそ穏やかだが、その殺気は不正を許さない生徒会役員のものだ。


俺の戦術を知った以上何がなんでも暗記を阻止するつもりらしい。


「わかった。わかったからちょっと放してくれ」


「え?なんのことかな♪」


俺の言葉を聞いて満足そうに微笑むと、指先の力をスッと抜く。

その笑顔は普段見ている本物の笑顔だ。


「テストも終わったことだし、今日は帰りに何か食べてこっか♪」


「そうだね。アキラ生還記念ってことで」


「いや、俺は遠慮…」


させてくれないメガネ少女が、俺の襟首をつかんで教室の外へと引きずっていく。


今日は引きずられてばかりだ……


俺の人権を無視した二人によって行き先が決定し、俺はおとなしくその場所へと連行されていった。



それから、明らかに女向けの喫茶店でお茶をしたり、カツアゲされてる中学生を助けたり、助けた中学生が騒いだせいでカツアゲ犯だと勘違いしたお巡りに街中を追い回されたりしたわけだ。


「ぜぇ……ぜぇ……」


お巡りの猛烈な追撃を、学ランに仕込んだあれやこれやを駆使して逃れた俺は、肩で息をしながら我が家の正門前で力無くうなだれていた。


疲れた。

なんかどっと疲れた。


そういえば2日寝てなかったな……


今日はもう、早く寝てしまおう。


進級試験がどうとかこうとか、そんなめんどくさいことは忘れてゆっくり休もう。


明日のことを明日に投げ出すことに決めた俺は、うつむいたまま玄関を目指す。


生まれて18年過ごす我が家だ。

目をつぶっていたって門から玄関まではたどり着ける。


俺の家は、旧日本国時代から受け継がれている日本家屋ってやつだ。

今の時代、国から支給される家はたいがい同じモデルの量産品だが、たまにはこういう一軒家もある。


それで、その玄関の馴染み深い感触を求めた指先が、さっきから虚しく空をさ迷っているのはどういうわけだ?


俺としたことが、玄関までの距離を間違えたってことか?


まさか……


自分の家の玄関から見放されたわけじゃねえよな……


いかんいかん。

なんだか思考がネガティブな方向に走ってるな。


良くない兆候だ。


よし、だらしなくうつむいてないで、シャキッと背筋を伸ばして堂々と玄関をくぐってやろうじゃないか。


俺は一息吸ってビシッと背筋を伸ばす。


…………ふう


どうやら今日はそうとう疲れているらしい。


俺は一度正門まで戻る。

外に出て二度三度表札を確認すると深呼吸をしてから再び玄関へと向かう。


何一つ変わらない現実を前に、俺は俺自身に言い聞かせる。


落ち着け、落ち着くんだ。


こういう不足の事態に直面した時にこそ、冷静で的確な対応が求められるんだ。


追い詰められた状況でこそ、客観的な視点で正確な状況把握が出来るのが一人前の男ってもんだろう。


よし。


大丈夫。


俺は冷静だ。だからこそ


「なんで家がなくなってるんだぁぁああ!!」


まだ冷たい寒空の彼方に、負け犬の一声が気持ちよく響いていった。

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