第46話 凶刃
柱の陰からゆらりと出てきた第二王子は、私たちの目の前に立ち塞がった。
「やあ、これはこれは。どこぞの平民伯爵閣下じゃないか」
嘲るように嗤うアルヴィン。
「––––ご無沙汰しております。第二王子殿下」
警戒したまま立礼する父。
慌ててそれに続くヒューバート兄さまと私。
正直、会いたくない相手。
だけど臣下の礼を怠る訳にはいかない。
言いがかりをつけられるような隙は、与えたくない。
「卿の息子と娘はとても優秀だな。法廷での活躍には目を瞠ったよ」
どろりとした視線を私に投げかける馬鹿王子。
「不肖の子らに過分なお言葉でございます。殿下」
父が再び首を垂れると、王子の顔が歪んだ。
「本当に、優秀だよ。––––偽の証拠をでっちあげ、それらしい屁理屈で無実の人間を罪に陥れる。成り上がり者に相応しい、実にずる賢い奴らだ。おかげで叔父は死刑、母上は幽閉。僕を支持していた者たちは皆逮捕された。これでオズウェル公爵家も、王党派も、僕もっ、みんなみんなおしまいだ!!」
凄まじい形相で叫ぶ王子。
自慢の金髪も、整っているはずの容姿も、もはや見る影もない。
「卿もさぞ愉快だろう。正統な血統が絶え、貴様ら元老院派の、偽貴族どもがっ、僕らにとって代わるのだからなっ!」
憤怒とともに叫ぶ王子。
と、それまで黙っていた父が眉を顰めて口を開いた。
「殿下。我がエインズワースは旧来より政治的に中立の立場を保っており、この姿勢はこれまでも、これからも変わることはありません。我が家門が仕えるのはハイエルランドの王家であり、この国そのものです。王権に対し何らの政治的意図も持ちませんし、ましてや事実を捏造するなどということはございません」
実に真っ当な主張。
だが王子は、そうは取らなかった。
「黙れっ! それならなぜ、母上までもが幽閉された?! 母上は今回の件とは関わりがないはず。貴様らにオズウェル公爵家排除の意図がなければ、幽閉などされるはずがないっ!!」
「王妃殿下の幽閉については、私も今、殿下から伺って初めて知りました。––––ただ、事件当日に王妃殿下がアルヴィン殿下を伴い、外部のお茶会に参加されたことについて陛下が留意されている、ということは陛下ご自身から伺っております」
「「えっ?!」」
父の言葉に驚く、私とヒューバート兄さま。
その話は、初耳だ。
王子も、この父の話には驚いたようだった。
「お、お茶会っ?!」
「はい。殿下は事件当日、王妃殿下と一緒にハーニッシュ侯爵邸で開かれたお茶会に参加されていたとか。––––そのお茶会が『事件の前日になって突然、王妃殿下の意向で開催されることになった』点について、陛下は不審に思われていたようです」
「っ?!」
逡巡するアルヴィン。
どうやら、何か心当たりがあるようだ。
廊下の先の方に、人が集まってきていた。
どうも先ほどからのアルヴィンの大声を聞いて、様子を見にきたらしい。
ちらちらとこちらを窺っている。
それを見た父は、ふう、と息を吐いた。
「いずれにせよ、私も子供たちも、殿下とご親族への害意はございません。––––それでは、失礼致します」
立礼して、歩き始める父。
ヒュー兄と私も慌てて一礼してその後を追う。
俯いた王子の横を通り過ぎる。
憔悴しているであろうその顔は、影となり見えない。
––––その時だった。
「…………れば」
背後から聞こえる、不気味なひとり言。
「お前たちさえ、いなければああああっっ!!!」
シャリン、という不気味な金属音。
振り返る私。
「えっ?!」
そこに立っていたのは、憎悪を湛えた瞳でギョロリと私を睨み、赤い光を纏う魔導剣を抜き放った第二王子だった。
王子が吼える。
「死ねっ!! この、成り上がりの犬どもがぁああああああああっっっっ!!!!」
憤怒の形相で斬りかかってくるアルヴィン。
恐怖に身体が強張る。
「「レティっ!!」」
背後から、ぐい、と両肩を引っ張られた。
––––が、間に合わない!!
凶刃が、赤い光の軌跡とともに私に振り下ろされる。
その時、肩掛けの鞄がガバッと開き、二つの影が飛び出した。
「「『自動防御』!!」」
ココとメルの両手が虹色に光る。
次の瞬間、赤い光と虹色の光が衝突し––––眩い光を放った。
「っ!!」
間一髪。
私の目の前で、刃が止まっていた。
「くっ……! なんだこれはっ??!!」
剣を取り戻そうと、押したり引いたりするアルヴィン。
が、剣は微動だにしない。
当たり前だ。
私の魔力でココとメルが展開する防御膜が、がっちりと刀身を掴んでいるのだから。
「くそっ! 動けっ! 動けっ!!」
顔を真っ赤にして剣を押し引きするアルヴィン。
が、当然剣は動かない。
「くそっ! くそっ!!くそおおおっ!!!」
もう涙目だ。
悪鬼のような形相なので、見苦しいことこの上ない。
突然の恐怖と怒りで感情が振り切れた私は、目の前の馬鹿王子を睨んだ。
「ここからは、私のターンよ」
魔力を操り、防御膜を歪ませる。
––––ビキッ
「へっ?」
目を見開く馬鹿王子。
更に防御膜を歪ませる。
ビキビキッ
「ひっ?!」
刀身に入ったヒビが、広がってゆく。
ビキビキビキビキッ
「お、お祖父様の魔導剣があああっ!!!?」
––––知るか。
私は、一気に防御膜を捻じ曲げた。
バキンッ!!!!
「うわぁああああああああああああああああっ!!?」
目の前で真っ二つに折れた魔導剣を前に、恐怖に顔を引き攣らせ、へたり込むクズ。
私はそんな馬鹿王子を見下ろし、言い放った。
「あなたがどんなに馬鹿でクズでも私には関係ない。だけど、私と家族に手を出すなら……」
私は防御膜をコントロールして、馬鹿の目の前に折れた剣を移動させる。
そして、
バキッ! バキバキバキンッ!!!
馬鹿の剣を粉々に砕いてやった。
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