第62話 テオの正体と罠対策
遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
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私の言葉に引っかかり、自らが『他国の王室関係者』であることを認めてしまったテオ。
彼は手で顔を覆い「今のは反則だ」とか呟いて頭を抱えている。
記憶にある四年後の彼には『王室関係者とは、またずいぶん盛ったな』と笑って躱されてしまったのだけど––––今、目の前にいる少年は、まだそこまでの駆け引きには慣れていないようだった。
(まあ、それは置いといて––––)
私は、人差し指を口に当て、しばし考える。
メイドの訛りやファビオの言動から察するに、テオは恐らく、ハイエルランド南方に浮かぶ島国、エラリオン王国の王族だ。
今回の件でコンラート陛下から依頼を受けた後、回帰前の記憶を頼りに彼の素性を調べていた私は、最終的に一人の人物に可能性を絞り込んでいた。
テオバルド・ユール・エラリオン。
エラリオン王国の第三王子。
エラリオン王国は主島エラン島と付属の島嶼からなる島国で、その地理的条件と優れた航海術によって、古来から内海貿易の中心地として栄えてきた。
とはいえその領土は小さく、人口もハイエルランドの三分の一程度。
質の高い海軍を保持しているとはいえ、国力全体を見ればそこまで大きいとは言えない。
百年ほど前に南方大陸の覇権国に攻められ征服されそうになった際には、最も近い距離にあったハイエルランドが北から援軍を送り、共闘してこれを撃退。
以来、『陸のハイエルランド、海のエラリオン』という言葉ができるほどに、同盟国として両国は非常に深い友好関係にあった。
☆
「この飛行靴だけど……」
「え?」
私の言葉に、テオがはっとして顔を上げる。
「さっきも言ったように、まだ未完成なの。だから完成してからの話になるけど……陛下にお話しして、テオに一足だけ送れるようお願いしてみましょうか」
「本当か?!」
今までの悩みはどこへやら。
目を輝かせるテオバルド王子。
「ええ。許可が下りるか分からないけど、今回の件の報告の時に、陛下にお願いしてみるわ」
「それはぜひ……ぜひ頼む!」
目をキラキラさせながら私の手をぎゅっと握るテオ。
アンナといい、テオといい、この食いつきの良さはなんだろう?
やはり空への憧れは誰もが持つ夢なんだろうか。
……いやまあ、かくいう私もこんな靴を作っちゃってる時点で、人のことは言えないのだけど。
そんなことを考えて「はは」と引き攣り笑いをした時だった。
「では、それまでは『私だけが』この靴を使える訳ですね」
私とテオのやりとりを見ていたアンナが、なぜか『私だけが』のところを強調してそんなことを言った。
まるでテオに当てつけるかのようなその物言いに、ぎょっとして彼女を振り返る。
「!」
そこには、ゴゴゴゴゴ、という擬音がつきそうな黒いオーラを背負って微笑むアンナがいた。
「テオ様」
「なっ、なんだよ……」
怖い笑みを浮かべるアンナに、顔をこわばらせるテオ。
「レティシアお嬢さまから手をお離し下さいませ。––––失礼します」
そう言ってテオの手を掴み、私から引き離すアンナ。
「ちょっ、何をする?!」
テオが掴まれた手首をさすりながら抗議すると、アンナはすました顔でこう言った。
「相手の許しもなくレディの手を握るなんて、紳士ではありませんよ」
おお、かっこいい!
思わず最愛の侍女に惚れ直す私。
……まあ、何日か前には私もテオの手を握ってたし、このくらい構わないんだけどね。
そんなことを考えていると、今度はテオが言い返した。
「なんでお前にそんなこと言われなきゃいけないんだ?」
「私はレティシアお嬢さまの侍女兼護衛ですから。失礼な殿方からお嬢さまを守るのも、仕事のうちですわ」
「そんな、人を破廉恥男みたいな言うな!」
「あら、違いましたか?」
「ちがうっ」
「うふふふふふふふ」
バチバチと火花を散らして睨み合う二人。
「えーと……」
そんな二人を前に、どう仲裁しようか頭を抱える私。
ひょっとしてこの二人って、相性悪い?!
––––結局、アンナには裏庭で練習してもらうことにして、物理的に引き離すことでその場をおさめたのだった。
☆
その晩、私は机に向かいながら悩んでいた。
隣の製図盤に貼った紙には、例の毒蜘蛛の透視図と回路図が描かれている。
そう。
毒蜘蛛の『罠』にどう対処するかを考えていたのだ。
「まずは、『どこを攻めるか』かな」
私はあらためて毒蜘蛛の図面を見た。
蜘蛛は八本の脚と頭部、腹部の十箇所でテオの体に張りついている。
そのうち八本の脚が、接地センサー。
頭部が、テオの魔力の吸引路。
腹部が撹乱した魔力の吐出路となっていて、一番広く深くテオの体に食い込んでいた。
問題の罠はこのうち、腹部の流路の手前にある。
八本の脚センサーの内、三本以上がオフになると小型魔石一個分の魔力を一気に全放出する仕掛けになっていた。
「方法自体は、いくつか考えられるけど……」
私は思いつくまま、ノートにアイデアを書き出してゆく。
①脚を接地した状態で、腹だけ浮かせる。
→うっかり脚が先に離れれば、一巻の終わりだ。
②脚センサーに欺瞞魔力を流す。
→テオの体表の魔力から、欺瞞魔力へのスムーズな切り替えが難しい。回路を分析したところ、どうやら通常状態では魔力レベルの変動も見ているようで、大幅かつ短時間にレベルが変化した時にも罠が反応するようになっていた。
③魔導金属線で脚のセンサーを延長した上で、腹部をテオから切り離す。
→やはりこれが一番成功しそうだ。
他に、蜘蛛にドリルで穴を開けて腹部流路から魔力を逃がす流路をつくることも考えたけれど、魔導回路以外の内部構造が分からないので、これは難しいという結論に至っていた。
「③の方法を採用するとして…………問題は、延長ケーブルの取り付けをどうするかよね」
前述したように、罠は短時間の魔力レベルの変化にも反応する。
②ほどではないにしろ、延長ケーブルの取り付けと再接地の際のレベル変化でスイッチがオンになる可能性もないとは言えなかった。
「––––となると、やっぱり非定常の時を狙って、直接レベルをコントロールしながらやるしかない、か」
私は机に倒れこみ、はあ……と大きくため息を吐いたのだった。
☆
さらに翌日。
テオと一緒に食堂で朝食をとった私は、食べ終わるや彼の前に立ち、宣言した。
「ねえ、テオ」
「ん? どうかした?」
「今日から一緒に『修行』するわよ!」
「はい???」
友好国の王子は、私の言葉に大きく首を傾げたのだった。
いつもご愛読頂きありがとうございます。
以下、別作品になりますが、少し紹介させて下さい。
1/5より拙作『くたびれ中年と星詠みの少女 「加護なし」と笑われたオッサンですが、実は最強の魔導具使いでした』のコミカライズ連載がスタートしました!
著者は大槻俊也先生です。
小難しい原作を、読みやすく、より面白く、描いて下さっているので、ぜひ読んでみて下さい。
《ComicWalker》
https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_CW01203602010000_68/
《ニコニコ漫画》
https://sp.seiga.nicovideo.jp/comic/61489
どうぞよろしくお願い致します。