第一章①
時は西暦2042年
日本国を立て続けに襲った3つの悲劇、後に『三大革命』と呼ばれる大事件によって国土、政権共に崩壊した日本が奇跡の復興を遂げてから10年。
誰もが信じて疑わなかった、世界地図からの日本国消滅。
が、その予想を大きく裏切り、日本国を救ったのはわずか5人の民間人だった。
後に英雄として語られ生きながら伝説となった彼等の中でも、取り分け大きく貢献した一人の人物に、日本国の全実権を委ねよとの声が国民達から次々と上がった。
人々は、曖昧で不規則に移り変わり、何より三大革命の直接的な原因である民主主義の皮を被った内閣制の政治体制に、ほとほと愛想が尽きていたのだ。立ち直ったばかりの騒々しい日本、土地も、国民も、そして国際的信用さえ失いかけた日本を、その英雄は一挙に引き受けることに同意し尽力した。
12年
日本消滅の危機からわずか12年で、日本はかつて以上の世界的地位と経済力を誇示する国へと生まれ変わった。
そう、かつての日本国は事実上解体され、今では『超日本帝国』とその名を改め世界有数の軍需産業国家として君臨しているのだった。
「えぇ~、つまり今日、我々が日々平和に暮らしていけるのは、あの忘れがたき苦難から救ってくださった皇帝陛下の活躍と、当時の国民一人一人の絶え間ない努力のおかげなわけですね」
もうじき還暦を迎える老齢のベタラン教師が、よろよろと震える腕を懸命に持ち上げ黒板に板書を進めていく。
教室に規則正しく並べられた机に規則正しく鎮座する生徒達が、その内容を黙々と手元のノートに書き写したり、隠れて漫画を読んだり、自作小説を執筆したりしながら授業終了を告げるチャイムの音を今か今かと待ち構えている。
現在4限目。
この授業が終われば待ちに待った昼休み。
別に昼食だけを心待ちにしているわけじゃない。
昼休みというのはそれだけで生活に潤いを与える学校生活の潤滑油となるのだ。
「あぁ…つまり」
歴戦の老師が再び何事か語り始めようと教卓の前に立つ。
するとそれに合わせるかのようなタイミングで、教室の隅に設置されたスピーカーが授業終了を宣告した。
「あぁ…今日はここまでですねぇ。えぇ、ここは来年の進級試験に必ず出題するので覚えておくように。では以上」
教師の言葉と共に教室から解放され散って行く生徒の群れ。
皆各々食事場所が決まっているのだ。
教室から半数近い生徒が消えた後、机に突っ伏して寝ていた生徒が体を起こした。
学校指定の茶色いブレザーに学ラン(自前)をマントのように羽織った男。
…………俺だ。
超立狸王高等学校、一般教養クラス2年。
木田 晃 三郎(キダ アキラ サブロウ)。
この名を覚えておくがいい。
「き・だ・先・輩」
机の上を整理し、昼飯の準備をしようかと鞄に手を伸ばした俺の元に、甘えるような猫なで声で近付いてくる奴が一人。
高等の二年生にしては幼い風貌の小柄な
少年。
女みたいに艶のあるショートなサラサラヘアーと、茶色いブレザーが妙に噛み合い似合ってやがる。
見事な着こなしと言っておこう。
「うるせぇ、先輩言うな!!歳がバレる」
「…?なんで?みんな知ってるじゃん。そんなことより、ご飯にしようよ。ほら、ユミちゃんが僕のためだけに作ってくれたお弁当だよ?」
そう言って隣の机に弁当箱を広げるサラサラベビーフェイス。
くそう、自分で言う前に先に言われちまったな…
べ、別に隠してたわけじゃねえんだからな!!
勘違いするなよ?
つまり、俺はクラスメートから「先輩」と呼ばれる18歳なわけだ。
去年、いや今年か?
進級し損なったからな。
「素直に留年したって言いなよ」
うるさい!!
人のモノローグに突っ込みを入れるな!!
