第76話 本工房の大拡張と、王国の現状
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魔石鉱山であるグリモール山地の南の麓に広がる森、オウルフォレスト。
その森に食い込むように『オウルフォレストの街』があり、街の北辺にあるうちのお屋敷と工房もまた森に囲まれている。
グリモール山から流れる『リエル川』は、森と街を貫いて南へと流れ、採掘された魔石を水運で工房と街に運んでいる。
ようするに。
オウルアイズの本工房は秘密保持のため、リエル川に沿って山側に開墾した森の中に造られている、ということだ。
さて、この本工房。
元々それなりの広さはあった。
事務所と設計室、食堂などが入る『本棟』。
鉄鋼材料を精錬する『製鋼工房』。
金属加工を行う『鍛冶工房』。
魔導基板を製造する『基板工房』。
木材加工をする『木工工房』。
そして、量産の魔導具を組み立てる『組立工房』。
その他、倉庫などの建物が本棟を中心に放射状に配置され、約五十名の職人と職員が働いている。
最盛期は百名近い職人が働いていたというから、人数は半減しているけれど、とにかく元々そこそこの規模ではあったわけだ。
だが、その本工房は今、工房開設以来の大拡張に沸き立っていた。
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私の『お願い』にお師匠さまが白目を剥いたあと。
私たちは、オウルアイズ工房の北の外れ…………いや、『外れだった場所』に来ていた。
「ちょっと……。これは変わりすぎじゃない?!」
かつて森だった場所は大きく切り拓かれ、目の前をたくさんの建設作業員が行き交っている。
そして、半年前には影も形もなかったはずの平屋の建物が何棟も建てられつつあった。
これらの建屋は、国から発注された魔導ライフルを生産するための工場なのだという。
驚く私を見て、後から合流してきたお父さまが、ふっと笑った。
「工事は順調なようだな。ゴドウィン」
声をかけられた隣の工房長は、かつての弟子をじろりと一瞥し、目の前で進む工事の様子に視線を戻した。
「建屋は順調だがな。問題は職人だぞ、ブラッドよ。これだけの規模だ。百人からの人手がいる。一朝一夕じゃあ人は育たん。この二十年で辞めていった職人たちを呼び戻すことも考えるべきだな」
「うっ……」
痛いところを突かれたお父さまが、顔を歪める。
お父さまもよく分かっているのだ。
経営の失敗で人材が流出してしまったことは。
まあ、幼い頃から騎士団の派遣業を軸にした領地経営を期待されてきたお父さまに、今更『工房経営もうまくこなせなかったのか』というのは、酷な話ではあるけれども。
「大丈夫ですよ、お父さま。私も皆さんに戻って来てもらえるよう、一緒に頑張りますから!」
「––––そうか。ならば百人力だな」
私の言葉に、お父さまは微笑み頷いた。
「しかし、大変なものを作ったな、嬢ちゃん。これは国が欲しがる訳だ」
そう言って、両手で抱えた魔導ライフルの4号試作品に目を落とすゴドウィン工房長。
陛下に披露した1号試作品との一番大きな違いは、弾丸形状を球形から椎の実形に変更し、外径を九ミリから七ミリに改めたこと。(2号試作)
そして二番目と三番目の違いは、引き金の前に差し込み式の弾倉を追加し、魔石スロットを槓桿による引き出し式として最大3個の魔石をセットできるようにした点だ。(3・4号試作)
これによって魔導ライフルは銃口からではなく弾倉から直接給弾でき、撃つたびに弾込めする必要がなくなった。
また魔石の交換が必要となる最大15発まで連発することが可能になった。
ちなみに連射機能は付けてない。
使用する小型魔石では、五発撃つと魔石交換が必要になる。
ムダ撃ちは避けた方が良いし、機関銃は機関銃で近く作らなければならないから、今回はあくまで『ライフル』としての改良にとどめてある。
装弾数は三十発。
複列弾倉と呼ばれる二列交互に弾を詰める方式の弾倉で、一列に弾を詰める単列弾倉に比べて長さあたりの弾数を増やすことができる。
地球のアサルトライフルで三十発と言えばバナナ型の長い弾倉が一般的だけれど、私が作ったものはその半分ほどの長さでストレート型となっている。
理由は簡単。
私の魔導ライフルは火薬ではなく魔法で弾丸を加速する。
つまり、弾丸に薬莢がついていない。
この薬莢の太さの分、弾倉の長さを短くでき、また弾の胴体にテーパーもついていないため、ストレートの弾倉にきれいに収まるのだ。
魔石スロットを引き出し式にすることは最初から考えていたけれど、弾倉の開発までして量産用の魔導ライフルを改良・強化したのには、理由がある。
当初、回帰したばかりの私にとって、国は脅威そのものだった。
やり直し前の記憶は悪夢だったし、私は自分と家族を守るため、王陛下には火縄銃程度のものを献上しつつ、オウルアイズの騎士団と領兵隊用には機関銃や自動小銃、迫撃砲なんかを開発するつもりでいたのだ。
つまり。
『国がエインズワースを滅ぼそうとするなら、独立してやる』
そう思っていた。
だけど、今やその必要は無くなった。
回帰前に私と家族を罠に嵌めた者たちは処罰され、私は王国の最強戦力に、お父さまは陛下の『相談相手』に、グレアム兄さまは統合騎士団の副団長となった。
要するに、エインズワース家とハイエルランド王国は一蓮托生となった。
従って目下の脅威は、再侵攻を企んでいるであろうブランディシュカ公国ということになる。
王党派貴族の多くが失脚し、彼らが治めていた領地は一時的に王家の預かりとなった。
これらの領地は、三年程度の移行期間の後、この度叙爵された新貴族たちに下賜されることになっている。
現在、王国の各地に彼らが代官として派遣されているはずだ。
未来の自領を治める準備をするために。
逆に言えば、失脚した貴族たちが保有していた統治機構や騎士団は瓦解し、王国全体の戦力が大幅に落ち込んでしまっている。
公国に対する懲罰戦争が延期され、交易制限に留まっているのは、それが理由だ。
ここで公国が再侵攻してくればどうなるか。
従来戦力だけなら、私と統合騎士団、オウルアイズ騎士団でなんとか追い返せるだろう。
だけど、竜操士まで来られたらさすがに厳しい。
できるだけ早期に、王国全体の戦力の増強が必要。
家族と私自身を守るためにも。
それが、私が魔導ライフルの改良に手をつけた理由だった。
「それで、どのくらいの生産数を見込んでるんです?」
私の言葉に、お父さまが腕を組んで工事現場を睨む。
「国からは、一年以内に3,000挺の魔導ライフルの納入を求められている。これは統合騎士団と直轄軍のためのものだ。月250挺として、一日13挺は完成品が組み上がるようにしなければならん」
「なるほど…………。––––って、今、何梃ておっしゃいました?!」
「さ、3,000挺、だが?」
私の剣幕に僅かにのけぞる父。
「……お師匠さま?」
「む……なんだ?」
こちらも珍しく引き気味のゴドウィン工房長。
「本当に、百人やそこらの職人でその生産数を達成できるとお思いですか?」
「な、なかなか厳しい数だな」
目を逸らし、そんなことを言う師匠。
私は父と工房長の顔を交互に見る。
そして、天を仰いだ。
「そんなの、全っっ然、手が足りないじゃないですかあーーっっ!!」