第80話 魔物の巣
☆
エインズワース領の視察三日目。
前日、『自分の領地に、魔導具工房が一軒もない』という衝撃の事実をつきつけられた私。
しばし茫然としたけれど、現状は嘆いても変わらない。
「既存の魔導具工房がないなら、もう、自分の好きにやるまでよ!」
––––と空元気を出して、なんとか気を取り直すことにした。
『街のどこに工房を構えるのか』とか。
『ただでさえエインズワース工房は人手不足なのに、どうやって人を確保しよう』とか。
色々あるけれど、とりあえず考えるのを後まわしにしたわけだ。
「お父さま、準備はいかがですか?」
私の問いに、飛行靴の量産試作品を履き終わったお父さまが顔を上げた。
「待たせた。いつでも行けるぞ」
そう言って、馬車の座席に置いてあった魔導ライフルの2号試作品を背負い直す。
私たちはこの日、プリグラシムの街にほど近い、小さな村にやって来ていた。
目的の一つは、領都以外の集落の視察。
そして、もう一つの目的は––––
「それでは、うわさの魔物の棲家に出発しましょう」
我が領最大の『敵』に対する威力偵察だった。
「隊形は打ち合わせ通りで問題ないか?」
「はい。お父さまが先頭。私とアンナがその後ろで、撤退時は逆の隊形で逃げるんでしたよね」
私の言葉に、父が「うむ」と頷き、アンナが「承知しました」と返して来た。
ちなみにアンナが肩からかけているのは、弾倉追加型の3号試作ライフルだ。
当然、私も1号試作品を改造したものを抱えている。
魔物の棲家に威力偵察を行うということで、三人とも飛行靴を履き、ライフルを背負っている。
けれど、実はそれぞれの装備は少しずつ異なっていた。
理由はというと––––
私は言うまでもなく、魔力おばけである。
そして私ほどではないけれど、エインズワースの血筋であるお父さまも、かなりの魔力を持っている。
一方でアンナは、新貴族の血を引くだけあって平均的な人より魔力量は多いけれど、飛行靴を自分の魔力で長時間維持したり、魔導収束弾を使えるほどじゃない。
そこで私は考えた。
『アンナに魔力が足りないなら、私があげればいいじゃない!』
つまり、そういうことである。
魔力お化けの私は、オリジナルの魔力収束弾多重加速モードを持つ『1号試作品改』と飛行靴のプロトタイプをいじったものを。
私よりも魔力が少ないお父さまには、口径を絞り出力を絞った『2号試作品』と、量産試作型の飛行靴を。
自分の魔力で魔力収束弾を使えないアンナには、いざという時には私がアンナに魔力を供給するという前提で、実体弾も使える『3号試作品』を手渡したのだ。
なお、彼女に渡してテストしてもらっていた飛行靴は、すでに安全装備モリモリに改造されているので、そのまま使ってもらう。
まさに適材適所 (?)。
こうして三挺の試作ライフルと三足の試作飛行靴は、無駄なく活用されることになった。
「うん、カンペキ」
「「???」」
心の中で自画自賛してドヤ顔した私を、二人が不思議そうに見つめたのだった。
☆
「それでは、行くぞ」
声とともに飛行靴に魔力を通すお父さま。
「「はいっ!」」
続いて私とアンナも飛行靴を起動し、三人の足元に三つの魔法陣が出現する。
それを確認したお父さまは––––
「出発!」
掛け声とともに、私たちは空に舞い上がった。
村から飛び立った私たちは、お父さまに先導され西側に広がる森に向かった。
「アンナ、大丈夫そう?」
私が隣に声をかけると、
「はい。大丈夫ですっ!」
飛びながらぐっとこぶしを握ってみせる私の侍女。
どうやら、余裕らしい。
「あまり離れると魔力供給が途切れるから、できるだけ私から離れないようにしてね」
「アンナはいつもお嬢さまのそばにおりますよ」
「…………」
笑顔のアンナ。
苦笑する私。
そういう意味ではないのだけど。
––––今のは確信犯かしら?
そんなことを考えながら飛んでいると、先行するお父さまが速度を落とした。
「どうかしました?」
私の言葉に、「しぃっ」と人差し指を口に当て、前方を指差すお父さま。
その指差した先を見る。
「!」
私は思わずその場で停止した。
☆
そこには少しだけ森が開けた場所があった。
不規則に配置された、塚のような小さな盛山。
それぞれの盛山には一ヶ所だけトンネルのような穴があり、そこから緑色の二足歩行の何かが出入りし、辺りを闊歩している。
––––ゴブリン。
実物を見るのは初めての私でも、すぐにそれと分かった。
醜悪な容姿。
纏う布もなく、原始的な道具を持って蠢く怪異。
その姿に、生理的嫌悪感を覚える。
お父さまのレクチャーが頭の中で蘇った。
ゴブリンに雌はいない。
他種族の雌を拐ってきて繁殖するからだ。
そこにはもちろん、人間も含まれる。
ゴブリンは、生きているものはなんでも食べる。
それこそ、家畜も人も関係なしで。
まさに、害獣。
私たちの『敵』がそこに蠢いていた。
(「どうしますか? お父さま」)
ヒソヒソ声で話しかけると、お父さまは敵から目を離さずに返してきた。
(「お前はここから『塚』を潰しなさい。アンナは周囲の警戒を。私は奴らを飛び越えて、反対側から逃げる奴らを狩る。––––いいか?」)
(「「はい」」)
私たちが頷いた時だった。
––––ヒュンッ
お父さまの横を何かが飛び抜けた。
ギャギャッ!
ギャギャギャギャッ!!
一気に騒がしくなるゴブリンの巣。
お父さまが叫ぶ。
「気づかれた! 高度をとれ!!」
「「は、はいっ!!」」
私はアンナを連れ、慌てて上昇する。
ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!!
数秒前まで私たちがいた場所に、無数の矢が殺到した。
ゴブリンが持つ粗末な弓。
だけどそれは、私が思っていた以上に射程距離が長いものだった。
私たちは矢が届かないところまで高度をとると、あらためて魔物の巣を見た。
ギャギャギャッ! ギャギャギャギャッ!!
今や巣はゴブリンだらけだった。
そしてそれは、『塚』から無限に湧きだしてくる。
––––ブゥン
巣の一部が、赤く煌めいた。
「ゴブリンメイジがいる! 魔法が来るぞ!!」
ゴッ!!
お父さまが叫び終わる間もなく飛んでくる『火球』。
「っ!!」
私たち目がけて放たれた魔法から伝わってくる、明確な悪意。
背筋が凍るようなその感覚に、思わず体が固まる。
––––その時だった。
『レティ!!』
『しっかりしなさい!』
二つの声とともに私の鞄がパカッと開き、中からクマたちが飛び出した。
「『自動防御』!!」
クマたちの手に、魔法陣が宿る。
次の瞬間。
私たちの目の前で、火球が炸裂した。