「はむはむ、ところで、てすとべんきょうすすんでりゅ?……ん…さっきの授業ほとんど寝てたみたいだけど」
口の中いっぱいにおかずを放り込み、もごもごと喋る。
途中で飲み込むぐらいなら最初から飲み込んでから喋れよ。
小学生かこいつは。
まあ心配はごもっとも。
俺は、本来授業を寝て過ごせる程余裕のある学力ではない。
だが
「笑え、午前中の授業時間使って、ようやく分数の計算を網羅したところだ」
「あははははははは」
「笑うなぁ!!」
とまぁそういうわけで。
小学生の算数でつまづくような奴が、普段の授業なんか聞いてたって意味ねえだろ?
まったく、こんなんで実力判定試験に間に合うのかよ。
実力判定試験
それは先ほど長老、じゃなくて教員が口にした進級試験のことではなく、毎年一学期の第3月曜日に実施される実力テストのことだ。
成績に直接関わる試験でこそないが、新学期始めに生徒自身に己の学力を自覚させ、これからの学習計画をたてる際の目安とするために行われる。
出題範囲は1年が中学3年間の総まとめ。
2、3年が去年一昨年の総復習的なものとなる。
いずれも基本教科となる5科目、各100問ずつの超高難易度の試験なのだ。
「まぁ地道に頑張るしかないよね。内容も去年の復習だからそんなに難しくはないよ」
人が進級し損なった、いや、留年したのを知っていて口に出したセリフがこれだ。
実力テストの内容が難しく感じないぐらいなら留年なんかしねえよ……
「ところで、ユミちゃんはどうした?いつもはユミちゃんと食ってるじゃねえか」
「うん。たまには一緒に食べてあげないとアキラも寂しがるかなぁって思って」
「嘘言え、どうせ生徒会の用事かなんかだろ?」
ユミちゃん
というのはこの微笑み天然詐欺野郎の幼なじみにして彼女な少女のことだ。
なんだその漫画みたいな関係は、と思う奴多数なことだろう。
いる所にはいるもんなんだよな、こういう奴ら。
まったく羨ま、いやっ!!軟弱なことだ!!
日本男児たるもの女に現を抜かすようじゃいけねえ。
そんなことより
今は目前に迫った実力テストの方が問題だ。
ここ連日、こいつが制作した問題をこなしているが、全然実力テストに間に合う気がしねぇ。
かと言って他に頼れる奴もいない。
去年のクラスメート、つまり、今現在上級生となった顔馴染みな奴らに去年の勉強を教わるのは情けなくて気が引けるってのもあるし、こいつが一般教養クラス内学年第4位の実力者だって理由もあるが……
なんというか、新しいクラスメート達の中でまともな話し相手がこいつしかいない。
周りの連中は年上相手に遠慮しているのか、それとも後込みしているのか、ほとんど近寄ってこない。
そんな中、何故かこいつだけは俺に遠慮がなかった。
最初こそ馴れ馴れしい奴だと不快に思ったものだが、今はこいつの馴れ馴れしさがちょっと有り難い。
……………
いや、なんか柄じゃねえな、こんなの。
そんなことより飯だ飯!!
すでに半分近く弁当を平らげたこいつの横で、先ほど引っ込めた手を再び鞄の中へと運び馴染みのコンビニ袋を取り出す。
中身はあんパンと牛乳。
男の昼飯と言ったらやっぱこれしかねえだろう。
女の作った細々した弁当なんつうヌルイ飯じゃあなんの足しにもならねぇ。
「相変わらず寂しいメニューだねぇ。少しわけてあげよっか?匂いだけでも」
「うるせぇ!!食わせる気がねえなら黙って食ってろ!!」
テスト勉強手伝ってくれたり、弁当(匂い)わけてくれたり、友達思いな奴だねまったく。
あんパンを二口で片付け、牛乳を一気に流し込む。
すると
ドタンっ!!
