第56話 王からの依頼
お待たせしました。
『やり直し公女の魔導革命』
第二部、スタートです!!
☆
あの叙爵式の日からしばらく。
私は報道各社からのインタビューで引っ張りだこになっていた。
国内の報道機関だけじゃない。
隣国からわざわざ私を取材しに来る記者たちまでいるのだから、たまらない。
もちろん断ることもできるけれど、『あっちを受けて、こっちは受けない』ということはしたくなかったのだ。
だけど––––
「ちょっと……さすがに多すぎない?」
記者たちが退室した後の応接室。
私はソファでぐったりしていた。
「お嬢さまは今や『時代の人』ですからね」
傍らに立つアンナが苦笑する。
「それにしても、よ。昨夜は遅くまで領地移転の書類に目を通してたのに……。これじゃあ体がいくつあっても足りないわ」
「頑張りましたね、お嬢さま。今お茶をお淹れしますから」
そう言って微笑し、傍らでお茶の準備を始めるアンナ。
私は手と足を伸ばして、彼女が淹れてくれるお茶を心待ちにしながら、これまでのことと、これからのことを考えていた。
忙しい日々。
正直、爵位を授与されるのはともかく、領地まで与えられるとは思わなかった。
ひと口に『領地』と言っても、ただ土地をもらう訳じゃない。
そこに住む人々のこと。河川の使用権。さらに土地に紐付く債権やらなんやらまで含んでいる。
昼間は取材対応。
夜は領地譲渡の書類に目を通しているけれども、とてもじゃないけど追いつかない。
気がつけば、もう一週間も製図台から遠ざかっていた。
「叙爵式が終わったら、ゆっくり魔導具づくりができると思ってたのに…………話が違うじゃないのよおっ」
私が宙に向かって叫んだときだった。
コン、コン、と扉がノックされ、メイドが新たな来客を告げる。
せっかくアンナが準備してくれていたお茶がお預けになった私は、「はあ……」と深いため息を吐いたのだった。
☆
翌日。
私はお父さまと一緒に、ハイエルランド王国国王コンラート二世の執務室にいた。
「忙しいだろうに、呼び出してすまないな。侯爵、伯爵」
「お気になさらず。陛下からのお話以上に大切な仕事はありませんから。––––ああ、もちろん家庭のことは除きますが」
ソファに掛けた陛下の言葉に、お父さまがさらりとそう応える。
ぶっ、と噴き出す陛下。
私も父の言葉に頷いた。
「連日の取材攻勢でまいっておりましたから、お声がけ頂いてありがたかったです」
「ははっ、そう言ってもらえるといくらか気も楽になるな」
苦笑した王は、お茶に口をつけるとカップを置き、私たちを見た。
「実は、今日二人に来てもらったのは、エインズワース卿に頼みたい事があるからなのだ」
「私に、ですか?」
首を傾げる私に、陛下は頷いた。
「そうだ。無理強いをするつもりはないが、できれば話だけでも聞いてもらいたい」
「もちろんです。どのようなお話なのですか?」
私が尋ねると、陛下はあごに指を当ててしばし考え、やがて顔を上げた。
「実は…………私の古い友人の子息が、長いこと病で苦しんでいてね。一度卿に、その子を診てもらえないかと思っているのだ」
––––ドクンッ
その瞬間、心臓が大きく波打った。
(これはまさか……ひょっとして『彼』のこと?!)
私の中にある、遠い日の記憶が甦る。
私が陛下からこの相談を受けるのは、実は二回目だ。
ただし『前回』相談があったのは、私が正式に第二王子の婚約者となり学園に入学した後……つまり、今から四年後のことだった。
あの時私は、王家の身内として陛下からこの『頼み事』を打ち明けられ、それに応じたのだ。
(歴史が変わったことで、依頼が前倒しになったの?)
私がそんなことを考えていると、隣の父が口を開いた。
「陛下。娘は医者ではありません。『病』ということですが、感染る可能性があるのであれば、父親としては賛成しかねますが?」
私を守ろうとするお父さまの言葉が嬉しい。
だけどこの『病』は、普通の病気じゃない。
陛下が私に依頼してきたのも、そこに理由がある。
陛下は父の顔を見た。
「オウルアイズ卿の心配ももっともだ。––––結論から言えば、その『病』は感染る類のものではない。だが完全に安全かと問われれば、『分からない』というのが正直なところだ」
「未知の病、ということですか?」
聞き返すお父さま。
「うむ。そもそも『病』と言ってよいのかも微妙なのだが…………」
答えに窮する陛下に、私は助け舟を出すことにする。
「ひょっとして、魔力や魔法、魔導具が原因として疑われる『病』なのではないですか?」
私の言葉に、一瞬ぎょっとした顔をする陛下。
だけどすぐに困ったような顔になり、ふっ、と苦笑する。
「やれやれ。我が国最高の魔導具師に掛かれば、どんなこともお見通しなのだな」
「陛下、それは買いかぶり過ぎです。医者でもない私に『患者を診て欲しい』となれば、魔法関連のことだということは容易に想像がつきます」
「なるほど。それはそうだ」
コンラート王はそう言って笑い、今回の依頼の詳しい話を始めたのだった。
☆
十日後。
私とアンナは、王都サナキアから遠く離れた南の地で、王家が用意した馬車に揺られていた。
「いくら寝るときは柔らかいベッドとはいえ、さすがに毎日馬車に揺られていると腰が痛くなりますね」
そう言って顔を顰め、腰をさするアンナ。
「同感ね」
私は心底同意する。
今乗っている馬車は、本来王家の使節が使うためのもので、それなりに豪華な仕様だ。
座席はふわふわのクッションだし、板バネを利用した車軸懸架で客室が車軸に支えられ、揺れはかなり抑えられている。
それでも一週間にわたる連日の馬車移動は、かなり体に堪えた。
「ねえアンナ。私、今回の旅でひとつ決心したことがあるの」
「なんですか?」
「『いつか作ろう』とは思ってたけど…………絶対に『鉄道』を実用化するわ。それもなるべく早く」
「『鉄道』……鉄でできた道ですか?」
「道というか、地面に敷いた二本の鉄製レールの上を走る交通機関のことね。レールが敷かれているところしか走れない代わりに、ちゃんとした動力車を開発できれば、馬車の倍以上の速さで移動できるの」
「馬車の倍ですか?!」
「そうよ。馬車だときちんと整地されたところでも精々1時間に10km程度だけど、私が考えていることが実現できれば、その倍、うまくすれば数倍の速さで移動できるわ。それも百人近い人を乗せてね!」
私が得意げにそう言うと、アンナはしばらく目をぱちくりさせていたが、やがてにっこりと微笑んだ。
「お嬢様が仰ることなら間違いありませんね。私にできることがあれば、なんでも仰ってくださいな」
「信じてくれてありがと。だからアンナのこと好き!」
「お嬢様…………」
そう言って、手を取り合ったときだった。
「「あっ……」」
見つめ合う私とアンナ。
次の瞬間、私たちは同時に窓の外を見た。
緩やかに続く丘陵地帯。
その向こうにキラキラと輝いているのは––––
「海っ!!!!」
青く輝く海だった。









