第77話 量産のために必要なもの
「あー……やはり厳しいか?」
私の叫びに、気まずそうに尋ねてくるお父さま。
私は二人に大きく頷いた。
「全っ然っ、人手が足りません! いいですか。魔導ライフルの部品点数は五十個を超えるんです。組み立て前の部品の加工と品質検査にどれだけの人員が必要だと思われます? 魔導剣や魔導盾と同じように考えちゃダメなんですよ?!」
「む、むう……」
考え込む二人。
––––そうだ。
迂闊だった。
これまでうちの工房で量産してきた製品は、部品点数が十個未満の魔導武具ばかり。
生産管理が多少雑でも、まあなんとかなっていた。
比較的部品点数が多いものと言えば魔導コンロがあるけれど、それでもせいぜい三十個未満。
しかもあれは本体が高価でランニングコストも高いため貴族や大商人相手にしか売れず、年間生産台数はせいぜい二十台というところだ。
ある程度在庫が減ってきたところでまとめ作りするくらいなので、もちろん生産ラインなど引いていなかった。
––––以上のことを考えれば。
今のエインズワースに、魔導ライフルを年間千台も生産するノウハウは、ない。
これまで魔導ライフルの試作品は、基本的に王都工房に作ってもらった部品を私が自分で組み上げる形で作ってきた。
量産を見据えて、ダンカン工房長やヤンキー君、ジャックやおばちゃんにも組んでもらって意見をもらったけど、それはあくまでも設計と組み立ての検討の話。
量産計画については、完全にお父さまとオウルアイズの本工房に任せきりにしていた。
大体、年間三千挺なんて要求が国から出てくるとは、つゆほども思っていなかったのだ。
想定していた生産数は、せいぜい年間三百挺程度。
これは統合騎士団の正騎士の定数だ。
その程度であれば、まあ、なんとかなる。
だけど十倍の開きは、さすがに如何ともし難い。
––––さて。
どうしようか?
「お父さま」
「な、なにかな、レティ?」
私の呼びかけに、びくっ、とするお父さま。
「陛下にお願いして、なんとか年千挺まで目標生産数を引き下げてもらってください」
「いや、だが、この数は統合騎士団からの要求に対して、元老院が承認した数でだな……」
「必要であれば、私が元老院で説明します。『無理なものは無理』。––––そう言わなければ、目標達成ができないばかりか、品質不良、あげくは労働災害に繋がりかねません。先だって、王都工房への増員の件で説明しましたよね?」
「……はい」
しおしおと肩を落とすお父さま。
「次に、ゴドウィン工房長」
「な、なんだ?」
普段『お師匠さま』と呼ぶ私の変化に、引き気味の師匠。
「年千挺、月当たり九十挺の生産に必要な人員の正確な人数を割り出します。各部品について簡素化できる工程を洗い出して、生産に必要な工数を再検討して下さい」
「部品すべてについてか?」
「はい。ネジの一本に至るまですべて、です。––––あと、作業者については職人に限定しません。未経験者……例えば、引退したおじいちゃんおばあちゃんでも、場合によっては未成年の子でも、短期間の研修で特定の作業に就けるようにしたいと思います」
「は? 何言ってんだ、嬢ちゃんよ」
私の爆弾発言に目を剥くゴドウィン工房長。
「職人ってのは一朝一夕には育たねえ。そんなことは、ここまでやってきた嬢ちゃんなら百も承知だろう!!」
響きわたる怒声。
そんな師匠に、私は––––
「発想の転換が必要なんです。ゴドウィン工房長」
静かに、だがはっきりと断言した。
「なんだと?」
「同じものを大量に作る場合、生産量に直結するのはマンパワー……つまり人手です。ですが先ほどのお話の通り、職人を短期間で育てることはできませんし、熟練の職人をかき集めてくるにしても、集められる人数はたかが知れています。––––そこで、考え方を変えます」
「「?」」
首を傾げるお父さまと工房長。
私は、ぱんっ、と両手を打った。
