第81話 『魔力収束弾連続発射モード』
ココとメルは、ゴブリンメイジが放った火球の爆発から私たちを守りきった。
飛竜のそれに比べれば数段劣る火球。
それでも直撃すれば大けがは免れなかっただろう。
風が煙を吹き飛ばす。
目の前がクリアになった瞬間、お父さまが構えた魔導ライフルの銃口に魔力収束弾の白い光が煌めいた。
「……あそこか」
呟きとともに加速魔法陣が展開され、地上に向かって光の矢が放たれる。
ドォンッ!!
地上で爆発が起こり、数体のゴブリンが吹き飛んだ。
お父さまが号令をかける。
「打合せ通りだ。攻撃開始!」
「「はいっ!!」」
私たちが返事した時、お父さまは既にライフルを構え急降下を始めていた。
そして、降下しながら二射目を放つ。
炸裂する光弾。
仲間が吹き飛ばされ、恐慌状態に陥るゴブリンの群れ。
私はライフルを構えながら、傍らのアンナに指示を出す。
「ゴブリンメイジを見つけたらすぐに教えて」
「はいっ!」
強力なゴブリンの矢もこの高さまでは届かない。
だけど先ほどの攻撃で、魔法攻撃であればここまで届くことがわかった。
魔力が篭った攻撃であれば、一応ココとメルの『自動防御』で防ぐことができる。
けれど、多方向から連続攻撃を受けた場合、魔法防御の展開が追いつかなくなる可能性があった。
脅威度が高いゴブリンメイジは、優先的に排除するべきだろう。
タンッ!
タンッ!
アンナが発砲を始める。
その発砲音を聞きながら、私はセレクタを『3』の位置に合わせた。
銃口をゴブリンの棲家に向ける。
そして、引き金を引いた。
シュー –––– ダンッ! ダンッ! ダンッ! ダンッ! ダンッ!!
銃口の先に浮かんだ加速魔法陣が、次々と生成されるビー玉ほどの魔力収束弾を、立て続けに加速し撃ち出してゆく。
そして––––
ドカッ! ドカッ! ドカッ! ドカッ! ドカンッ!!
地上で炸裂する魔力収束弾。
連射された五発の弾はゴブリンの棲家に続け様に着弾し、その生息地を多数のゴブリンごと面で爆破した。
「––––っ」
引き金を戻し、戦果を確認する。
直径十五メートル、バスケットボールのコート半分ほどの範囲にあった四つの塚が全壊、または半壊し、十匹以上のゴブリンが吹き飛んでいた。
だけど巣全体で見れば、五分の一も塚を壊せていないし、ゴブリンも残された塚からまだまだ湧き続けている。
「––––悪くはない、か」
新機能の初撃の戦果に、少しだけ物足りなさを感じる私。
まあ、仕方ない。
結果は結果。
目の前の現実を受け入れられない者に、進歩はない。
王城での飛竜戦後、私が1号試作品を改造して追加した新しい機能。
『魔力収束弾連続発射モード』。
秒間1.5発程度で連射されるその光弾は、初速・威力こそ『多重加速モード』に劣るものの、引き金を引き続けることで、五発の魔力収束弾を連射できる。
なぜ五発までかと言うと––––
「『魔力安定化』」
私の言葉に、ココとメルが私を挟んで魔力の膜を張り、私の乱れた魔力を安定化させる。
少しだけ感じ始めていた嘔吐感が、すっきりと治まっていった。
要するに、魔力酔いである。
試射の段階では、十五発が限界だった。
そのため余裕を見て、五発で連射が止まるように設計変更したのだ。
今撃った感じだと、集中力を保つなら二連射ごとに魔力安定化を行った方が良いだろう。
その時、アンナが叫んだ。
「メイジですっ!」
私はすぐに彼女が指差す方向に銃口を向け、再び引き金を引いた。
☆
「戦い方を考えねばならんな」
帰りの途上、斜め前を飛んでいたお父さまが呟いた。
「かなりの数を取り逃がしてしまいましたね」
私の言葉に頷く父。
「地上からの討伐では、重武装で時間をかけてやり合うからな。こちらに被害も出るが、さっきのように敵が一斉に逃げ出すこともない」
そう。
あの後すぐ、ゴブリンたちは空からの圧倒的な攻撃に恐慌状態に陥り、突然散り散りになって逃げだしたのだ。
森に逃げ込まれてしまえば、空にいる私たちになすすべはない。
一応、塚は全て潰したけれど、地上にいた多くのゴブリンを取り逃がしてしまった。
「課題が山積みですね」
はあ、とため息を吐いた私に、お父さまが隣に寄って来た。
「とりあえず今日は、課題が見つかったということでよしとしよう。新兵器を使った初めての威力偵察だ。課題が明確になり、無傷で帰ることができるのだから、それで十分だよ」
そう言って、ぽんぽんと私の肩をたたく父。
その手のぬくもりに、なんだか元気が湧いてくる。
「私、頑張りますっ!」
ぎゅっとこぶしを握った私を見て、父と侍女が微笑んだ。
☆
三日後。
エインズワース領での視察を終えた私たちは、さらに西進し、旧西グラシメント王領……お父さまが新たに領主となったオウルアイズ新領に入っていた。
「これは、まさに城塞都市ね」
高い市壁を持つ、領都ファルグラシムの市門を通過した私たちは、その街の威容にいささか圧倒されていた。
「噂には聞いていましたが、本当に兵士が多いですね。……ちょっと息苦しい感じがします」
窓から街の様子を眺めてアンナがそんな感想を口にする。
「同感ね。まあ、この街は旧王国時代からの対公国防衛拠点だし、さもありなん、というところかしら」
もしここにソフィアが同乗していたのなら、興味深いうんちくなどを聞くことができたのだろう。
だけど残念ながら、今ここに彼女はいない。
エインズワース領に残って、ミオダイン子爵から仕事の引き継ぎを受けているのだ。
あれを私自身がやらなければならなかったと思うとぞっとする。
本当に、ソフィアが来てくれてよかった。
でもソフィアの助けの分を差し引いても、今の私にはやらなければならないことが山積みだ。
授爵式の時点では、『田舎でのんびり魔導具づくり』というイメージを持っていたけれど、あれは甘過ぎる夢だった。
「竜操士対策も、一刻を争うわよね……」
私は目の前に建つレンガ積みの巨大な要塞を遠目で眺めながら、ため息まじりに呟いたのだった。
☆
オウルアイズ新領を訪れて十日後。
東西グラシメント地方を視察した私たちは、再びオウルアイズ本領に戻って来ていた。
「おかえりなさい、お嬢さま。ゴドウィン工房長から『お嬢さまが戻られたら、ぜひ工房に顔を出して欲しい』との伝言を預かっております」
オウルアイズの屋敷に戻ると、執事のブランドンが開口一番にそんなことを伝えてきた。
「ぜひ? ––––お師匠さまが、本当にそんな風に言ったの???」
師匠にしては『らしくない』言葉に、思わず聞き返す。
するとブランドンは微笑を浮かべ、こんなことを言った。
「はい、たしかに。なんでも『歴史的な大発明』とのことで、私も長いことここで仕えさせて頂いておりますが、彼があれほど興奮しているのは初めて見ました」
その話を聞いた私は––––
「ちょっと行ってきますっ!!」
ブンッ
「あっ、待ってください、お嬢さま!!」
飛行靴で空に駆け上がった。