第63話 修行のお時間
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「ちょっと待ってくれ。修行って、なんの修行するのさ」
私の突然の『修行する』宣言に、当惑した顔で尋ねるテオ。
私は彼の胸を指差した。
「その蜘蛛を取り外すための修行よ。昨夜色々考えたんだけど、やはりあなたの協力が必要だわ。––––成功の可能性を少しでも高めるためにね」
「それはいいけど……具体的には?」
「あなた自身が体の中の魔力をコントロールできるように訓練するの。––––蜘蛛があなたの魔力を吸い取って、戻していることは昨日話したわよね?」
「ああ。それで君が毎回、そのクマを使って暴れる魔力を抑え込んでくれてるんだよな」
ちら、と私の腰から下がっているココとメルを見るテオ。
私は彼の言葉に頷いた。
「そう。ただ、抑え込む私の魔力も大きいけど、あなた自身もかなりの魔力持ちだから、いつも完全には波を抑えられてない。実際、発作のときはまだかなりの痛みがあるでしょ」
「……そうだな」
テオは自分の手足に目を落とした。
「詳しい手順は後できちんと説明するけど、蜘蛛を取り外すために、その魔力の乱れを今以上に抑えたいのよ」
「つまり、君がやってくれてることを僕自身でできるようにする、ってことか?」
「うーん……それは難しいから『蜘蛛が吸い上げる魔力を減らす』ようにしたいの。吸い取る魔力が少なければ、戻す魔力も少なくなるし、波も低く抑えられるでしょう?」
少年は私の説明に「ああ、なるほど!」とぽん、と手を叩いた。
「でも、それと蜘蛛を取り外すのと、どういう関係があるんだ? 直接的な関係はなさそうだけど」
「蜘蛛を取り外すには、罠を発動させないようにして腹の部分から外す必要があるわ。でも、そのままでは必ず脚の部分が先に外れてしまう。さて、どうしよう、ってところだけど……」
「どうするんだ?」
「脚の部分を延長して、長くするのよ」
私が、ぴっ、と指を立てると、テオは疑わしげに首を傾げた。
「脚を延長って……そんなことできるのか?」
「できるわ」と即答する私。
「こんな形をしてるけど、この蜘蛛はれっきとした魔導具だもの。脚だって一皮剥けば、ただの魔導金属線よ」
私はドヤ顔で説明を続ける。
「脚のセンサーは、一日二回、蜘蛛が作動してる時だけは感度を落とすような仕組みになってる。そこを狙って、脚に魔導金属線を取り付けて延長するの。そうすれば、罠を発動させることなく腹の部分を先に取り外せるわ」
「……なるほど。なんとなく分かってきた」
「ミストリール線を取り付ける時には魔力量と波長を調節しながら作業をする必要があるけど、今の状態じゃテオの魔力の乱れを抑え込むのが精一杯。とてもじゃないけど同時に二つの作業はできないわ。そこで––––」
「僕自身が魔力をコントロールして、君の負担を減らす必要があるわけか」
「その通り!」
私がにこりと笑うと、テオはぽりぽりと頬をかいた。
「……分かった。修行するよ。僕の問題なのに、君にばかり負担をかける訳にはいかないしな」
「うんっ」
こうして私は、テオが自分の魔力をコントロールできるよう彼を訓練することになったのだった。
☆
魔力操作は、魔導具師と魔法使いにとって必須の技能だ。
ただその訓練方法は、家門や流派ごとに違いも多く、一般化されているとは言い難い。
中には、門外不出としている家門もあるくらいだ。
もちろん我がエインズワースにも、短期間で魔力操作を習得するための独自の方法があるわけで––––
「ねえ、レティ?」
「なあに?」
「これって、本当に必要なのか?」
目と鼻の先で顔を真っ赤にしたテオが、そんなことを言った。
「もちろんよ。さあ、今度は左手に魔力を集めてみて」
「わ、わかった」
テオが、自身の魔力を左手に集め始める。
私は、彼の手に合わせた手のひらでそれを感じ取った。
そう。
私たちは今、来客棟の中庭で向かい合って立ち、互いの両手のひらをくっつけている。
こうすることで師匠は、弟子の魔力が、体のどこに、どれだけ残っているかをはっきりと知ることができる。
そして、残っている魔力を私が動かしてやることで、魔力操作の感覚を彼に覚えてもらうのだ。
––––つまり、これがエインズワース家に代々伝わる、魔力操作修行法だった。
「うん、なかなかいい感じ。でも、まだお腹と両足に結構な量の魔力が残ってるわ」
「––––これで、どうだ?」
「もうちょっと……っと、こんな感じ」
私はくっつけた手のひらからテオの魔力を操り、右足の魔力を左手に移動させる。
「左足の方も、今私がやったのと同じようにやってみて」
「わ、わかった」
テオが魔力を動かす。
「––––どうだ?」
「うーん……もう少し、かな」
私はテオの左足に残っていた魔力を掬い上げ、彼の左手に移動する。
「––––っと。最終的にはこのくらいの魔力操作が即座にできるようになるのが目標ね」
私は手を離すと、テオに笑いかけた。
「なかなかハードルが高い目標だな……」
顔を赤くして視線を逸らしながら、そんなことを言うテオ。
「大丈夫。初日でこれだけできるようになれば上等よ。三日も続ければ、本番で通用するレベルになるでしょう」
「……その前に、僕の方がどうにかなりそうなんだが」
「ん?」
よく聴き取れず、私が首を傾げると、テオはぶんぶんと手を振って「なんでもない!」と後ずさったのだった。
☆
テオとの修行が終わり、彼と別れて自分の部屋に戻ろうとした時だった。
「お嬢さま…………」
「ひっ?!」
背後から聞こえた声に驚いて振り向くと、そこにはまるで幽霊のように、どよ〜んとした顔の私の侍女が立っていた。
「ア、アンナ?! ––––あなた、裏庭で飛行靴の練習をしてたんじゃなかったの???」
「そうなんですけど……そうじゃないんですぅ」
「はい???」
私が聞き返すと、アンナはむくれたような顔でこう言った。
「テオ様ばかりレティシア様に指導してもらって、ズルいですぅ」
いやいや。
ちょっと待って。
「だって、アンナにはここに来るまでの移動中に何度もやってあげたじゃない。それで、ひとりで練習できるレベルまで上達したでしょうに」
そう。
飛行靴のテストをしてもらうために、私は王都からの移動中、ほぼ毎日、アンナに魔力操作の修行をつけてきた。
彼女はスジがよく、もう私が教えられることがないくらいには上達していた。
あとは自分で何度もトライして、地道に精度を上げていくしかない。
「でも、まだまだ足りないんです。お嬢さまに手を触れてもらって、お嬢さまの甘い香りを嗅ぎながら、お嬢さまの可愛い言葉で指導してもらわないと、私はダメなんですっ!」
ええと……うん。
なんか、色々とだめそうなのは、分かったわ。
私は大きくため息を吐くと、アンナの手をとった。
「まったくもう……。ちょっとだけだからね?」
「お嬢さま、大好きです!」
最愛の侍女は、満面の笑みで頷いたのだった。