「魔導具だからといって、全ての部品をベテランの職人が作る必要はありません。もちろん職人じゃないと作れない部品もあるでしょう。ですが、専用の金型や治工具を作ることで、未経験者でも加工したり検査したりできる部品、工程があるんじゃないでしょうか」
「……専用の金型と治工具、だと?」
先ほどの怒気に替わり、今度は戸惑いの色を浮かべるお師匠さま。
「はい。魔導具もそうですが、普通の職人は、鉄床やハンマー、鋸やノミで形を作り、ヤスリや鉋などで仕上げることがほとんどですよね? それらの工具を使えば様々な形のものを作ることができますが、使いこなすには年単位の訓練が必要です」
「その通りだ」
「ですが今回はあまりに部品点数が多く、部品形状も様々です。一つ一つの部品を職人の腕に頼って作っていたら、一体何人の職人が必要になるか分かりません」
「むう……」
唸る工房長。
そんなお師匠さまに、人さし指を立ててみせる。
「そこで、発想の転換です。つまり『特定の部品を特定の形に加工することしかできない。けれど、誰もが簡単に扱える』––––そんな専用の金型と治工具を用意すれば、経験の浅い人でも部品加工ができるのではないでしょうか?」
「むむう……」
さらに唸る工房長。
彼は眉間にしわを寄せてしばし考え込むと、やがて顔を上げた。
「嬢ちゃんが言いたいことは分かった。確かに理屈の上ではその通りだ。だが、俺たちに与えられた時間はわずか一年だ。この短期間に専用の工具を開発して千挺のライフルを作るのは、さすがに難しいんじゃねえか?」
懐疑的な見方をするお師匠さま。
そんな師匠に、私は苦笑した。
「どうせ今のままでは、年三百挺がせいぜいでしょう。それに、人を集めるのにもある程度の時間が必要です。オウルアイズ領の人口が約二万人。その内0.5%が手伝ってくれるとしても百人というところです。それ以上は王都などで広く募集をかける必要がありますから、本格的に生産を軌道に乗せられるのは半年後でしょう。そこまでの半年で生産準備を進め、残る半年で、一気に千挺を組み上げます!」
「「っ!!」」
私の宣言に、目を見開く二人。
「人を雇用するにもお金が必要ですし……この際です。お金を稼げて人材募集にも役立つ、新しい魔導具作りにチャレンジしてみましょうか」
「新しい魔導具?」
聞き返してきたお父さまに、頷く私。
「はい。ですから…………もちろん、お二人も協力して下さいますよね?」
私がにっこりと笑顔を向けると、お父さまと工房長は、微妙な顔で頷いたのだった。
☆
二日後。
私たち一行は、オウルアイズ旧領のお屋敷を出立した。
「それではお師匠さま、よろしくお願いしますね!」
馬車の窓を開けて声をかけた私に、見送りに来てくれたゴドウィン工房長が、げっそりした様子で怒鳴り返す。
「お嬢は人使いが荒すぎだ! 年寄りはもうちょっと労わるもんだ!!」
「……年寄り扱いすると怒るくせに」
「やかましいわ!!」
馬車が動き始める。
「それじゃあ、二週間後を楽しみにしてますね!」
「人のことより、自分の仕事のことを気にしやがれ! サボったら承知しねえからな!!」
「はーいっ!」
こうして私たちは、お師匠さまと私のやりとりを見て必死で笑いをこらえる使用人たちの声なき笑い声をBGMに、二つ目の目的地であるエインズワース伯爵領へと向かったのだった。
本作の書籍1巻が発売となり、一週間が経ちました。
おかげさまでいくつかの書店様の通販サイトでは品切れとなり、実店舗の方でも品切れとなっているお店が何店舗か出ているようです。
お買い上げ頂いた皆さま、本当にありがとうございます!
そしてまだ買われていない皆さま。
現在、二八乃のTwitterにて、冒頭30ページ分を『二枚の挿絵入りで』公開中です!
よかったら挿絵だけでも見てみて下さい。
アンナとの再会が泣けます。
クマたちとレティが可愛いです!
https://twitter.com/hazukiniwano/status/1668953519779610624?s=46&t=KrmWmCEpVXz3LTs5Nm6D1Q
それでは引き続き、本作をよろしくお願い致します。