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第93話 異常

 


 ☆



 執事のブランドンから渡された緊急信。

 そのメモを持つ手が震えた。


「魔物の大群?! なんでうちの領地にそんなものが???」


 動揺する私に、ブランドンが片ひざをつき、私に目線を合わせて優しく語りかけた。


「お嬢さま。ソフィア様はすでに避難指示を出されたとのこと。現地での一次対応はすでに始まっていることでしょう。––––実は私がそのメモを受け取った時に、通信機は更なる通信を受信中でした。まずは第二報を確認されてみてはいかがでしょうか」


「……そうね。動揺してる場合じゃないわね。通信室に行きましょう!」


「はい」


 私の言葉に、微笑む老執事。


 こうして私たちは、うちの屋敷の端に設置した通信室へと向かったのだった。




「お嬢様っ!」


 私が通信室の扉を開けると、通信担当の女性兵士二人の内、一人が私を振り返った。


 尚、もう一人はヘッドフォンをして、忙しくペンを走らせている。


「こちらが第二報となります」


 担当官が差し出したメモを受け取り、確認する。



 『北部山麓ニテ群レヲ視認

  ゴブリン三千

  オーク五百

  デビルクロウ数十』



「……なによこれ。こんな規模の群れ、聞いたことがないわ」


 私からメモを受け取ったアンナも、その内容を見て固まった。


「毎年の定期討伐でも、ゴブリンの討伐数はせいぜい千に満たぬ程度だと聞きました」


「定期討伐では一部の森の浅いところまでしか討伐範囲にしていないから。領内のゴブリンを全て集めれば数万匹いてもおかしくはないけれど……。それでも、一つの巣ではせいぜい二百匹超というところよ? 複数の群れが集まらなければ、こんな数にはならないはず」


「そうですよね。一箇所にゴブリンとオークが集まっているというのもおかしな話ですし……」


 そう言って考え込むアンナ。


「…………たしかに」


 彼女の言う通り。

 この報告が正しいとすれば、明らかにおかしなことが起こっている。


 普通ならオークとゴブリンはある程度生息域を分けるはず。


 オークはゴブリンをエサにするし、ゴブリンはオークのメスを狙っている。


 一箇所にゴブリンとオークがいるなど、普通なら考えられない話だった。




「いずれにせよ、現状の伯爵領の戦力だけでは太刀打ちできないわ。援軍を求めないと」


 定例の討伐ですら、ゴブリンに対して同数程度、オークに対しては倍となる二百人規模の討伐隊で強襲をかけている。


 これだけの魔物に対応するには、旧式装備の兵であれば四千人は動員しなければならないだろう。


 現状の伯爵領の常備戦力は、八百人。

 王国派遣軍が七百、新設の伯爵領軍が百。

 内、魔導ライフル装備の兵は両軍合わせて百名に過ぎない。


 そこに私が加わっても、魔物が一斉に襲ってきたら間違いなく押し切られる。


 圧倒的に兵力が足りていなかった。




 私は、頭の中に地図を描く。


「仮に魔物が南下してきた場合、最北部の三つの村には一日で、その南の五つの村にも二日で到達するでしょう。そして三日目には、領都ココメルとその周辺に達してしまう……。時間がないわ。せめて市壁のあるココメルにみんなを収容しないと––––」


