第97話 今の自分にできること
☆
領都ココメルの屋敷に戻った私は、アンナに写真を焼き付けに出すよう指示すると、すぐに会議室に向かった。
「お嬢さま」
ソフィアの声に、皆が私を振り返る。
「嬢ちゃん、例のノイズだが––––」
「お嬢、防衛戦の配置は––––」
「私も、避難民の受け入れについてご報告があります」
工房長のダンカンと領兵隊長のライオネルが同時に口を開き、顔を見合わせたところで、さらにソフィアが割って入った。
そんな構図。
私は手を挙げて彼らの言葉を遮ると、こう尋ねた。
「重要度はともかく、一番緊急性が高いのは、誰?」
「「えー……」」
三人は顔を見合わせると、真っ先にダンカンが口を開いた。
「多分、俺だ。すぐに指示が欲しい」
「いいわ。どうしたの?」
私が聞き返すと、ダンカンはごほん、と咳払いをして話し始めた。
「例の魔力波のノイズだが、恐らく人工の通信波だ。発信源は二箇所。一箇所はココメルの街の中で、もう一箇所は北方のどこかだ」
「通信波? 前の話では『通常の通信じゃない』って話じゃなかった?」
私がライオネルに尋ねると、彼は「そういう話でした」と頷いた。
「どういうこと?」
私の問いに、ダンカンが説明を始めた。
「まず、通常の通信じゃないのはその通りだ。符号が極端に短い。多分、一字ずつ文字を送信するんじゃなく、事前に定型文を用意しておいてそれで意思疎通を図ってるんだろう。一見、意味不明なノイズに見えるが、二点間で交互に発信してりゃあ、通信以外には考えられないだろう」
「完全に暗号ね。こちらが発信源を突き止められなければ、ただのノイズにしか思えなかったでしょう。––––他に分かったことは?」
「あとは……そうだな。魔力分析機で魔力波を調べてみたが、ありゃあ従来の魔導通信機の魔力波じゃねえな。より広い帯域の波長が使われてた。––––どちらかと言うと、王城襲撃の時の『合図箱』に近い。違いは、指向性の有無だな」
「指向性を持った合図箱?」
「ああ。その指向性も通信機ほどじゃなかったから、『魔導通信機と合図箱の合いの子』的な何かだろう。通信距離は最大五十キロ程度。両手で抱えられるくらいの大きさで、ことによっちゃあ片手にスイッチボックス、もう片手に小型アンテナを持って使うスタイルなのかもしれねーな」
「つまり、携帯式の通信機ということね」
「そうそう、まさにそれだ!」
びっ、と指差すダンカン。
突然現れ、数を増やしながら領都に向かう魔物の大群。
活発になる謎の通信。
携帯式通信機。
つまりこれは……
「何者かが襲撃を企図して魔物を操っている、ってことよね」
私は頭を抱えた。
「やはり、公国でしょうか?」
ライオネルの問いに、私は首を振った。
「可能性は高いと思う。断定はできないけど」
飛竜を飼い慣らし、合図箱と魔導通信機を持つ公国。
魔物の誘導と、携帯式魔導通信機は、それらの技術の延長にあるものだろう。
それにやり直し後の私は、公国の企みを阻止し、暴いている。
あの国が私を狙ってこんな攻撃を仕掛けてきたというのは、十分あり得る話だった。
––––公国がなぜ突然、そんな技術を持つようになったのかという点は、相変わらず腑に落ちないけれど。
「街のどのあたりから送信されているか分かる?」
私の問いに、ダンカンはにやりと笑った。
「おおよその場所は割り出してある。西側の住宅街だ。––––特定するなら、探知機を持って目標の周囲を練り歩くしかないが……どうする?」
私はしばし考え、領兵隊長を見た。
「ライオネル。貴方なら、どうする?」
「……そうだな。確実にやるなら、日中に探知機を持って歩き回るのは避けた方が良い。こちらの動きがバレて逃げられたら元も子もない」
「つまり、夜を狙うってこと?」
「それは最後の手だな。––––時間はかかるが、周囲の民家を借りて位置を絞り込みながらその輪を縮めていくのが良いだろう」
なるほど。
確かにその方法なら、間諜を取り逃すリスクは少なくできる。
街の状況や防衛体制の監視が目的なら魔物が到達する直前まで逃げることはないだろうし、通信中に急襲できれば、敵に対して優位に動けるはず。
それに、すでに事態は動き始めてしまっている。
今更間諜をどうしようが、魔物を止めることはできないだろう。
しばしの思案ののち、私は顔を上げた。
「分かった。間諜の確保は領兵隊に任せるわ。被疑者の生死は問わないから、周囲に被害が出ないよう確実に動いて」
「はっ!」
「それからダンカンは、調査担当の領兵が魔力探知機を使えるように使い方をレクチャーしてくれる?」
「おう。––––俺の出番は、それで終わりか?」
平気そうな顔でそう言いながら、どこか哀愁を漂わせるダンカン。
張り切っていた魔力ノイズの調査から外されて、しょんぼりしているんだろうか?
