第52話 エインズワースの復活(前編)
☆
アンナに布団を剥ぎとられて間もなく。
彼女の合図で、私の部屋に何人ものメイドがなだれ込んできた。
「え? ちょっ、なに?!」
メイドたちは手に手に化粧箱やら私の衣類やらを持ち、てきぱきとそれらを部屋に置き広げ始める。
「お嬢さまが起床されるまで、みんな廊下で待ってたんです! さあ、まずは湯浴みをしましょう」
そう言って腕まくりしたアンナに浴室に連行される。
「えっ、ちょっ、あーれーー……」
アンナが魔法を使ってバスタブに湯を張る間、メイドたちが私の寝巻きを剥き始める。
魔法でできることは魔法で。
細かいところは人海戦術で。
それから二時間ほど。
私はドラム式洗濯乾燥機に放り込まれる衣類の気分をたっぷりと味わったのだった。
☆
––––三時間後。
「あ、レティシアさまだー!!」
「おおっ、令嬢が出て来たぞ!」
(「「おおーー!!」」)
お屋敷周辺に詰めかけた大勢の人々が、歓声をあげる。
「?!」
馬車に乗るために屋敷の玄関を出た私は、その光景に目を丸くした。
「あれ、何事ですか???」
戸惑う私に、前にいたヒュー兄さまが振り返り、にやりと笑う。
「みんな、レティの姿を見に来たんだよ」
「私を?」
確かに最近は、馬車に乗って外出するとオウルアイズ伯爵家の紋章に気づいて手を振ってくれる人が増えたけれども。
「でも、あんなに沢山の人がわざわざ私なんかを見るために集まるなんて……」
私がそう言うと、兄は『こりゃダメだ』とばかりに大袈裟に首をすくめた。
「レティはそろそろ自分の人気の高さを自覚した方が良いよね」
「うむ。まあこの可憐さを知れば、あのくらいは当然だがな」
うん、うん、と頷く父。
ちょっ、やめ……。
「お父さま。それ、もう人前で言わないで下さいね? こうなった原因の何割かは、お父さまにあるんですよ?!」
私が眠り込んでる間に、勝手に肖像画をスケッチさせたり、新聞取材で妙なことを口走ったりするからだ。(怒)
頬を膨らませる私。
「う、うむ……。分かった。もう『他所では』言わない」
逃げ道をつくるお父さま。
私は父に詰め寄った。
「うちの中でもやめて下さい。お父さまは声が大きいから、いつも恥ずかしいんですっ」
「ぐう…………ぜ、善処しよう」
なんだろう、この娘バカの伯爵さまは……。
私が頭を抱えていると––––
「レティシアさまーーっ!」
「叙爵、おめでとうございまーーすっ!!」
「やだ、新聞の絵より全然可愛いっ!! こっち向いてーー!!!」
塀を囲む人々の歓声が聞こえてきた。
「ええと……」
戸惑う私。
するとヒュー兄さまが私を前に押し出し、ぽん、と肩に手を置いた。
「手を振ってあげたら?」
無視するのもなんなので、兄さまの言う通り、人々に向かって胸元で小さく手を振る。
すると、
(「「わああああーー!!!!」」)
なんか、予想以上の歓声が返ってきた。
「そ、そろそろ行きましょうっ!!」
恥ずかしくなった私は、逃げるように馬車に乗り込んだのだった。
––––だけど。
正直なところ、私はまだ甘くみていた。
何をって?
もちろん、私の叙爵がどれだけ世間から注目されているのかを、だ。
☆
門を出て、馬車は王城へと向かう。
屋敷の周りこそ人が押しかけていたものの、一旦走り始めれば、いつもの道、いつもの光景。
だが––––
「ん?」
王城が近づくにつれ、なんだか道を歩く人が増えてきたような……。
そして、
「んんっ??」
馬車の窓からちらちらと外を見ていた私は、一瞬、とんでもないものが見えた気がして、窓に飛びついた。
「どうかした?」
身を乗り出し、尋ねる兄。
「なんだか、皆が小さな旗を持っているようなのですが…………」
私はそう答え、窓の外に視線を移す。
そして、見てしまった。
旗を。
旗に描かれた『それ』を。
「ちょ、ちょっと! なんであの図案の旗が出回ってるんですか!!??」
それは二体のクマ。
いや、テディベア。
ココはこげ茶色の男の子。
メルは小麦色の女の子。
5歳の誕生日にお母さまがプレゼントしてくれた、私の、大切な、大切な友達。
ココの手には、魔導ライフル。
メルの手には、輝く盾。
両脇に立つ二人の間に描かれているのは、蔦が絡まった魔導工具と製図台。
旗に描かれた図案は、間違いなく私がデザインした『エインズワース女男爵家』の紋章だった。
元々の男爵家の紋章がオウルアイズ伯爵家に引き継がれたため、私が使う用に新しい紋章を登録する必要があったのだ。
「そういえば、ちょっと前の新聞にレティの紋章として掲載されてたよね」
思い出したように、ぽん、と手を叩くヒュー兄さま。
「ええっ? なんで新聞に載るんです???」
「そりゃあ我が国建国以来、初の女性当主の誕生だし。そうでなくてもレティの記事は人気があるから」
「いえ、そうではなくて。なぜあの図案が公になっているのかと……」
確かに叙爵にあたって図案を国に提出はしたけれど、新聞社に渡した覚えはない。
そもそも私が描いたのは、国への提出用の一枚だけだ。
私が首を傾げていると、話を聞いていた父が口を開いた。
「ああ、貴族家の家紋については、国に申請すれば誰でも参照することができるぞ」
「えっ、そうなのですか?」
「ああ。その証拠に、新聞に掲載されたのは白黒だったが、あの旗は色つきだろう」
「「たしかに!」」
ヒュー兄さまと私は同時に叫んだのだった。
「あれ? でも…………」
再び馬車の窓から外を見るヒューバート兄さま。
「あの旗って、どう見ても個人の手作りじゃないよね」
「え?」
慌てて私も外を見る。
確かにどの旗も、旗の大きさと紋章の比率が同じ。
明らかにどこかの業者が『量産』しているものだった。
「本当! 私がデザインした意匠が、勝手に旗として売られてる!!」
「確かに貴族家の紋章は公共性の高いものだけど……勝手に商品化して売るなんて赦されないよ。一体、誰があんなことを……」
そうして私と兄さまが、旗を持つ人々を見ていた時だった。
「あっ、あれっ!!」
兄さまが窓の外を指差した。
その先を目で追う。
そして––––
「「あーーっ!!」」
二人して思わず叫んだ。
それは小さな露店だった。
店の前に長蛇の列をつくる、人、ひと、ヒト。
その先頭の人々は、笑顔で旗を買ってゆく。
露店に立ち、三人がかりで旗を売り捌いていたのは––––
「ジャック! ローランドさん!! それにおばさんも?!」
売り子をしているのは、私がよく知る三人。
よくよく見れば、列整理をしているのはヤンキー君で、ダンカン工房長とおじいちゃんズがそれを近くで見守っている、という構図だった。
王都工房総出である。
「みんな、一体なにやってるのーー?!」
思わず叫ぶ私。
傍らの兄が、はあ、とため息を吐いた。
「でもまあ、これで犯人が分かったね」
ギギギ……と、後ろを振り返る、兄さまと私。
「父上?」 「お父さま?」
「な、なんだろうか?」
目を逸らす父。
「「なに勝手なことしてるんですかーー!!??」」
馬車の中に、兄さまと私の怒声が響き渡ったのだった。