 その時、ペンを走らせていた通信士が後ろの担当官を振り返り、新たなメモを渡した。


「お嬢さま。第三報です。解読します」


 メモを受け取った担当官が、信号をそのまま空で解読する。



 『最北部三村ニ避難指示発ス

  北部八村ニ警戒ヲ指示』



 その報告を聞いた私は首を振った。


「それじゃあ手遅れになる。すぐに返信して。––––『北部全域に避難命令。至急ココメルに避難しなさい』!」


「承知しました!」


 敬礼した担当官は通信士に指示し、すぐさま私の指示がソフィアに伝えられたのだった。




 ☆




「それじゃあブランドン、あとをお願い!」


 裏の庭園に出た私は、うちの執事を振り返った。


「承知致しました。あとのことはお任せ下さい」


 テオ宛のプレゼントの箱を小脇に抱え、恭しく頭を下げるブランドン。



 ––––あの後。

 私は各所に魔信を送りまくった。



 王城で使節団との会議に臨んでいるお父さまには、状況の説明を。


 陛下には、新領の派遣軍の一部をココメルに派遣する申請を。


 本領には、騎乗騎士の緊急派遣と、ありったけの魔導ライフルをココメルに移送する指示を。


 そしてテオには、予定を違えざるを得ないお詫びを。



 そう。

 私とアンナはこれから、全速力でココメルに帰還する。


「アンナ。準備はいい?」


「はいっ、お嬢さまっ!」


 頷いた彼女に、私は魔力を送り始める。


 いや。

 正確には、アンナが腰に引っ掛けている、オレンジ色のテディベアに向かって魔力を供給し始めた。


 そのクマの名前は、レン。

 昨日アンナにプレゼントした、彼女のサポート役の男の子だ。


「レン、『飛行補助フォルレ・エディーオ』!」


 アンナがそう叫んだ瞬間、レンの両手が光を放ち、『気層生成ディア・フラーマ』と『恒温維持キプト・テンプリース』、それにもう一つの魔法が同時発動する。


 ––––どうせ複数の魔法を発動するのなら、魔導回路は一つにしてしまおう。


 そう考えて、彼女用のサポートベアを作るときに、ワンフレーズで複数の魔法が発動するように設計した。


 ちなみにこのサポートベア、今のところ三体出来上がっていて、その内二体はアンナとお父さまに昨日手渡しでプレゼントした。


 そして最後の一つは、今はブランドンが抱えているプレゼントボックスの中に入っている。


 つまり、テオへの仲直りのプレゼントだ。




「それじゃあ、行って来ます!」


「お嬢さま、どうかお気をつけて!」


 叫んだブランドンに頷くと、私とアンナは王都の空に舞い上がった。




 ☆




「すごい……。お嬢さま、すごいですっ!!」


 一気に高高度まで上昇し、西に向かって高速巡航に入ると、我にかえったアンナが感嘆の声をあげた。


 足もとの遥か下にある街が、みるみる後方に遠ざかってゆく。


「気分はどう? 急加速で『引っ張った』けど気持ち悪くない?」


「大丈夫ですっ! むしろ楽しかったです!!」


「そ、そう。それは良かったわ」


 目を輝かせるアンナに、やや引きながら答える。


 彼女は乗馬も上手いし、馬車に乗っても酔ったりしない。


(三半規管が発達してるのかしら?)


 そんなことを思ってしまう。


 ––––さっきレンが起動した三つ目の魔法。

 それは『追従トラヘリオル』という私が開発した魔法だった。


 効果は名前の通り。

 魔力供給先に、一定の距離を保ってくっついてゆく。

 そんな魔法だ。


 今私たちは、見えない魔法のロープで互いの体をつないで飛んでいる……そんな状態にあった。




「ココメルまでどのくらいでしょうか?」


「多分、二時間くらいだと思う」


 今私は、先日王都に向かったときより二段階くらいギヤを上げて飛んでいる。


 あの時は夕暮れどきで薄暗くて位置も確認できなかったから慎重に飛んだけれど、日が高い今なら地上の街や村を確認しながら思いきって飛ぶことができる。


「馬で三日かかった道のりを数時間で行けるなんて、昨日お話を聞くまで思いもしませんでした。––––やっぱりお嬢さまはすごいです。こんなことを実現してしまわれるなんて」


 そう言って、隣で微笑むアンナ。


 私は照れくさくなって顔を逸らし「ありがと」と呟くと、前を向き、私たちの街に向かって飛んだのだった。




 ☆




「––––お嬢さま!」


 ココメルの屋敷の庭に着陸し、そのまま休むことなく会議室に入ると、扉の一番近くにいたロレッタが声をあげた。


 その声に、会議机の上に広げた地図と魔導通信機をのぞきこんでいた皆がこちらを振り返る。


 ソフィアが姿勢を正した。


「おかえりなさいませ、お嬢さま。急な連絡を入れてしまい申し訳ありません」


「構わないわ。むしろすぐに連絡してくれて助かった。––––それで、今どういう状況?」


 私の問いにソフィアは頷き、「こちらをご覧下さい」と指示棒で地図を指した。


「魔物の群れが発見されたのは、北部山脈の麓の森です。発見者は地元の猟師で、最寄りのナクハの村から魔導通信で急報が送られてきました。先ほど入った情報では、ナクハの村の住民は全員村を退去したそうです」


「魔物の方に動きは?」


 私が問うと、今度は元オウルアイズ騎士団の団長で、今は領兵隊の隊長を務めてくれているライオネルが口を開いた。


「今のところ動きはないようだ。ナクハ駐在の兵からの報告では、森の縁あたりにたむろして、ぼーっと立っているらしいが……」


「立っているだけ?」


「ああ。報告では『魂を抜かれたようだ』と言ってきたな」


「それは、一体なんなのかしら? 種族の違う魔物が群れること自体異常なのに、ただ集まっているだけなんて……」


 私が呟くと、傍らで見守っていた王国派遣軍のバージル司令が口を開いた。


「私もここに来て五年になりますが、こんなことは初めてです」


 そう言って、首を振る。


「「…………」」


 一瞬、沈黙が支配した。




 ライオネルが口を開いた。


「なあ、お嬢。ちょっと不審な話があるんだが」


「不審な話?」


「ああ。今回の件に関係があるかは分からないんだが……」


「構わないわ。教えて」


 私がそう言うと、領兵隊長は頷いた。


「今朝から、この魔導通信機がちょこちょこノイズを拾うらしい」


「ノイズ?」


「ああ。通常の通信とは思えないらしいんだが、『ジャッ、ジャジャッ』てな感じで、時々耳障りな音がするとかなんとか」


「それは––––」


 私が詳しく聞こうとした時だった。



 今、まさに話をしていた魔導通信機。


 その機械に向かいペンを走らせていた女性通信士が、こちらを振り返り、血相を変えて叫んだ。



「ナクハより急報!!


 ––––『魔物ノ群レ、南下ヲ開始セリ』!!」





挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] 一連の事件の同一犯の可能性が第一に浮かび上がるけどどれもコレも規模がデカくて殺意高けえな
[良い点] 新くまっ!パパさんがくま引っ提げて登場する? [気になる点] 怪しいノイズ?なにやらマッドか研究者がいるのか? [一言] お疲れ様でございます。毎回とても楽しみです!今回はゆっくり解明する…
[一言] まぁ、ワイバーンを操れるなら他の魔物も操れますよね。 て言うか、魔物を操って人為的にスタンピードを起こせるってバレたら周辺国から危険視されて滅びるまでタコ殴りコース待ったなしなんじゃ……最悪…
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