第91話 魔導写真機(カメラ)
☆
「とはいえ、何から取り掛かろうかしら?」
私が考え込んでいるのを見たテオが、口を開く。
「とりあえず、あそこから手をつけようぜ」
そう言って指差した先は、レジだった。
「さっき話を聞いてて思ったんだけどさ。違うサービスの会計と受付を一つのレジでやるのは、ベテランでも混乱するもんなんだ。店員の数はいるんだから、サービスの内容でレジを分けた方がいいだろ」
「ああ、なるほど。たしかにそれなら撮影以外のお客さまをお待たせしなくてよくなるわね。––––さすがテオ。大商団の関係者ね!」
私がにこっと笑うと、テオは、
「ま、まあな」
と言って頰をかいたのだった。
レジを分けた効果は、目に見える形で現れた。
列に並んでいたのは八人。
一人がカメラの購入、一人が宝飾品の相談、二人が焼きつけ希望で、残る四人は撮影の予約を希望していた。
カメラ購入と宝飾品相談の人には、それぞれの説明に長けた店員がショーケースの前で対応に当たり、焼きつけ希望の人にはレジを増やして対応。
この措置で、レジ列による圧迫感はかなり解消された。
「でも、お客さんが減った訳じゃないのよね」
「そりゃあ撮影待ちがこれだけいちゃあな」
テオの言う通りだった。
撮影にかかる時間が短縮された訳ではないので、撮影待ちの人たちは相変わらず店内に滞留している。
撮影以外の処理速度が上がっているので顧客を待たせる時間は減ったけれど、店内の人の多さはそこまで変わっていないように見えた。
「これが限界でしょうか」
困り顔のリネット。
「後はもう、扉に『クローズ』の札をかけるくらいしかないかな」
首をすくめるテオ。
私は混雑する店内を見てしばし考えると、やがて口を開いた。
「––––よし。お客さまに帰ってもらいましょう」
「「えっ???」」
私の言葉に、テオとリネットはギョッとした顔でこちらを見たのだった。
––––お客さまに帰ってもらう。
私の発言は、その言葉だけ聞くとエキセントリックに聞こえるかもしれない。
けれどこれは、考えに考えた上で私が出した、現実に即した解決策だ。
今日はまだ、あと十一組の撮影が控えている。
全ての撮影が終わるのは四時間後。
従業員みんなが残業になってしまう。
逆に言えば、今ここで待っているお客さまの中で最後の組の人は、まだ三時間以上このまま待たないといけない、ということだ。
お店にとっても、お客さまにとっても望ましくない状況。
利害が一致しているなら、妥協案を出すことで折り合いがつけられる可能性がある。
私が考えたのは、つまりそういうことだった。
「撮影待ちのお客さまに声をかけて、『明日以降の予約に振り替えて下さった方には、無料で一枚撮影ポーズを増やして差し上げる』と提案してみるのはどうかしら?」
「「なるほど!!」」
私の言葉に、大袈裟に反応するテオとリネット。
「それは名案ですね! お店にとってのデメリットはほぼないですし、お客さまも撮影日を振り替え易くなると思いますっ!!」
「嫌なら振り替えなきゃ良い訳だし、提案する価値はあるな」
リネットはすごいテンションで反応し、テオはうんうんと頷いてくれた。
「それじゃあ早速、声をかけてみましょう」
そうして私たちは、手分けしてお客さんに声をかけてまわったのだった。
––––三十分後。
あれだけ混雑していた店内は人が半分ほどになり、落ち着いた空気が漂っていた。
「なんとかなったわね」
傍らのテオにそう声をかけると、彼は目を細めて私を見た。
「やっぱりレティはすごいな」
「え?」
「魔導具づくりだけじゃなく、商才もあるなんて」
「それは大げさすぎるわよ」
そう言って私が笑うと、テオはふうとため息を吐いた。
「いや、あそこで交渉に持ち込むのは、本当は僕が提案しなきゃならなかった。諦めた時点で、商人失格だ」
そう言って自嘲気味に笑うテオ。
そんな彼に、私は言った。
「あなただってレジを分ける案を出してくれたじゃない。テオのあれがあったから、私もその次を考えられたのよ。だから『一緒に頑張った』ってことでいいじゃない。ね?」
私の言葉にテオは一瞬きょとんとすると、やがてふっと笑った。
「そうだな。レティの言う通りだ」
「でしょ?」
「ああ」
頷くテオ。
私は明るさが戻った彼に言った。
「さて。それじゃあ店内も落ち着いたし、展示しているカメラと写真について、説明してあげましょうか!」
