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第一章②

放課後


俺達はユミちゃんからの申し出により、学校から直通でユミちゃん宅へと向かうことになった。


ユミちゃんの家族にはすでに話が通してあるらしいから、俺達も一応家に連絡を入れてから学校を出発したわけだ。


というわけでユミちゃん宅


今までのやり方のまま、あと2日で授業に追いつくのは無理だ。


よって俺の先生役はユミちゃんが引き継ぐことになった。


わけだが


これが驚いたことに、野郎に教わるより親切丁寧でわかりやすい。


ついさっきまで、小学校レベルの算数でつまづいていたのが嘘みたいな勢いで出来るようになっていく。

教え方が上手いってことなのか、教師やあいつの言葉は眠気を誘う呪文にしか聞こえないっつうのに、ユミちゃんの説明は一つ一つが理解されながら頭に入ってくる。


転生の素質。

これも一種の才能なんだろうな。


とにかく、学校の教師以上に優秀な先生の下で、俺は珍しく、非常に珍しく真面目に勉強に励んでいるわけだ。


何せこれで実力判定試験への希望が見えてきた。


それも、のるかそるかの博打じみた一筋の光なんかじゃねぇ。

ハッキリと、この手に届くところまで確実に近づいているんだ。


などと油断して、他の科目への対策を忘れるなんてベタな失敗はやらねえぜ?


数学の方はこのまま頑張ればなんとかなるが、他の科目はそろそろ「暗記」作業に入らねえといけねえな。

いつもなら前日で十分なんだが、今回はギリギリまで数学の勉強に使いたいからな。


落ち着いて出来る内に済ませといた方がよさそうだ。


というわけで、貴重な土日の時間をフルで数学に向けるために、今日の残りの時間を「暗記」作業に使いたいと思う。


本当は秘密にしときたかったんだが、今回は特別に、俺流「暗記術」を披露しようじゃないか。


用意する物は、当日着て行く制服、適当な紙切れと鉛筆。


それから、あらかじめ試験対策が書き込まれた教科書。

今回はこいつ、この人畜無害なサラサラベビーフェイスの教科書を使おう。

用意出来たら、教科書の中から試験に出そうな部分を紙切れに書き込む。


書き方は自分なりに工夫する必要がある。

ただ小さな字で紙の上を埋め尽くすだけじゃ役に立たねえ。


答えになりそうな単語だけを書き込むのもダメだな。


単語だけじゃなんのことかわかんねえからな。


そして、書き終えてからが本当の戦いだ。


これまで書き溜めた紙を、当日用の制服の各所に配置していく。


ただポケットや机の中から取り出して、チラチラ見るなんてのは所詮素人のすることだ。


学ランや分厚い冬服なら、両腕の袖を改造して仕込むといい。

単純な動きや何気ない動きの合間にチラ見してしまうのがプロの……


「ちょっと待ったぁ!!」


俺が誰に聞かせるでもなく、一人でぶつぶつとつぶやきながら「暗記」作業に没頭していると、まるで悪鬼のごとき険しい形相になったユミちゃんが奇声を上げて立ち上がった。


まぁそんなのは無視して「暗記」作業を続けるわけだが……


一番スペースがあるのは学ランの襟だろうな。

だがここの「暗記用紙」をチラ見するのは相当な技術が必要だ。


かなりの上級者じゃなきゃ出来ねえからな。

教室や体に複数の鏡や拡大鏡を駆使してもいいが、オーソドックスなのはやはり片目に……


「だから待ちなさいって!!それは暗記じゃなくて立派なカンニングでしょっ!!」


そう叫んで瞬時に間合いを詰めてきたユミちゃんは、せっせと暗記用紙を仕込んでいた俺の左腕を掴むと、メキッと外して逆向きに捻り上げてしまった。


さすがになんの予備動作も感じさせねえな……


「もう、こんなもの、こんなに仕込んで……!!」


ぶつぶつと文句を言いながら、左腕に仕込んだ暗記用紙を抜き取っていく。


ま…待ってくれ!!そいつがないと俺はまともに点数がとれねえんだ!!


「ダメ!!こんなこと、生徒会役員として見過ごすわけにはいかないの!!」


左腕の暗記用紙を全て除去したユミちゃんは、俺をうつ伏せに倒して馬乗りになろうと乗り掛かってくる。


どうやら襟首周辺の暗記用紙も除去するつもりのようだ。


いや、もちろんそれだけじゃすまない。

このままだと全身に仕込んだ俺の努力の全てが台無しになっちまう!!


「カンニングは努力とは言わないでしょ!!ほら、おとなしくしなさい。いい子だから」


くっ、だが、俺だってこのまま黙ってもぞもぞされてるつもりはねぇ!!


