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第57話 呪われた少年

 


 ☆



 私たちが目的地である『南の離宮』に到着したのは、お昼前のことだった。


 馬車は門を通り過ぎ、遥か先に建つ宮殿へと向かう。


「すごい眺めですね! 私、海を見るのは初めてです!!」


 馬車の窓から外を見ていたアンナが、感嘆の声をあげる。


「私もよ。それに立地も良いわ。海と街が一望できるなんて…………さすが『王家の別荘』といったところね」


 アンナのはしゃぎ振りに微笑みながら、私もあらためて外の景色を見た。




 王国最大の港湾都市マーマルディア。


 その街と海を見下ろす丘の上に位置しているのが、マーマルディア離宮。

 通称『南の離宮』だ。


 この宮殿は王家の避寒地であり、謂わば別荘なのだが、マーマルディアに来航した外国の要人を迎える迎賓館を敷地内に併設している。


 今回陛下から依頼を受けるにあたり、病に冒されているという『友人の子息』の詳細については、結局最後まで明かされなかった。


 けれど、この南の離宮に滞在しているという事実から、その『子息』が外国の要人の関係者であることは想像に難くない。




(前回この話があったのは、私が十六、彼が十五の時だった。––––ということは、彼は今、十一歳、ということね)


 私が持つ未来の記憶。


 かつての私もまた、この南の離宮で彼と出会い、彼の病……いや、『呪い』の治療を試みた。


 結果は、半分成功。半分失敗。


 原因の分離には成功したものの、大きな後遺症を遺す結果となってしまった。


 あの時の私には、それが限界だったのだ。


 だけど––––


「同じ失敗は、繰り返さない」


 私の言葉に、アンナがこちらを振り返る。


「どうかされましたか?」


「ううん、なんでもないわ」


 そう言って微笑み返す。


 今の私は、あの時の『失敗』の原因を知っている。

 それに、簡単だけどそれに対する準備もしてきた。


 ––––今度こそ、あの忌わしい『呪い』を排除し、彼を救ってみせる。


 私は知らず知らずのうちに、きつくこぶしを握りしめていたのだった。




 ☆




 馬車が宮殿の客室棟に到着する。


「お嬢様、御手を」


 アンナの手を借りて馬車から降りる。


 と、開かれた正面玄関から、数名のメイドを伴って一人の中年紳士が姿を現した。


「遠路はるばる、よくお越し下さいました。エインズワース伯爵」


 私の前まで来て、深々と立礼する紳士。


 一見、執事のように見える彼だが、実はそうではない。


「お出迎え頂きありがとうございます。こうしてご挨拶させて頂くのは初めてですね。ケッセル子爵」


 そう言ってカーテシーで礼を返した私に、子爵は驚いた顔で私を見つめた。


「これは……叙爵式で拝見した時から聡明そうな方だと思っておりましたが、どうやら閣下は私の想像を遥かに超えておられるようです。この度の件で陛下が閣下を遣わされたのも納得というものです」


「こちらこそ。先祖代々この宮殿を護り、多くの貴賓を迎えて来られたケッセル卿にそう言って頂けるのは、とても光栄です」


 そう言って、微笑みあう。


 私たちは短いやりとりの中で、互いの自己紹介を終えていた。


『私は貴女を知っています』


『私も貴方を知っています』


 そういうことだ。


 もっとも、私は『前回』も彼のお世話になりその人となりを知っているから、彼が私を知る以上に彼のことを知っている。


 旧貴族であるケッセル子爵家は古くからの中立派で特に王家への忠誠に篤く、彼自身も周りに配慮ができる非常に良識ある人だ。




「エインズワース卿、長旅でお疲れでしょう。もうすぐお昼ですが、昼食はどうされますか?」


 ケッセル子爵の問いに、私はしばし逡巡する。


 もうすぐお昼。


 朝からの移動で少々疲れているし、お腹も減ってきている。


 だけど私は––––


「『患者』にご挨拶させて頂きます」


 きっぱりとそう言った。


 その言葉に固まる子爵。


 どうやら想定外の返事だったのか、思案ののち、些か困ったように口を開いた。


「閣下のお気持ちは理解できるのですが、今はタイミングが良くないかと。––––おそらく夕方頃であれば患者様も落ち着いておられるでしょうから、それまでゆっくりされてはいかがでしょうか?」


 ケッセル卿は、そう提案してきた。


 この人なりに、『彼』と私の初対面がうまくいくように気を遣ってくれているのだろう。


 それは子爵の立場としては正しい。


 二人の関係が最初からこじれてしまえば、この先良好な関係を築くのは難しいだろうから。


 でも私は––––


「もうすぐ正午……『発作』が起こる時間だということは知っています。だからこそ、私は患者の側にいなければならないのです」


 子爵の顔をまっすぐ見据えてそう言った。




 私は知っている。


 あの『発作』がどれだけの激痛を伴うのか。

 そして、どうすればそれを多少なりとも緩和できるのかも。


 同じ建物にいて、苦痛に叫ぶ年下の少年を無視することなどできない。


 それにこれは、『呪い』への対処の第一歩でもあるのだ。




 見つめる私に、ケッセル卿はさらに困った顔をした。


「しかし、患者様がなんと仰るか……」


「構いません。部屋の前まで案内して下さい。私が説得します」


 視線をぶつけ合う、子爵と私。


 だけどその時間は、長くは続かなかった。


 ふう、と息を吐いたケッセル卿は、根負けしたようにこう言った。


「さすが救国の英雄。伯爵にはかないませんね。––––承知しました。部屋の前までご案内致します」


 そう言うと、自分について来るように言ったのだった。




 ☆




 その部屋は、広大な客室棟の一階の奥にあった。


(『前回』と同じ部屋なのね)


 奇しくもというか、やはりというか。


 この棟でも二番目か三番目に広く豪華な部屋に、彼は滞在していた。


「患者の名前を伺っても良いですか?」


 一歩先を歩くケッセル卿に尋ねる。

 と、子爵は私を振り返りながら教えてくれた。


「患者様のお名前は『テオ様』とおっしゃいます」


「メイドや侍従の前で、そのお名前を呼んでも?」


「構いません。ただ…………そうですね。閣下は聡明でいらっしゃいますから、テオ様と接していて何かお気づきになるかもしれません。ですがそれは––––」


「口に出さないようにするわ」


 私がそう言うと、ケッセル卿はほっとしたように「助かります」と言って笑った。




 そうして私たちが部屋の近くまで来たときだった。


「出てけ!!」


 ガシャンっ!!


「ひっ!」


 突然の怒鳴り声と、何かが倒れる音。

 そして、悲鳴。


「も、申し訳ございませんっ!」


 女性の声で謝罪の言葉が聞こえた直後––––バタンッと扉が開き、二人のメイドが部屋の中から飛び出してきた。


「?!」


 一瞬、ぎょっとした顔でこちらを見るメイドたち。


 ここにやって来るまでに見たメイドとは異なるデザインの服を着た二人。


 彼女たちは、僅かに訛りのあるアクセントで、


「失礼致します」


 と一礼すると、ひそひそ話しながら私たちがやって来た方向に向かって歩いて行った。


「…………」


 顔を見合わせる、私と子爵。


「どうも、テオ様のお加減が良くないようです」


「そこは普通に『機嫌が悪い』で良いと思いますよ。私は気にしませんけどね」


 私がそう返すと、子爵は困ったような笑みを浮かべて首をすくめて見せたのだった。



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