「そうだな。ぜひ、よろしく頼む」
そうして私は、テオに店の中を案内したのだった。
☆
ひと通り店内とスタジオを見学した私たち。
その中でテオが興味を持ったのはやはりカメラだった。
「これ、どういう仕組みなんだ?」
あまりに興味しんしんだったので、展示品を少しだけ分解して説明することにした。
「構造自体は割とシンプルよ。記録用の小型魔石が真ん中にあって、ボタンを押すとレンズの前にあるシャッターが一瞬だけ開いてその先の景色が魔石に記録されるの」
「魔石に風景が記録できるなんて、聞いたことないぞ」
「そこがうちの発見と発明よ。簡単には真似できないことを色々とやっているわ」
実のところ、カメラの構造自体は地球のカメラとほとんど変わらない。
違うのは、記録用に特殊な方法で精緻に安定化させた小型魔石を使っていること。
シャッターを切った瞬間、動力源の魔石から高圧の魔力が記録用魔石に照射されること。
そして、一つの記録用魔石には64枚の写真を保存できるのだけれど、その数だけ照射魔力の波長を変化させていること。
そんなところだろう。
ちなみにカメラの内側にはスライム樹脂が貼り付けてあって、外部とは魔力的に絶縁されている。
外観は、19世紀末から20世紀初頭の箱型カメラとほぼ同じような形になっていた。
「このカメラって、僕も買えるのか?」
「市販しているものだからもちろん構わないけど……撮った写真を焼きつけするには、記録用の魔石をこの店まで送ってもらう必要があるわよ?」
「それはちょっと大変だな」
「大変よね」
「でも、一台買うよ。それで、うちの国にも早く支店を出してくれればいい」
「またそんな無茶を……」
「無茶じゃないさ。うちの国が魔導ライフルを購入するようになったら、メンテナンスのために出店してもらわなきゃ困るんだ。遅かれ早かれそうなるさ」
「むう……」
テオの言葉ももっともではある。
ただ実際のところ、流通の事情が改善しなければ出店は難しい。
友好国とはいえ外国でうちの魔導具を作るのは、さすがに避けたいからだ。
「出店の件は考えておくわ。––––それで、カメラは今日持って帰る?」
「ああ。馬車に積んでもらおうかな」
「分かった。準備させるからちょっと待っててね」
––––と、そんな訳で、王都市民の世帯年収一年分もするカメラが一台、売れたのだった。
☆
そんなこんなで時間が経ってしまい、私たちがお店を出るときには、すでに中央広場は夕焼けの色に染まり始めていた。
「うおっ、なんだこりゃ?!」
先に表に出たテオが驚きの声をあげる。
「?」
不思議に思いながらテオに続いて外に出た私は、彼の声の理由を理解した。
「……すごい人ね」
二人して茫然と立ち尽くす。
私たちの前には、何十人……いや、百人を超える数の人々がざわめいていた。
「なんだ? 祭りか何かあるのか???」
「さあ……。この時期に行われる行事って、何かあったかしら」
「じゃあ、事故とか?」
「そんな感じでもないけど……」
そこまで言って、私は気づいた。
集まった人々が、一様にある方向をちらちら見ていることに。
そしてその視線の先にあるものは––––
「テオ、行きましょう」
そう言って彼の手を引く。
「え、どうしたんだレティ?」
「い、いいから、早く馬車に乗りましょ」
私はさらにぐい、と彼の腕を引っ張り、広場にある停車場に向かおうとする。
その時だった。
ゴーン、ゴーン、ゴーン……
時計塔の鐘が鳴り、午後五時を知らせる。
そして、鐘が鳴り終わるのとほぼ同時に、あたりにオーケストラによる音楽が流れた。
「「おおっ……!!」」
周囲の人々がどよめき、私は反射的に写真館のショーウィンドウを振り返った。
ショーウィンドウの内側に貼られた真っ白なスクリーン。
そこには、空を飛び、草原を越えてゆく映像が映し出されていた。
それはまるで、地球の映画のように。
「レティっ、あれっ!!」
テオが叫び、私たちは完全に足を止めてしまった。
スクリーンに映し出された映像は、草原を飛び越え、やがてある丘に近づいてゆく。
その丘の上には、カメラに背中を向けた、一人の少女。
カメラは少女にフォーカスして止まる。
そこで彼女はくるりと振り返り、恥ずかしげにはにかみながら、こう言った。
「みなさんこんにちは。レティシア・エインズワースですっ!」
(いやぁああああっっ!!!!)
私は声にならない悲鳴をあげた。