と騒音を撒き散らし、教室のドアが二枚重ねで粉砕される。
ちょうど牛乳を飲み干した直後だったからいいが、飲んでいる最中なら間違いなく吹き出している。
相変わらずやかましい登場だ。
ドアは開けてあるんだから普通に入ってくりゃいいのに。
「ゆっくぅ~ん、お待たせぇ!!あ~んさせてあげるからこっちおいで♪」
身長150Cm前後、今時には珍しいおかっぱ頭に縁なし丸眼鏡。
この容姿からは想像出来ない破壊力を披露して登場したのは、先ほど名前だけあがっいたユミちゃんこと、新木 由美子。
現在、今年発足したばかりの新生徒会、「生徒自治保安委員会」の治安維持実戦部隊副隊長にして書記職を任されている隣のクラスの二年生。
一見すると、図書室が似合いそうな文化系のイメージを抱きやすい清楚な雰囲気だが、その正体は明朗快活にして質実剛健なわんぱく少女だ。
週に一度、町の道場に通い柔術を習っているためか、素手での近接戦闘能力は俺以上だ。
その実力は、ほんの半年ほど前に生徒会新設をめぐって勃発した校長軍と反乱生徒軍との戦い、「第3視聴覚室の乱」において証明されている。
それまで同世代はもちろん、大人相手にも退いたことのなかったこの俺が年下の、しかも女の子に完敗したのだ。
世の中広いね、無駄に。
「思ったより早かったね、ユミちゃん。はい、あ~ん」
「あぁ~ん♪」
人の目なんかまったく気にすることなく、二人そろって甘ったるい声を出し始める。
お前ら、そういうのはもっと人がいないような場所でやれよ。
見てるこっちが恥ずかしいっつうか、背骨がむず痒くなるっつうか、妙な感じになりやがる。
「ユミちゃん美味しい?」
「もっちろん!!だってアタシが作ったんだもん♪」
もう、まったく俺のことなんか忘れた様子で二人の空間を形成している。
まるでそこだけ異次元と化しているかのようだ。
「あーあー、おい。この問題も終わったから次のやつがほしいんだが……」
「あは♪今度はゆっくんが、あ~ん」
「あ~ん………あれ?アキラ、居たの?」
ずっと横に居た。
それどころか、ついさっきまで会話をしていた相手に対してこの言い草である。
「それ、ゆっくんが作った問題?………そんなので間に合うの?テスト、もう3日後だよ?」
3日?
3日後だと!?
そうだ。
今日は金曜だから、実力判定試験があるのは今度の月曜じゃねえか!!
こ、こりゃいよいよヤバいんじゃねえか?
他の科目は直前に「暗記」すればなんとかなるとしても、数学だけはどうにもならねぇ。
いくら成績に影響がなくても、ここで赤点をとると親父が……
「そんなのチマチマやるくらいなら、今日からアタシの家で勉強会でもする?教えてあげるよ、優しく丁寧に」
………!?
本当か?
いや、
正直それも考えてはいたが、男が女に教えを請うなんて情けないこと出来ねえよな…
「何言ってんの?男の子は女の子から学んで成長するものなんだよ!だよね、ゆっくん」
「うん、所詮男は女の子に適わない生き物なんだよ」
そうか、そうだったのか。
だが、仮にも一度は敵対した相手だってのに、そんな俺を本気で助けてくれるってのか……?
「うん、アキラ君とは拳で語り合った仲だもん。拳は友達!!困った時はお互い様だよ♪」
拳で語り合ったか…
一方的に投げられたり関節を外されたりしてた記憶しかねえが、この際それはどうでもいい!!
現状を見れば、確かにこれ以上こいつ一人に頼っておくのは不安がある。
それに、ユミちゃんは武道派でありながら成績はかなり優秀で、一般教養クラス第3位という猛者だ。
学年3位と4位に教えを受ければ、短時間で数学を極めることも難しいことじゃねえかもな。
ふう、これで午後の授業も安心して爆睡出来るってもんだぜ。
危惧すべき懸念材料がすでに解決したつもりでいる俺は、そのまま放課後が来るまで寝てしまうことにした。