第83話 試作から量産装置へ、そして幹部召集!
「……57、58、59、停止」
懐中時計を見ながら秒数をカウントしていたゴドウィン工房長は、ぴったり一分でレバーを戻し、魔力供給を停止する。
続いて主軸の回転を停止し、スライム粘液を排液。
水の流路を開いて、配管とスライム粘液槽を洗浄した。
生きているスライムやスライム粘液には、腐食性がある。
使い終わったら、即洗浄。
それがこの素材を扱う鉄則だ。
最終的には加熱して蒸発させるか、樹脂化して燃やして廃棄する。
そうこうしているうちに片付けが終わり、師匠が私を振り返った。
「取り出すぞ」
「はいっ」
師匠の言葉に、好奇心がうずく。
ご先祖さまの研究を引き継いで完成させた魔石安定化装置。
果たして私は、うまくやれただろうか?
ドキドキしながら見守る私の前で、師匠が上蓋を開け、容器に手を入れる。
そうして取り出された魔石を見た私は––––
「––––っっ!!」
思わずその場でガッツポーズした。
漏れ出す青い光。
ひと目見て分かった。
これは…………
「『良い』ですね」
私の言葉にゴドウィン工房長は口角を上げると、取り出した魔石を私に手渡した。
伝わってくる穏やかな波長。
偏在が解消され、石全体に均一に広がる魔力。
「ベテラン職人の手によるものには劣りますが、十分出荷できるレベルです」
「ああ。初品にしちゃあ上出来だ」
珍しく満足げに頷く師匠。
私はあらためて、私たちが作った魔石安定化装置を眺めた。
「品質としてはこれだけのものが出来れば十分です。あとは……消費魔石と生産性、それに消耗品の問題ですね」
この装置を動かすために、中型魔石を二つ使っている。
その魔石がどれだけ『保つ』のか。
ないとは思うけれど、二つの中型魔石を使って二つの魔石しか加工できなければ、この装置を使う意味はない。
また先ほどの説明の通り、スライム粘液には腐食性がある。
使用後に水を流して洗浄するとしても、タンクや配管、それに容器は消耗品と考えた方が良いだろう。
粘液自体のコストだけ考えても、単発で動かすのは割に合わない。
「同じ段取りのまま連続運転したいですし、できれば四個取りくらいで同時加工できるようにしたいところですね」
そう言って笑顔を向けると、師匠の顔が引き攣った。
「加工時間の違いによる品質変化の確認はもう小型魔石で始めちゃいるが……。まさかこの年寄りに、すぐに量産装置の設計にかかれ、なんてこたあ言わねえよな?」
疲れた顔を向けるお師匠さまに、私は笑顔で返す。
「さすがお師匠さま! 弟子が言いだすことはなんでもお見通しですねっ!!」
「ぐふ……」
お師匠さまは白目を剥いた。
☆
それから二週間。
私たちは予定を変更してオウルアイズに留まることになった。
本来の予定ではこのまま王都に戻るはずだったのだけど、お父さまと私の……いや、家門全体の動きが変わったのだ。
きっかけは、エインズワース領からの一通の魔導通信。
発信者は、ソフィアだった。
『引き継ぎ完了。家門会議の開催を求む』
なんとまあ、相変わらず仕事が速い!
一ヶ月はかかると思われた引き継ぎ作業を、ソフィアはわずか二週間足らずで完了してしまった。
この知らせを受け取った私はすぐにお父さまに相談し、オウルアイズの屋敷で家門会議を開催することが決定。
早速、各地に設置した魔導通信機を使い、親族と騎士団幹部、それに工房の責任者に召集をかけたのだった。
☆
家門会議当日。
オウルアイズのお屋敷の大ホールにはテーブルとイスが多数運び込まれ、ロの字形に会場が設営されていた。
集まった家門の幹部は、十五人あまり。
こうして見るとなかなかの人数だ。
「グレアム兄さま、ヒューバート兄さま。お忙しいでしょうに、お呼びだてして申し訳ありません」
私が謝ると、二ヶ月ぶりに顔を見ることができた二人の兄は破顔した。
「ここのところ働き詰めだったからな。休暇をとるには良いタイミングだ」
上の兄がそう言うと、下の兄も、
「学園でも家門の召集は休暇取得の条件に含まれてるから、僕の方も気にしなくて良いよ」
相変わらず二人の兄は優しい。
その後ろでは、二人の工房長が話している。
「じいさん、あんたなんか疲れてねえか? 」
王都工房のダンカン工房長が怪訝そうに問うと、お師匠さまがギロリと相手を睨んだ。
「……やかましい」
「いや、本当に。死相が出てるぜ、おい」
「やかましい、つっとるだろうが。この歳で二週間も根詰めて仕事してりゃ息切れもするわっ」
言い返したお師匠さまに、さらに首を傾げるダンカン。
「『根詰めて』って……オウルアイズ工房長のアンタが何をそんなに頑張るんだ? 王都工房と違って職人の数も揃ってるんだし、デンと構えて座ってりゃいいじゃねえか」
「はあ」
ため息とともに、こちらを見るゴドウィン工房長。
つられてダンカンもこちらを見る。
「––––ああ、なるほど」
途端に、何かを察したような顔になる王都工房長。
彼は気の毒そうに、ポン、ポン、と師匠の肩を叩いた。
「ああ見えて、熱中すると途端に人づかいが荒くなるよなあ」
その様子に、思わず私は抗議する。
「ちょっと、二人とも! 本人を前に、人を無慈悲な暴君みたいな目で見ないでくれます?」
私の言葉に、あらためてまじまじとこちらを見る二人の工房長。
そして––––
「「はあ…………」」
盛大なため息を吐かれてしまった。
カランカラン––––
執事のブランドンがハンドベルを鳴らす。
お父さまが皆を見回して言った。
「家門会議を始める。皆、席につくように」
そして、数年ぶりの家門会議が始まった。