「…………」
私は、そんなダンカンの背中をパンッと叩いた。
「痛ってえ! おい嬢ちゃん、突然何すんだ?!」
振り返った工房長に、私は指を突きつけた。
「貴方と工房には、魔物の襲来までにやってもらわなきゃならないことが山ほどあるの! 寝ぼけたこと言わないでよねっ!」
「わかった、わかった! ––––それで、何をやれってんだ?」
私は、目にギラギラしたものが戻ってきたダンカン工房長を見据えて言った。
「武器と弾丸の量産よ。とにかく、魔物が来るまでに作れるだけ作るの。状況はとても悪いわ。––––今からそれを説明する」
こうして私は、私とアンナが航空偵察で見てきたことを、皆に話したのだった。
☆
「なっ……数万の大群だと?!」
絶句するライオネル。
私は頷き、彼に問うた。
「貴方たちが立てた防衛計画で、その数を撃退できる?」
「…………無理だ。そんな数がいたら、五メートルの高さの市壁なんて、仲間の死骸を足場にどんどん乗り越えられちまう」
ライオネルの言葉に、王国派遣軍のバージル司令が机の上に広げられた街の地図を見ながら、険しい顔で頷いた。
「北の市壁だけではなく、東西の壁も突破されるかもしれん。そうなれば防衛部隊は前後左右から包囲されてすり潰されるじゃろうな」
「むう……」
唸るライオネル。
––––やっぱり、こういう展開になった。
あの大群を見てからココメルに戻る間、彼らは市壁を盾とした防衛計画を立てているのでは、と考えていた。
確かに、従来の武器……魔導武具と魔法を武器とした防衛戦であれば、そういう発想になるだろう。
だけど、今の私たちには、魔導ライフルがある。
手元に百挺。
本領と新領から届けられる分を合わせれば、五百挺以上の魔導ライフルを使うことができる。
そこに、ココメル工房にある数挺の『試作品』を加えれば、かなりの戦力になるはずだ。
それらを効果的に運用するとすれば––––
パンッ
「「!!」」
皆がぎょっとした表情で、手を打った私を振り返る。
私は彼らに宣言した。
「防衛計画を、抜本的に見直します」
しばらく、何を言っているのか分からない、という顔をしていたライオネルは、我にかえると慌てて口を開いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、お嬢。一体何をやろうってんだ?」
素人に口を出されるのを不安に思っているのだろう。
だけど、残念。
銃を使った戦闘であれば、まだ私の方が知識がある。
ミリオタだった宮原美月の兄は、私に明日使えないムダ知識を散々叩き込んでくれた。
その知識を活かすときが来たのだ。
私は腰に手を当てると、皆に言った。
「地面を掘りましょう」
「「えっっっ?????」」
皆の表情が固まった。