プロローグ
「緊急事態発生!緊急事態発生!!」
「待機中の警備兵はただちに現場へ急行せよ!!繰り返す。待機中の警備兵はただちに現場へ急行せよ!!」
夜の静寂を満喫していた、とある洋風の屋敷。
静寂を破るかのように鳴り響く警報に、仮眠室でまどろんでいた兵士達が一斉に目を覚ます。
蟻の巣をつついたように中庭へと集まった兵士達は、状況を確認した者から順に散らばって行った。
元々夜間任務で巡回警備を担当していた者はすでに屋敷の内、外に分かれ探索を開始している。
エマージェンシーコードAAA
この屋敷の警戒レベルにおいて、最高度を示すコードが発令されたのは十何年ぶりのことであった。
実戦経験の無い研修生の集まりのような若い兵士達は、突然の厳戒体制に戸惑い右往左往する者も少なくなかった。
「まったく…いくら現地で集めた志願兵が多いとは言え、もう少しまともに動ける者はいないのか……」
白銀の髪をオールバックでまとめた初老の男が口髭をもてあそびながら呟く。
視線の先には、小さなモニターがメイド服に身を包んだ少女を映し出している。
その隣には清楚な和服に身を包んだ女性が、半歩下がる位置で同じモニターの様子をうかがっている。
「仕方ありませんよ。こんなこと、もう何年もなかったんですから」
男は対した関心も示さずただモニターの様子に目を落としていた。
ドスン
モニターからだけでなく、この部屋にまで直接耳に届くほどの轟音。
どうやら東側で何かが爆発でもしたらしい。
「東庭からだ。急げ!!」
「バカ野郎!!こっちはもう一杯だ。迂回しろ迂回。」
東庭での爆音は、中庭に散らばっていた兵士達を東庭へと続く狭い通路へと誘うことになった。
しかし、狭い通路に十数人の兵士が詰め寄ったことで塞がり、後から来た兵士が足止めをくらったり、慌てて迂回しようと走り出した兵士同士がぶつかったりと情けない姿をさらすことになっている。
中庭から兵士が消えたのを確認した少女は、姿勢を低く保ったまま中庭と外部を隔てる正門横の塀へと移動した。
その様子をずっと見ていた男は、部下のふがいなさに頭を抱えそうになっていた。
爆発は囮。
関係ない場所に誘導しつつ脱出路を目指す。
子供でも考えつくような、初歩的な陽動作戦にまんまとハマった兵士達の醜態ぶりに思わず失笑さえ浮かんできそうだ。
「ブラボーツーより警備本部へ、正門付近にてターゲットを確認。脱出をはかっています。このまま確保しますか?」
ほう、一人ぐらいはまともな奴もいたようだ。
男は視線を外すことなく無線機のスイッチを入れると、マイク越しに『ブラボーツー』へと指示を出した。
「かまわん。少佐も一緒だ。そのまま行かせてやれ」
「は……?はっ!!了解しました」
全ての行動が見守られていたことなど知らず、少女は夜の闇へと姿を消した。いったい、どれぐらいの時間がすぎたんだろう…
疲れはて、ようやくたどり着いた公園で力尽き、かろうじて雨露がしのげる場所へと倒れ込んだ少女は力無く空を見上げる。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
いったいどれぐらい……?
視界に広がる薄紅色の空は、はたして明け方なのか夕方なのか、時間の感覚が曖昧な少女には判断出来なかった。
ふう……
何度となく繰り返しこぼれる溜め息。
本当に、これでよかったのだろうか…
これも少女が繰り返し行っている、答えの出ない自問自答。
あぁ…ダメだ…瞼が重い…
再び意識が遠のくのを感じた少女は、体が命じるままその欲求に従うしかなかった。
意識を失う直前、人の気配を感じたが、それを確認する余力はまだなかった。
「う、うおぉぉあぉぅ」
突然響く人の声と、何かが地面へと倒れ込む衝撃音。
のろのろと覚醒する意識で目を開いた少女の前には、何故か通常の学生服の上から古めかしい学ランを羽織り、逆さまに倒れ驚愕の表情を浮かべた少年がいた。