第90話 王都で話題のお店
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写真館の建物を見て、「宝石店?」と首を傾げたテオ。
実は彼の言葉は半分当たっている。
私たちが写真館を開店したこの建物は、少し前まで王党派貴族が所有する宝石店だった。
その家門は、自領で産出する金や宝石を使った宝飾細工の商会を保有していたのだけれど、王城襲撃事件に関わって爵位を剥奪されてしまった。
領地も返還することとなり、商会は解散。
生活するお金に困って、このお店を売りに出そうとしていたのだ。
中央広場に面した超優良物件。
なかなか良いお値段で売りに出そうとしていたのだけど、ヒューバート兄さまが交渉して賃貸契約としてうちが借りることができた。
売ればその時はお金になるけれど、使いきればそれでおしまい。
今後も収入が見込める賃貸契約にすべきだと、ヒュー兄さまが先方を説得したのだった。
ちなみに店員や細工師を含めた従業員の人たちも、希望者はうちに移籍して働いてもらっている。
元々、高位貴族を相手にしていただけあって、店員さんたちの接客は完璧。
細工師さんたちには、その加工技術を活かして魔導具づくりに参加してもらいながら、オーダーメイドの宝飾細工の製作を続けてもらっている。
写真撮影と写真機の販売という、富裕層をターゲットにしたお店。
これまでにないジャンルのお店をスムーズに開店できたのは、彼らの尽力によるところも大きかった。
☆
「うわっ……なんだこれ?!」
入口横のショーウィンドウ。
そこに飾られた大判の写真を見たテオは、初めて見るであろうそれに釘づけになった。
「それは王都サナキアの遠景ね。真ん中に写ってるのがちょっと前まで私たちがいたサナキア城。陛下に許可を頂いて、お店に飾らせてもらってるの」
「いや、そうじゃなくて! これ、絵じゃないよな? なんでこんなに本物っぽいんだ???」
「それがさっき言った『写真』よ。隣に飾ってある『写真機』という魔導具で撮影して、その画像を特殊な金属板に転写したものね」
「すごい……! これもレティが作ったのか?」
興奮した顔で私を振り返るテオ。
「私と、私のお師匠さまの共同開発、かな。カメラと転写機は私が。転写用の金属板はお師匠さまが開発したの」
「へえ……!」
感嘆の声をあげ、再び写真に見入る友好国の王子さま。
「さあ、中に入りましょう。中にもまだまだたくさん写真を飾ってるから」
私の言葉に、テオはコクコクと頷いたのだった。
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お店の扉には、『本日の撮影受付は終了しました』というカードが掛かっていた。
(お客さん、増えてるのかな?)
そんなことを思いながら扉を押し開き、写真館に足を踏み入れる。
そんな私たちを待ち構えていたのは––––
「かなり混んでるな」
テオが目を丸くして呟いた。
彼の言う通り。
店の中は人でごった返していた。
恋人や夫婦らしき男女。
それに、子供連れの家族も何組か見える。
「今は一部改装中だし、写真の撮影には時間がかかるから、混むのは分かるんだけど……これはちょっとひどいわね」
その時だった。
「あ、お嬢さま!」
奥の方で接客をしていた女性が私に気づき、こちらにやってきた。
「リネット。すごい混み方じゃない。一体どうしたの?」
私の問いに、前のお店から移籍して今は店長代理を勤めてくれているリネットが困ったような微笑を返す。
「実は少し前から、うちのお店が話題になっているみたいなんです。おかげさまで繁盛はしているんですが、こんな風に混雑してしまって……」
「そんな話初めて聞いたわ。前に来た時には、ここまでじゃなかったわよね?」
開店当初は『なんの店か分からない』ということでほとんどお客さんが来なかったし、一ヶ月前に来た時も、それほど混んではいなかったはずだ。
「二週間ほど前からでしょうか。急にお客様が増え始めて……」
(ん?)
