第66話 規格違いの魔石と、心の準備
☆
テオの胸に埋め込まれた蜘蛛。
王城襲撃事件で使われた発信機。
そしてオズウェル公爵が公国と連絡を取り合うのに使った魔導通信機。
その三つの魔導具を繋ぐ『線』。
それが、規格違いの中型魔石。
果たしてこれは偶然だろうか?
それらのうち二つは、ハイエルランド王家を狙う計画に使われた。
そして残る一つは、テオの家族––––エラリオン王家を脅迫するのに使われた。
思えばこの三つの魔導具は、我が国周辺の魔導技術の水準を何段階か飛び越したものだった。
そんなものを持っていた、公国と海賊。
使われた時期も近い。
それを考えると––––
「どうも、単なる偶然とは思えないのよね」
「え?」
私の独り言に、聞き返すテオ。
私は彼の胸に張りついている魔導具を指差した。
「その蜘蛛だけど……少し前にハイエルランドで起こった王城襲撃事件で犯人が使っていた魔導具と共通点があるの」
「は?!」
驚愕に目を見張る第三王子。
私は簡単に事情を説明する。
蜘蛛の魔石の大きさは、魔力感知での推定、ということにして。
「つまり、僕を襲った海賊は、公国の息がかかった連中だったってことか?!」
テオが「信じられない」という顔で叫ぶ。
私は首を横に振った。
「一概にそうとは言えないわ。その蜘蛛にしても、こちらで問題になった魔導具にしても、従来の公国の技術に比べてはるかに進んでいるもの。––––それに、公国は太西洋に面してないでしょう?」
「ああ。たしかに、あの国は北海側だな」
あごに手を当てて呟くテオ。
我が国がある北大陸は東西に長く、南東に内海、南西に太西洋、北を北海という海に囲まれている。
内海と太西洋は繋がっているけれど、北海は東から大回りして北上しなければ船で行くことはできない。
「ハイエルランドは内海に面してるけど、公国の南側にはアルディターナ王国があるから、南の海に直接アクセスすることはできないわ。そんな公国が太西洋で何かをするかしら」
アルディターナは公国の南、我が国の南西部が接する半島国家だ。
一応王政なのだけど、諸侯の力が強く王権は弱い。
古い都市国家の集合体という様相の国で、元々公国もアルディターナの一部だった歴史がある。
「むう……」
私の言葉に、テオは顔を顰めて考え込む。
しばらくして彼は、観念したように両手を上げた。
「それじゃあ一体、海賊のバックにいるのは誰なんだろうな」
「正直、私にもなんとも言えないわ。たまたま魔導具の仕入れ先が同じだったって可能性もあるし––––」
私は言いながら、ポケットから懐中時計を取り出した。
「さて。そろそろ時間ね。この話はまた明日にしましょう」
「分かった」
テオは素直に頷いた。
☆
その夜の発作で、私たちはかなりのレベルで蜘蛛が作りだす『魔力の波』を抑えることに成功した。
発作中に蜘蛛の脚に延長線を取りつける動作を試してみて「なんとかできそう」という感触も得られた。
テオからも「問題ない」という答えが返ってきたので、二人で話し合って早速翌日の昼から処置に掛かることにする。
少なくとも三本の脚を魔導金属線で延長しなければならないため、処置は二、三回に分けて行う。
それぞれが一発勝負。
万が一しくじれば、テオは回帰前と同様、重い障がいを負ってしまうだろう。
「最終的に決行するかどうかは、その時にテオが決めて。心身ともにベストの状態で臨みたいし、延期しても私はあなたが臆病だとは思わないから」
「冗談。そんな逃げ道はいらねーよ」
そう言って涼しい顔で笑うテオ。
そのこぶしは強く握られ––––震えていた。
怖くないはずがない。
それでも彼は、前に進もうとしているのだ。
それなら私は––––
「大丈夫。私も全力を尽くすわ」
そう言って片手を差し出す。
テオは一瞬きょとんとした後、その手を握り返してきた。
「ああ。よろしく頼むぜ、相棒」
そう言って笑い合ったのだった。
☆
そして、決行のときがやって来た。
その日の昼前。
私とテオは発作に備え、テオの部屋で待機していた。
テオはベッドに半身を起こし、私は傍らで蜘蛛に延長線を取付けるための準備をして待ち構える。
「な、なんか怖いな。それ」
私の右手に握られた魔導ごてを見て、顔を引きつらせるテオ。
「大丈夫よ~。痛くないし、怖くないわよ~。ふふふふふふふふ」
左手に魔導金属線、右手に魔導ごてを持って微笑む私。
「いや、まじで怖いからっ!」
テオはドン引きして後ずさる。
「んー、じゃあ、延期にする?」
「延期しないっ!」
私の問いに、声を張り上げるテオ。
「延期しないけど、その不気味な笑顔はやめろよな」
「失礼ねえ。もう処置するのやめようかしら」
「えっ? ……ちょっ、ちょっと待った!」
少しだけむくれて見せると、テオは慌てて私を制止した。
「冗談よ」
首をすくめてにやりと笑う私。
「実際、今日触るのは蜘蛛の脚だけだし、痛みもないから安心して」
「……分かってるさ。レティのこと信じてるし」
唇をとがらせ、そんなことを言うテオ。
これは、あれかしら。
古きよきツンデレかしら?
そんなことを考えていた時だった。
ゴーン、ゴーン、ゴーン……
窓の外から、正午を告げる鐘の音が響いてきた。
「ココっ、メルっ!!」
『はいよー』
『はーい』
傍らのテーブルに座っていた、クマたちが飛び上がる。
「それじゃあ、いくわよ!?」
「おうよ!!」
自らの魔力を両足に集め始めるテオ。
私は叫んだ。
「『魔力安定化』!」
そして、蜘蛛との戦いが始まった。
ちょっとしたアンケートです。
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(複数ある場合は読みたい順に並べて下さい)
①魔導具開発
②領地経営
③戦争
④恋愛
⑤その他
お時間のある方は、ぜひ。
今後とも本作をよろしくお願い致します!