第89話 新たな取り組みと工房見学
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王城にて、半年ぶりの再会を果たした私とテオ。
聞けば彼は三日前、エラリオン王国の外交使節団の一員として、長兄の王太子ベルナルド殿下とともに王都入りしたということだった。
「それでは行ってまいりますね。お父さま」
「うっ……。ああ、気をつけて、な」
血の涙でも流しそうな顔で、私とテオを送り出すお父さま。
これから私は王家が用意した馬車で、テオをうちの工房に案内することになっていた。
なぜ、そんな話になったのか。
見学はもちろんテオの希望なのだけど、エラリオン王家からも特に『お願い』という形で陛下に要請があったらしい。
陛下によれば、先だってテオに送った魔導ライフル(2号試作相当)と飛行靴に、テオのお父さま……つまりエラリオン国王が大いに驚いて、うちの魔導具に関心をよせているとのこと。
まあ要するに、商談が持ち上がっている訳だ。
先方としては更なる情報が欲しい。
具体的には、生産余力、サポート体制、今後改良によってどの程度まで性能が向上するのか。
そして、他に使えそうな魔導具はないか。
現在の到達点と、将来性を見極めたいということらしかった。
とはいえ、私が開発した技術の多くがハイエルランド王国の機密に該当してしまう。
見学程度で技術を盗まれることはないだろうけど、念のためということで、「まだ成人前であるテオにだけ、うちが許容できる範囲で見学させる」と、そんな条件で話がまとまったのだった。
こうしてテオを、うちの工房や領地に案内することになった私。
だけどそこで、一つだけ問題が起こった。
お父さまが『自分も同行する』と言い張ったのだ。
が、今や陛下の相談役となっているお父さまのこと。
陛下から「卿は外交協議に出てもらわねば困る」と言われ、泣く泣く同行を諦めたのだった。
「それじゃあ今日は、王都の工房と、三ヶ月前にオープンしたうちのお店を案内するね」
「ああ。よろしく頼むよ。レティ」
私の言葉に、嬉しそうな顔をするテオ。
そんなやりとりをして私たちが退室しようとした時、後ろから「ううっ……」と悲しげな声が聞こえてきた気がするのは、気のせいだろうか。
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カランカラン
王都工房の扉を開けると、来客を知らせるベルが鳴り、
「––––はい、いらっしゃいま…………お、お嬢さまっ! ご無沙汰しております!!」
気持ちのいい挨拶とともに、かつてこの工房の事務を一人で切りまわしていた青年が奥から飛び出して来た。
「ふふっ。最後に会ってからまだ一ヶ月しか経ってないじゃないですか。ローランド工房長」
私が笑うと、ダンカンの跡を継いだ若き工房長は頭をかいて苦笑する。
「最近は新しく始めることが多くて、一ヶ月前のことでもずっと昔のように思えてしまうんですよ」
「たしかに。この半年で色々始めたものね」
三ヶ月前の写真館の開店を皮切りに、王都工房では生活魔導具の改良を始めたり、魔導武具の生産を始めたり、写真館の一画を使った魔導具販売店の開店準備を始めたりと、新たな取り組みを始めていた。
「魔導具の改良は順調?」
「はいっ。みんな張り切っちゃって、なかなか話がまとまらないのが玉に瑕ですが……。でも、一度決まるとそこからは速いです。来月には試作品をお見せできると思いますよ」
「それは楽しみね! 販売店の準備は?」
「先日やっと店舗の改装が始まりまして、今は新しい従業員に接客の教育を始めています」
「そっか。次のお店は既存の魔導具のお店とはがらっと雰囲気が変わるし、従業員教育にも時間がかかるわよね」
うん、うんと頷く私。
その時、後ろから何やら恨めしげな声が聞こえてきた。
「なあ、レティ。ひょっとして僕のこと忘れてないか?」
「ま、まさか! そんなことないわ」
私は慌ててテオを振り返る。
……うん、ごめん。
実はちょっと忘れてた。
「さあ、それじゃあ、うちの自慢の工房を案内するわ!」
「わー、たのしみだなーー」
そう言ったテオの笑顔が微妙に生温かったのは、たぶん気のせいに違いない。
うん。
☆
一ヶ月ぶりに顔を見る王都工房の仲間たちに声をかけながら、テオを案内する。
(それにしても、人が増えたわね)
前回来たときも三人ほど新しい人が研修を受けていたけれど、今回はさらに人が増えていて、元々の王都工房の倍くらいの人数になっているようだった。
「結構たくさん人がいるんだな」
「この半年で頑張って人を増やしたから。魔導ライフルはオウルアイズの本工房で量産を始めてるけど、その分、他の魔導具はできるだけこちらで作ることにしたの。本音を言えば、まだまだ人が足りないわ」
「この工房では何を作ってるんだ?」
「魔導剣と魔法剣、それに生活魔導具、かな」
「生活魔導具?」
「うん。ひねるとお湯や水が出てくる蛇口とか、薪を燃やさなくても火がでるコンロとか」
「そんなものまであるのかよ?!」
「作ったのは、私のひいおじいさまだけどね。魔石の消費が激しすぎて一部の上級貴族や大商人にしか売れなかったものを、今、この工房で改良しようとしてるの」
要するに、省エネ設計に取り組んでいる。
私が知っている日本の省エネ技術の考え方をみんなに話して、そこから使えそうなアイデアを考えてもらっているのだ。
「そっか。君の一族は代々魔導具づくりを生業にしてきたって聞いてたけど、昔からそこまでのものを作ってたんだな」
「そうよ。売れたかどうかはともかくとして、うちの家門はいつも魔導具の新しい時代を切り拓いてきたわ。だからエインズワースの名は、私の誇りなの!」
私が胸を張ると、テオは「なるほどな」と笑って、なにやら眩しそうにこちらを見たのだった。
☆
そうして王都工房を見学した私たち。
二階の会議室でローランド工房長への質疑応答の場を持った私たちは、再び馬車に乗り王都の中央広場に向かった。
「次はどこに行くんだっけ?」
「『写真館』よ」
向かいに座ったテオの質問に私が答えると、彼は「シャシン?」と首を傾げる。
「見た方が早いのだけど……。簡単に説明すると『写真』は風景や人の姿を記録して、薄い金属板に転写したものよ。写真館はその写真を撮影––––記録したり、記録した画像の転写を請け負うお店ね」
「…………うん。さっぱり分かんないな」
テオの返事に「だから言ったのに」とため息を吐く。
「まあ、見れば分かるわ。『百聞は一見にしかず』ってね」
「なんだそれ?」
「『見て驚きなさい』ってことよ」
私の言葉に噴き出すテオ。
「ふふっ。レティらしいな」
「どういう意味よ?」
「『期待してる』って意味だよ」
「もうっ」
そんな感じで私たちは、久しぶりに笑い合ったのだった。
☆
馬車は工房街から商業街を通って中央広場へ。
そして広場に面した一軒のお店の前に停まった。
「レティ、手を」
先に馬車を降りて、次に降りる私に手を差し出す小さな紳士。
「ありがと。テオ」
気恥ずかしげに顔を赤くしてそんなことをする彼に、思わず笑みがもれてしまう。
歩道に降り立った私は、店の前まで歩いて行くと、今度は私がテオに自慢のお店を紹介した。
「さあ、これがうちの『写真館』よ」
建物を見上げたテオはひと言。
「宝石店?」
と呟いて首を傾げたのだった。