第51話 レティシアの情熱、そして顛末
☆
––––『私は、何者なのか』
陛下の問いに、私は戸惑った。
質問の意図が不明だったからだ。
困り顔で首を傾げる私を見て、陛下は『やってしまった』というように自分の額に手を当てた。
「すまんな、レティシア嬢。令嬢の話があまりに先進的で、かつ具体的なので驚いたのだ。脅かすつもりはないから赦しておくれ」
そう言って頭を下げる王陛下。
私は小さく頷いた。
「私は大丈夫ですから、顔をお上げください陛下」
私の言葉に、顔を上げる王。
「––––三権を相互監視させるアイデアは、陛下からのご質問に対する答えとしてお話ししたに過ぎません。私の望みとしては『王国の歴史と経緯を踏まえ、現実的な範囲で法治を進めて頂けると嬉しい』というくらいのことです」
そう補足すると陛下は微笑し、頷いた。
「なるほど、了解した。今後は一層の法治を進めるとともに、権力の集中と私物化が起こりにくい制度を検討してゆくことを約束しよう」
「ご配慮ありがとうございます、陛下」
私は座ったまま頭を下げる。
そうして『これで話も終わりだろう』と思った時だった。
陛下がさらりとこんな話を切りだした。
「ときにレティシア嬢。実は先日、父君から『男爵位を娘に継承させたい』という相談を受けたのだが、聞いておるかね?」
「!」
突然の話に、私は面食らった。
「ええと……エインズワース男爵位の話ですよね。戦爵の」
「うむ、その男爵位の話だが––––その様子なら、家門の中で事前に話はついておるようだな」
「はい。元々は私が父に継承させて頂けるよう申し出た話ですし、もちろん承知しております」
まさか、このタイミングでその話が出るとは思わなかったけれど。
と、心の中でつけ加える。
「そうか。では、なぜ令嬢は爵位を継ぎたいと思ったのだね? 普通の御令嬢は嫁ぎ先について望むことはあれど、『自ら爵位を継ぎたい』などとは思わないと思うのだが」
「えっ? ええと––––」
頭をフル回転させる。
一番はもちろん、『馬鹿王子と婚約したくなかったから』だ。
が、さすがにそんなことを口走る訳にはいかない。
では、私らしい理由といえば……
「––––それは、私が『エインズワース』の名を再興したいと思ったからです」
「家門の再興?」
首を傾げ、私の目を見つめる陛下。
私はその目を見返して頷いた。
「はい。ご存知の通り、エインズワースは魔導具の開発を以って建国に貢献し、爵位を賜った家門です。ですが最近は新規開発が滞り、競合の工房に仕事を奪われる一方でした」
ちら、と隣の父を見ると、お父さまは気まずそうに苦笑して首をすくめた。
私は再び陛下に顔を向ける。
「そこで、現在のエインズワースで一番魔導具が好きで、魔導具づくりが大好きで、放っておくと寝食を忘れて図面をひき続け、気がつくと翌日の朝になってしまうほど魔導具づくりが大、大、大好きな『私』が、エインズワース男爵位を継ぎ、家門を立て直したいと思ったのです!」
こぶしを握り、力説する私。
「そ、そうなのかね?」
引き気味の陛下。
だけど、私のテンションは止まることを知らない。
「はい、そうなのです! オウルアイズはお父さまと長兄のグレアム兄さまが栄誉ある道を歩んで下さるでしょう。ですがエインズワースの名に魔導具づくりの栄光を取り戻せるのは、ミストリールに愛された私、レティシア・エインズワースをおいて他におりませんっ!!」
テーブルに両手をつき、身を乗り出して叫ぶ。
ドン引きする陛下。
顔に手を当て、笑いをこらえるお父さま。
「そ、そうか。よく分かったよレティシア嬢。それでは令嬢には、より魔導具づくりに没頭できる環境を考えよう」
「? ––––はい。ありがとうございます???」
引き攣り笑いをする陛下のよく分からない言葉に、とりあえずお礼を言う私。
そうして、王との会談が終わったのだった。
☆
その後の二ヶ月。
色々なことがあった。
飛竜襲撃に協力した者たちの裁判。
彼らとオズウェル公爵の刑執行。
王妃の廃位と蟄居。
この国を揺るがす大事件だったけれども、その後は私が関わることもなく、粛々と後始末が進められた。
第二騎士団、検察、そして多くの人々の力により、国内については概ね事件の全容が明らかになったのだ。
今回の襲撃計画は、一年ほど前から公爵が主導して進めていたものだった。
死刑となった他の協力者は、ほとんどが飛竜の経由地の提供者で、公国とのやりとりに関わっていたのは公爵とその部下数名のみ。
あとは『計画の一部については知らされていたが、役割を与えられていなかった者』が多く、彼らのほとんどは公職追放の上、爵位返上という判決に落ち着いた。
一つ残念だったのは、公国側についての情報がほとんど掴めなかったことだろうか。
あの魔導発信機と通信機の出元も『公国から提供された』以上のことは分からなかった。
ともあれ、国内のゴタゴタについては、ほぼ解決したと言っていい。
もちろん、もう一つの裁判も。
陛下との会談から一ヶ月後。
第二王子アルヴィン・サナーク・ハイエルランドの王位継承権剥奪と王籍追放が発表された。
彼の私に対する殺人未遂の裁判が、結審したのだ。
判決は、有罪。
彼は平民となり、北部の魔石鉱山で十年間の重労働につくことになる。
王党派貴族の残党からは異議を唱える声もあったが、陛下のご尽力により事件はきちんとした形で処理され、王国法に則って裁かれた。
被害者である私も当然、裁判に出席した。
けれども、憔悴し被告席に廃人のように項垂れて座る彼には、もはや何も感じなかった。
怒りもない。
憐憫もない。
ただ、判決が下り裁判所を出た瞬間に感じた、『肩の荷が降りた』という感覚だけが、印象に残っている。
☆
その時、私は暖かいまどろみの中にいた。
「––––さま」
おぼろげな意識の中。
誰かの声が聞こえた気がした。
でも、まだ寝ていたい––––
「––––様、そろそろお起きにならないと間に合いませんよ」
聞き覚えのある声が、珍しく強い口調で私を起こしにかかる。
「あとじゅっぷん…………ぐぅ……」
「お嬢さまっ。『ぐぅ』じゃありません!」
ゆさゆさ ゆさゆさ
「やーだー、ねーむーいーー……」
ついに実力行使に出たアンナに、最後の抵抗を試みる。
が––––
「ふんっ!!」
ガバァ!!
取り去られる暖かな布団。
「ちょっ、アンナ、寒いじゃないっ」
ついに目を開けて抗議すると、目の前には仁王立ちする私の侍女の姿があった。
「お嬢さまっ、今日が何の日かお忘れですか?!」
「? えーと……何の日だっけ???」
「お嬢さまの『叙爵式の日』ですよ! ボサボサ頭の寝巻き姿で、陛下から叙爵されるんですか?!」
「あっ……」
その瞬間、きっちりスッキリ目が覚めた。