片腕の関節が外れてるってことは、それだけいつもより柔軟で無茶な動きも可能になるってことだ。


ユミちゃんが馬乗りになる直前、俺はその辺にあった適当な布切れをくわえて歯を食いしばる。

そして自分で左肩を外して体を関節とは逆向きに捻って脱出をはかる。


しかし、ユミちゃんはそんな俺の動きに驚くでもなく、逆らうこともなく自分の体を滑らせると、俺の右腕を体に対して直角になるように伸ばして両脚で挟むと親指を天井に向けるように固定して自分の体に密着させる。


何やら指先にぷにょぷにょと柔らかい感触がするのはあえて無視しておく。


「おとなしく、す・る・の!!」


そう言ってユミちゃんは体を反らす。

実に見事な腕十字固めだ。


完全に動作方向と逆にキメられた関節が、途端にパキパキと小さな悲鳴を上げる。

今度は左腕のように一瞬で外すようなことはせずに、じわじわと痛みを与えて俺の動きを封じるつもりのようだ。


自分で右腕の関節を外すことも出来るが、さすがに両腕が使えないとユミちゃんから逃げるのは不可能だ。


それでもじっとしているよりはマシだと思ってジタバタと暴れてみるが、腕をキメたまま左足(太もも)で首を圧迫されあっけなく沈黙。


というかさっきからパンツ見えてる。

パンツ見えてる!!


何せ、普段着という制服よりも短めなスカートを履いてあれだけの動きとこれだけの技を披露しているのだ。

ほとんど丸出し状態だ。


「業務優先です!!細かいことは気にしない!!」


言うが早いか、すでに右腕の暗記用紙は排除されてしまった。


こら彼氏!!

黙って見てないでなんとかしろ!!

自分の彼女が他の男とこんだけ密着しててなんとも思わねえのか!!


「くっく……最高、アキラ最高!!」


笑いを噛み殺すように体を震わせながら、必死に携帯電話片手に俺の様子を写メに収めている。


こいつに常識を求めた俺が馬鹿だったぜ。


その後も息詰まる攻防が繰り返されたわけだが、そのたびに「メキョ」とか「コキャ」とかいう音をたてて俺の関節は崩壊していった。


ほどなくして、全ての暗記用紙を回収、処分したところでようやく俺の体は解放された。

もちろん外された関節はユミちゃんが戻してくれた。


「ところでアキラ君。いつまで私の靴下くわえてるの?」


靴下。

そう指摘されて慌ててくわえていたものを吐き出す。

さっき自分で関節を外した時に、舌を噛まないように適当な布切れをくわえたが、どうやらそれはユミちゃんの靴下だったようだ。


「アキラって……靴下フェチ!?」


「馬鹿言え!!偶然だ偶然」


男二人のやりとりを横目に、ユミちゃんは俺が吐き出した靴下を洗濯籠に入れて部屋の外へ持って行った。


かなり長いこと噛みついていたからな…半分涎にまみれた靴下なんか履く気にならねえよな。


それからしばらく二人で馬鹿なやりとりを繰り返した後、ユミちゃんが戻ってきた。

洗濯物を置きに行ったにしてはやけに時間がかかったな、と思って見上げたユミちゃんの姿を前に俺の体が戦慄に震える。


ついさっきまでのヒラヒラした可愛げな普段着を脱ぎ捨て、学校指定の制服に着替えている。

その胸に輝く生徒会役員章。

ど……どこかに出掛ける……のか?


などという現実逃避が許されないことは、ユミちゃんの闘気を感じれば明白だった。


「明日からテストまで、この部屋からは一歩も出しません!!一睡も許さずに勉強します。不正行為に手を染めないよう見張ってなきゃだし、大丈夫、2日ぐらい徹夜して頑張れば間に合うから。生徒会役員の責任として必ず2日で安心してテストを受けられるようにしてあげるから!!」

メラメラと闘志を燃やしてそう宣言すると、すでに机の上に数学以外の教科書が広げられていた。


その横で危険を察知したスマイル100%は、せっせと帰り支度を始めていた。

待ちやがれこの野郎!!

なに自分だけ逃げようとしてやがんだ!!帰るなら俺も荷物に加えて持って帰れ!!


「ほら逃げない。机に座って問題を解く!!」


追いかけるふりして逃げようとした俺は、ユミちゃんに襟首をつかまれ机の前に引きずり込まれる。


「ボクは教えるの下手だから、後はユミちゃんに任せるよ」


「うん、後は任せてゆっくん♪」


「こらテメぇ、自分の彼女が2日も男と過ごすってのに他に言うことねぇのかぁ!!」


「………生きて、再開出来るといいね」


妙に変な心配してくれやがって……


とにかく、これでテストまでの残り2日間で5科目全部の勉強をしなきゃならなくなったわけだ。


こりゃ最大最悪の誤算。

まったくの想定外ってやつだ。


まさか「暗記」が阻止されるなんて考えもしなかったぜ。


どんなにユミちゃんの教え方が上手くても、教わる俺の方には限界がある。


ただでさえ数学だけで容量オーバーに近いってのに、5科目全部だなんて完全なオーバーワークだ。


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