二週間前、というのがちょっと引っかかる。
(……まさかね)
私はその心当たりを、すぐに胸に仕舞い込んだ。
「このことをローランドは知っているの?」
ここの店長は、近い将来リネットに交代する前提で、今は名目だけローランドに兼任をお願いしている。
「はい。とりあえず店長と相談して、撮影はひと組一枚に制限をかけさせて頂くようにしました。ですがそれからもお客様が増え続けてしまって……。一昨日、『お嬢さまに早急に相談しよう』という話をしたばかりなんです」
「あ……」
私は先ほど工房を出るときに、ローランド工房長から「ご相談したいことがあるのですが」と言われたことを思い出す。
テオを案内中だったので「あとでね」と断ったけれど、ひょっとしてあの時ローランドはこの混雑のことを相談したかったんだろうか。
「なるほどね。確かにこれは放っておけないわ」
私はあらためて店の中を見まわした。
元々が宝石店であることを引き継いで、店内は余裕のあるレイアウトにしてある。
けれど、待合に置いたソファは満席。
一つしかないレジの前には列ができ、その連れと思しき人たちが店内にあふれ、展示されている写真や写真機、それに宝飾品を見て時間を潰している。
そんな有様だった。
私は店長代理を振り返った。
「ねえ、リネット。レジに並んでいるのは、皆さん撮影希望の人たち?」
「いえ、カメラの購入や、焼きつけ希望の方もおられると思います」
「撮影待ちの方は何組いらっしゃるか分かる?」
「先ほど確認した時には、十一組いらっしゃいました」
「そんなに?!」
それは人で溢れるはずだ。
一組の撮影にかかる時間は、平均二十分ほど。
オプションの貸し衣装やアクセサリーを希望されるお客さまもいるので、準備時間を含めるとどうしてもそのくらいは掛かってしまう。
一時間当たり三組として、今待っている人たちを撮影するだけで四時間近くは必要ということだった。
私は懐中時計を取り出した。
時刻は十五時をまわったところ。
このままでは最後の組の撮影が終わるのは、十九時を過ぎてしまうだろう。
閉店時間は十七時だから、お店のみんなも残業確定だ。
「撮影の新規受付は打ち切ったのよね?」
「はい、三十分ほど前に。……打ち切るのが少し遅かったですが」
後悔の色を浮かべるリネット。
私は彼女の手をとり、微笑んだ。
「良い決断よ。貴女とお店のみんなはよくやってるわ」
「レティシアお嬢さま……」
泣きそうな顔をする店長代理。
私は彼女の目を見て言った。
「とはいえこのままだとみんな残業確定だし、とりあえずこの状況をなんとかしましょう」
「なんとかできるでしょうか?」
「できるわ。……大丈夫。どうなったって私が責任をとるから。だから貴女たちは私に協力して」
「もちろんです!」
力強く返事をしたリネットに頷くと、私は私の友人を振り返った。
「そんな訳で、ごめんね。テオ。三十分ほど時間をもらえるかしら?」
私の言葉に、テオは小さく噴き出した。
「君はいつも一生懸命だな。––––いいよ。こんな状況じゃゆっくり見学もできないし、せっかくだから僕も手伝おう」
そう言って上着を脱ぎ始めるテオ。
「待って! 使節である貴方に、お店の手伝いなんてさせられないわ」
私が慌てて止めに入ると、友好国の王子さまは、にやっと笑った。
「レティ。うちがどういう家か忘れてないか? 僕はこれでも商団の一員なんだぜ。力仕事から接客、交渉ごとまでなんでもやるさ。それに……君には借りがあるからな」
すまし顔でそんなことを言うテオ。
これはもう、何を言っても聞かなさそうだ。
私は小さくため息を吐くと、彼を見た。
「わかった。じゃあ手伝ってくれる?」
「ああ。なんでも言ってくれ」
自信満々でそう応えるテオに、私は「ありがと!」と言って微笑んだのだった。