第85話 ブレイクスルー
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オウルアイズ新領の常備戦力を半分に縮小する。
私が口にした案に、一瞬皆目を丸くし、その次になんとも言えない空気が漂った。
『それは無茶だろう』と思いながら、私の発言ということでないがしろにもできず、どう反応するか困っている。––––そんな空気。
その様子を見て先陣を切ったのは、お父さまだった。
「ごほん。あー、レティ? 兵力を削減するのはまあ分かるんだが、さすがに半減というのは難しいと思うぞ」
私に嫌われるのを恐れてか、言葉を選ぶお父さま。
私はそんな父を一暼して問う。
「なぜです?」
「いきなり兵力を半減させれば、公国から見れば弱体化に見えるだろう。敵はそれに乗じて侵攻をかけてくるかもしれん。その時果たして、半分になった兵力で立ち向かえるかどうか……。また、陛下や元老院からも突き上げられるだろう」
たしかに。
お父さまの言い分も分かる。
ただ半減させるだけでは、侵攻のリスクが上がり、国に対しても説明できない。
でも、だからといってこのままにしておく訳にもいかない。
財政が破綻してしまえば、それこそ戦力を維持することができなくなるのだから。
では、どうするか。
私はできるだけはっきりした声で、その言葉を口にした。
「『戦力』の定義を変える必要があります」
「「!!」」
皆の視線が私に集中する。
私は続けた。
「これまでの戦力の定義は『常備戦力が何百人』という考え方でした。これは剣と槍、弓と魔法を扱うプロの兵士や冒険者でなければ、戦力として役に立たなかったからです」
お父さまや騎士団長など数名が頷き、残りは思案するような顔をしている。
「ですがこの常識は、私たちが量産しようとしている魔導ライフルによって大きく変わります。射撃訓練に必要な期間は数週間。これを集中運用することで、普段は別の職業に就く者によって構成された部隊が、歴戦の戦士たちを打ち破ることが可能になるのです」
ましてや、装弾数三十発、十五連発が可能なライフルだ。
適切な場所で適切な運用さえできれば、数倍の敵を相手にすることも可能だろう。
そこでお父さまが口を開いた。
「確かに、あの武器にはそれだけの威力と射程がある。だからこそ国も量産を急がせようとしているのだろう。––––だが、普通の領民が付け焼き刃の訓練をしたところで、本当に戦力になるんだろうか?」
お父さまの懸念はもっともだ。
そして私は、その答えを持っている。
地球では、イスラエルやスイスが国民皆兵の国だった。
スイスの各家庭には小さな武器庫があり、アサルトライフルを常備しているという話を聞いたことがある。
また軍事大国の侵攻を受けた中堅国が、成人男子のほとんどを動員して……それこそ板金工のおじさんや弁護士さんまでもが戦車や自走対空砲に乗って戦い、侵略者を押し返した例もある。
結論から言えば、『適切な武器と制度を用意すれば、十分に戦力になる』。
だけどこの場で地球の例を持ち出す訳にもいかないし…………少し違った方法で皆を説得した方が良いかもしれない。
「お父さま。私、一度試してみようかと思うのですが」
私の言葉に、お父さまが首を傾げる。
「試すとは、何を試すんだい?」
「エインズワース領の街か村で、まずは一箇所、領民による郷土防衛組織を作ってみようかと思うのです」
「ふむ……。それがつまり『領民の部隊』ということかい?」
「その元になる組織、でしょうか。領兵隊の中にいきなり領民の部隊を作るのではなく、災害や火事、そして戦争などが起こった際に住民の避難誘導や初期対処を行う、郷土防衛の枠組みを作ろうと思うのです」
イメージしているのは、消防団。
まずは『自分たちの街や村を、自分たちで守る』という枠組みを作りたい。
兵士は敵と戦い国を守ってくれるけれど、戦地の住民を守る余裕はない。
民を守るには、そのための組織が必要だ。
私は続けた。
「正直なところ、公国が先日王城を襲った竜操士の部隊をまとまった数で投入してくれば、従来型の兵力が千人いようが二千人いようが、あまり違いはありません。あれに襲撃されれば、砦や城塞ですら僅かな時間で瓦礫の山になってしまうでしょう」
私の言葉に、皆息を呑む。
先日の事件で王城の一部が吹き飛んだことは、すでに新聞によって広く知られている。
その場にいたグレアム兄さまやお父さまであれば、その脅威は体感として理解しているはずだ。
そう。
問題は兵力をどれだけ維持するかではない。
私たちの前に現れた新たな脅威に、どう対抗するかだ。
「私たちに必要なのは、敵の動きを察知する監視網。竜操士に対抗できる兵器とそれを運用する兵士。それに住民の避難誘導ができる地域防衛組織です。従来型の敵戦力に対しては、魔導ライフルで十分対抗できるでしょうし、後方からの兵力移動でこれを補うこともできます」
「後方からの兵力移動? つまり、エインズワース領の兵力を新領に移動するということか?」
お父さまの問いに、ヒューバート兄さまが反応する。
「迅速な移動は難しいでしょう。領都間は馬車で二日の距離です。徒歩ならばその三倍はかかると見た方が良い」
そこに、グレアム兄さまが付け加える。
「王都からだと、徒歩で二十日の距離だね。国境から新領の領都までは徒歩で六日だから、二週間の間は新領と伯爵領の戦力だけで敵の攻撃を凌がなければならない」
皆の視線が、再び私に集中する。
私は、正面のグレアム兄さまを見つめて言った。
「もしその移動日数が、『十分の一になる』としたらどうでしょうか?」
「王都から新領まで二日で移動できる、と?」
兄の問いに、私は頷いた。
『困った』という顔をする兄。
「兵士全員が飛行靴を装備して連続飛行できれば可能だろうが……そうはできないだろう」
たしかに、それに近いことをできるのは、うちの家族やテオのような魔力持ちだけだろう。
でも今回私は、違う方法を考えている。
これは一ヶ月前、港湾都市マーマルディアへの行き帰りの時に決心したことだ。
「鉄道を敷きます」
「鉄道?」
聞き慣れない言葉に、皆の頭の上にハテナマークが浮かぶ。
「はい。坑道で鉱物の運搬などに使っているトロッコを大型化したものを思い浮かべて下さい。二本のレールで街と街を結び、その上を客車や貨物列車を走らせる––––都市の間を結ぶ高速輸送網を整備します!」
ドヤ顔で言い切る私。
目をぱちくりさせる周囲の人々。
「ちょ、ちょっと待って。レティ」
ヒューバート兄さまが頭を抱えながら私を止める。
「大型のトロッコって、ひょっとして馬に引かせるのかい? 確かに馬車よりはいくらか早く走れるだろうけど……それでも、二割も早く走れれば良い方だと思うよ」
「鉄道馬車ですね。それも良いとは思いますが、仰る通り、馬はそこまで早く走れませんし、一度に多くの車両を引くこともできないですね」
私があっけらかんとそう言うと、今度はグレアム兄さまが尋ねてきた。
「それじゃあ、一体どうやって車両を動かすつもりなんだい?」
私は傍らに立つアンナを振り返る。
「アンナ。例の絵を貼ってくれる?」
「かしこまりました。お嬢さま!」
私の侍女は元気よく応えると、つかつかと掲示板のところへ歩いていき、私が渡しておいたイメージ図を貼り出した。
「お父さま、お兄さま。これが私の答えです。何両もの客車や貨物列車を一度に引き、高速かつ大量輸送を可能にする車両……魔導機関車といいます!」
「「おお……!!」」
その場にいるアンナとソフィアと私以外の全員が、感嘆の声をあげた。