第60話 ボーイ・ミーツ・ガール
「『これ』を外すことはできるのか?」
涙を拭い気を取り直したテオは、私の顔を見てあらためてそう尋ねた。
その問いに、頷く私。
「外すことはできるでしょう。ただ、それを作った者の意図を考えれば、無理に外せば何らかの罠が発動することが考えられます」
「罠?」
「はい。爆発したり、より強力な魔力攻撃……命に関わるような攻撃が発動したりといったことです」
「っ……!」
息を呑むテオ。
「安全に外すには、内部にある魔導回路を調べる必要があります。そしてもし罠があるならば、対策をとらなければなりません」
「内部って……カバー自体に罠があれば、フタを開けた瞬間に爆発するんじゃないか?」
私はこちらを見つめるテオの顔をまじまじと見た。
年齢にしてはとても頭がいい子らしい。
記憶にある4年後の彼も頭の回転が速い人だったけど、今の彼を見れば『さもありなん』といったところか。
私は彼の言葉に頷いた。
「そうですね。その可能性は十分あります。ですから分解せずに調べるんです」
「? フタを開けないと中身は分からないだろ」
怪訝そうな顔をする少年に、私は苦笑して少しだけ顔を近づける。
「分かりますよ。––––こうするんです」
そう言って、彼の胸に張りついた魔導具に、寝巻きごしに左手を乗せた。
「なっ、なにするんだ?!」
顔を真っ赤にして怒るテオ。
「ですから、こうやって内部の魔導回路を調べるんです。手のひらから微小な魔力の流れや変化を読み取ることで、内部でどのような回路が組まれているのかが分かります。––––もっとも、対象の魔導具が作動している状態でなければ使えない『技』ですけどね」
「わ、わかったから、その手をどけてくれっ」
「?」
私が左手をどけると、テオはすぐに布団を引き寄せ、胸元を隠してしまった。
「…………」
顔を真っ赤にしてこちらを睨むテオ。
(そんなに怒らなくても……)
一瞬そう思った私だけれど、すぐに考えなおす。
(ひょっとして、この時期の彼は潔癖症気味だったのかしら? ––––だとしたら、悪いことをしたわ)
私はテオに謝った。
「予告もなく勝手に触れてごめんなさい。そんなに触れられるのが嫌だとは思わなくて……」
「は?」
「でもこれを引き剥がすには、発作のタイミングでこうして回路を調べる必要があるんです。不快だとは思いますが我慢して頂けませんか?」
私のお願いに、片手で自分の顔を覆うテオ。
「……そこじゃないだろ」
「はい?」
ぼそりと呟いた彼に聞き返すと、テオはわずかに首をすくめた。
「別に、イヤじゃない」
不機嫌そうにそう答えるテオ。
「触れても大丈夫ですか?」
私の問いに、ややあって頷く少年。
「この蜘蛛に取り憑かれてから、皆が僕を忌み嫌ってきた。呪術師やら魔法使いやらにも匙を投げられたんだ。恐れずにちゃんと向き合ってくれたのは、君だけだ」
テオはそう言うと顔を上げ、私を見た。
「あらためて君に頼む。––––どうか、これを取り去って欲しい。それで僕がケガをしたり死んだりしても、責任は問わないから」
真摯な瞳。
その瞳に、私は笑顔で頷いた。
「もちろんです。私はそのために来たんですから」
私の言葉に、頬をゆるめるテオ。
「ありがとう。どうかよろしく頼む。ええと––––」
「レティシア・エインズワースです。『レティ』とお呼びください」
「わかったよ、レティ。なら僕のことは『テオ』と呼んで欲しい」
「はい。––––テオさま」
「『さま』はいらないよ。あと、敬語も使わなくていい」
「でも…………」
戸惑う私に、彼は再び言った。
「その……友人のように話してくれないか」
そう言って、不安げに視線を彷徨わせる少年。
わずかな逡巡のあと、私は折れた。
「わかったわ、テオ。これからよろしくね」
「ああ、ああ! こちらこそよろしく頼む!」
テオはそう言って嬉しそうに笑ったのだった。
☆
それから三日間。
私たちは二人で蜘蛛と戦っていた。
発作が起こるのは、正午と深夜0時。
私はその時間が近づくとテオの部屋へ行き、発作が始まるやココとメルで魔力を安定化。
そうして魔力の波を抑え込んでいる間に毒蜘蛛の回路を調べる、ということを繰り返した。
そして四日目。
ついに私は問題の回路を特定した。
それは最下層の第三層にあって、小型の魔石と直結した回路だった。
起動スイッチは二つ。
引き剥がされた時にONになるスイッチと、解体によりONになるスイッチ。
引き剥がしを検知するセンサーは蜘蛛の脚の部分で、八本の脚で人体表面の魔力を検知し、その内三本以上の脚からの魔力入力がなくなった瞬間、直結した魔石の魔力を一気に放出する仕掛けになっていた。
解体のスイッチは同様に、表面カバーの接続部分の導通をモニターしていた。
つまり、私が知っている不幸な未来に続く罠も、テオが予想した悪意ある罠も、両方がきちんと用意されていた訳だ。
「ざっと説明すると、こんなところね」
客室棟の中庭に置いた製図盤。
そこに貼った紙にポンチ絵を描きながら『罠』について説明した私は、ベンチに座って絵を睨んでいるテオの顔を見た。
彼は眉間に皺を寄せ、「う〜ん」と唸っている。
「分かりづらかった?」
私が尋ねると、テオは難しい顔のまま首を横に振る。
「いや、すごく分かりやすかったよ。だけどさ……」
「だけど?」
「仕組みは分かったとして、どう対処すればいいのかと思って」
「そこなんだよね……」
私がテオと同じように腕組みをし、製図盤を睨んだときだった。
「ちょっ、これっ、バランスがっ、とれないぃいいいいいいっ?!」
聞き覚えのある声とともに何かがものすごい勢いで頭上を通過し––––
バサッ、バサバサッ!!
そのまま向こうの植木に突っ込んだ。