第74話 魔石ノ記憶
☆
––––バタバタバタ、ガチャッ
「お嬢さま! どうされました?!」
私の声を聞いて駆けつけたアンナ。
私は彼女を振り返り、検査台の上の魔石を指差した。
「アンナ、これを見てみて! ……って、え???」
鞘に入った短剣を片手に、殺気立った様子で扉のところに仁王立ちする私の侍女。
彼女は私を見て、はあ、と息を吐いた。
「––––お嬢さまぁ。朝から何ですか? 私はてっきり賊でも押し入ったのかと……」
そう言って、短剣をベルトのホルダーに収める。
「あ、ごめん……」
視線を落とした私の前まで歩いてくると、膝をつき、私の頬をなでるアンナ。
「とりあえず、何事もなくてよかったです」
ほっとして泣きそうな顔をする彼女に、私は抱きついた。
「ごめんね、アンナ」
「いいんですよ。お嬢さまが無事なら、私はそれで構いません」
そう言ってアンナは、ぽん、ぽん、と私の背中を優しくたたいた。
「それで、どうされたんですか?」
彼女の問いに、私は「あっ」と声をあげる。
「ちょっとこれを見てみて」
私は侍女の手を引っ張り、検査台のところに連れて行く。
「えっと、魔石……ですか?」
「そう。それはココの中に入っている魔石よ。拡大鏡でよく見てみて。––––魔石の中に何が見える?」
言われるまま、拡大鏡をのぞくアンナ。
そして––––
「え? これは……ひょっとして、お嬢さまの肖像画ですか?!」
アンナは、拡大鏡に触れるのではないか、というほど顔を近づけて叫んだのだった。
「よく見てみて。それだけじゃないでしょう?」
私の言葉に、食い入るように魔石を見つめるアンナ。
「…………確かに。肖像画と言うには、あまりにお嬢さまご本人にそっくりですし……しかも動いてますね! ––––ひょっとしてこれは、テオ様の処置の時の光景でしょうか?」
「ああ、そんな場面も映ってるのね。さっき私が見たのは、私が飛竜に向けて魔導ライフルを撃っているところだったわ」
そう。
魔石の中では、私が過去に体験した出来事を映した無数の映像が、ゆっくりと渦を巻きながらまわっていた。
「念のため、メルの魔石も見てみましょ」
そう言って私は、ココとメルの魔石を入れ替える。
そうして拡大鏡をのぞき込んだ私は、最初に視界に入ってきた映像に息を飲んだ。
「なんで、『XKUMA-3』の動作試験が映ってるの?」
「どうかしました?」
尋ねるアンナ。
私は、
「ちょっと、ね」
と言葉を濁し、再び拡大鏡をのぞき込む。
すると既に映像が切り替わっていて、今度は私の叙爵式の様子が見えた。
「まさか……」
私は先ほどの映像を脳内で反芻する。
間違いない。
一瞬だけど、確かにあれは『あの時』の映像だった。
『XKUMA-3』。
正式名称は、自己学習型統合制御インターフェイス・テストベッド3号機。
通称『くまさん』。
ココとメルをモデルに、サイズを大人の腰の高さくらいにまで拡大したそのテディベアは、音楽に合わせておしりをふりふり振りながら、自作のダンスを披露していた。
そう。
あれは明らかに、日本のロボット開発者、宮原美月の記憶。
この世界のココとメルが、持っているはずのない記憶だった。
「…………」
「ひょっとして、これってお嬢さまが作られた新しい魔導具ですか?」
「えっ?」
この不可思議な現象について考え込んでいた私は、アンナの声に現実に引き戻される。
「違いました?」
首を傾げるアンナ。
私は首を振った。
「残念ながら違うわ。私は何もしてない。––––でもあなたにも見えるのなら、幻じゃないわよね」
そう言って、ふと、夢の中で聞いたココとメルの言葉が頭をよぎった。
『とにかく、一度俺たちのことを診てみてくれよ』
『それで《試して》みて。百聞は一見にしかず、でしょ?』
「……試してみましょう」
「なにをです???」
「夢の中でココとメルが言ってたの。『魔導回路がなくても魔法が使えるようになった。魔法を覚えた』って」
「はい???」
「五分だけちょうだい。基板を抜いて試してみるから!」
私はそう言うと、寝巻き姿のまま作業台に向かい、二人の体内から基板を取り外す作業を始めたのだった。
☆
「それじゃあ、行くわよ。––––『魔力安定化』!」
叫ぶと同時に、宙に浮かんだココとメルが青い光を放つ。
そして––––
「っ!!」
私の手のひらからクマたちに魔力が飛び、二人の間で魔力の薄膜が展開された。
「うそっ……。本当に発動した?!」
それは、まごう事なき『魔力安定化』の魔法。
私がさっき二人から取り外した魔導基板に回路が刻まれているはずの魔法だった。
私は魔力の供給を止めて魔法を停止すると、二人を手元に戻す。
「一体、どうなってるの?」
私の問いに二人が答えることはなく、ただつぶらな瞳で私を見つめている。
「回路がないのに、勝手に魔法が発動した、ということですか?」
私はアンナの問いに頷いた。
「夢の中のココとメルは『魔法を覚えた』って言ってた。二人の魔石にあれだけ色んな映像が残っていることを思えば、たしかに回路そのものを記録していても不思議じゃない。でも……」
「でも?」
「回路を記録していることと、その回路を起動できることは別だわ。魔石に記録媒体としての機能があるだけでも信じられないのに、まさか演算や制御、学習の機能があるなんてことは…………」
そう呟き、考え込む私。
しばらくして、アンナは隣で、ふぅ、と息を吐いた。
「お嬢さま。考えることも大切ですが、お顔を洗って、寝巻きを着替えて、朝ごはんを食べることも大切ですよ?」
「あ…………」
そうして私は、アンナに洗面所に連行されたのだった。
☆
朝食後。
私とアンナは、屋敷の裏手の道を進んだ先にあるオウルアイズの本工房を訪れていた。
大規模に森を切り拓いて作られたオウルアイズ本工房。
その中央には、事務所と設計室、資料室、食堂などが入る『本棟』がある。
その本棟の部屋の一室で、眼光鋭い小柄な老人が私を振り返った。
「帰るやいなや魔導具の相談たあ、相変わらずだな。嬢ちゃんよ」
その言葉に、思わず苦笑する。
「それは、お師匠さまの弟子ですから。五ヶ月ぶりに顔を合わせるんですし、たまにはかわいい弟子の相談に乗ってくれてもいいんじゃありませんか? ––––ゴドウィン工房長?」
私の言葉に、ふん、と鼻を鳴らす師匠。
「それで? そのクマの魔石がどうしたって?」
そう言って、この道六十年の大ベテランは、挑むような笑みを浮かべたのだった。