第43話 末路
目の前に並んだ証拠品たち。
私が手にとったのは––––もちろん、私たちが作った魔力探知機だ。
本体のカバンを肩から掛け、プローブを右手に持つ。
「お兄さま、準備をお願いします」
私の言葉に頷くグレアム兄さま。
「君たち、ちょっと手を貸してくれ」
傍らに立つ司法省の検事と係官に声をかけた兄は、二人を連れて窓際のところに歩いて行った。
そこにあるのは、ミストリール線が巻きつけられた木組……魔導通信機のアンテナ。
「よっ、と」
アンテナを抱え、議場の中央に運んでくる兄たち。
その間に私は、事前に調べてある波長に、探知機のダイヤルを合わせる。
「さて。準備が整いました」
私の言葉に、議場がざわめく。
オズウェル公爵は、無表情でこちらを睨んでいる。
裁判長が目をぱちくりさせて私に尋ねた。
「一体、何が始まるんですかな?」
「これから皆さんに、私たちが『2台目の通信機』を発見した方法をご説明致します。––––お兄さま、電鍵を打って頂けますか?」
「了解した」
兄はそう言うと、通信機本体の前の椅子に座り、電鍵を叩き始める。
(トト・ツー・トト…………トト・ツー・トト…………)
通信機本体の内蔵スピーカーから聞こえる、微かな信号音。
私はアンテナの正面に立ち、魔力探知機のプローブを向け、少しずつ感度ダイヤルをまわしていった。
《…………ビビ・ビー・ビビ…………》
探知機が、通信機が発する魔力をキャッチする。
私は音に負けじと大きめの声で説明を始める。
「皆さまお分かりのように、この位置では、探知機ははっきりと通信機が発する魔力を捉えております。––––さて。では場所を変えてゆくとどうなるでしょうか?」
私はプローブをアンテナに向けたまま、反時計周りにゆっくりとアンテナの周りを歩き始める。
《ビビ・ビー・ビビ…………ビビ・ビー・ビッ……………ビッ・ィー・ッッ………………ビッ…………》
しだいに小さくなる探知音。
やがて正反対の位置まできたところで、探知音はほとんど聞こえなくなった。
(「「…………」」)
議場に漂う異様な静けさ。
きっと『これ』の意味に気づいている人は、ほとんどいないだろう。
私はそのままもう半周し、アンテナ正面に戻る。
《………ビッ………… ビッ・ィー・ッッ………………ビビ・ビー・ビビ…………》
探知音が、再びはっきりと聞こえ始める。
私は感度ダイヤルをゼロに戻した。
「お分かりでしょうか? アンテナ正面でははっきりと捉えることができる魔力が、アンテナの反対側ではほとんど探知できなくなりました。––––これが何を意味するのか」
私は議場を見回した。
「この通信機の送信アンテナは、送信する魔力について極めて高い指向性を持っている……つまり、『特定の方向にのみ魔力を飛ばしている』ということです。––––お兄さま、地図を」
私が呼びかけると、グレアム兄は頷き「係官、一枚目の地図を広げてくれ」と指示を出した。
すでに準備していた係官たちが、判事席、議員席、傍聴席に向け、そして被告人席に向け、それぞれ図を展開する。
周囲で「おお……」というどよめきが起こった。
そこに描かれているのは、ハイエルランド王国西部の地図。
今、地図右側の王都には、赤い点が記され、そこから左方向……西に向けて、細い帯が描かれていた。
「この地図には、王都の公爵邸に設置されたアンテナが向いていた方向と、後の検証で明らかになった、魔力波の到達範囲を示しています」
私はポケットから指示棒を取り出した。
「ご覧の通り、公爵邸に設置されたアンテナからは西方向に魔力が飛び、その最大到達距離は170km程度となります」
私は指示棒を伸ばし、地図の帯状の範囲を示す。
「そして、その魔力波の先にある街は––––」
パン、と地図上の一点を軽く叩く。
皆が息を呑み、裁判長が呟いた。
「先ほど話にあった、パドマの街、ですか……」
「左様でございます」
軽く一礼する私。
ちら、と公爵を見ると、彼は相変わらずの無表情で私を睨みつけていた。
––––が、よくよく見ると、握った拳が微かに震えている。
私は公爵に尋ねた。
「さて、オズウェル公爵閣下。ご存じであれば教えて頂きたいのですが……ここ、王都サナキアから公国との国境まで、どのくらいの距離があるのでしょうか?」
私の問いに、顔を引き攣らせる公爵。
「––––約350kmだ」
「そうなのですか! ありがとうございます。さすが長きに渡り王国の要職を務められた公爵閣下でいらっしゃいますね」
「国で内政や外務、軍事に関わる者であれば、知っていて当然の教養だ」
「そうなのですね。ご教授頂きありがとうございます」
私は笑顔で一礼する。
そして次に、グレアム兄さまの方を向いた。
「ですが…………困りましたね、お兄さま。お兄さまのお話では『公爵閣下がこの通信機で公国と連絡をとっていた』ということでした。でも今の公爵閣下のお話では、公国までこの王都から350kmもあるそうです。通信機の魔力到達距離が170kmですから、国境まで200kmも離れたパドマの街から魔力を飛ばしても、『国境まで届かない』ということになりませんか?」
「(ぶっ……)」
私の三文芝居に、顔を背けて笑いをこらえる兄。
(せっかく頑張って話を振りましたのに……。あとでお父さまからお説教をしてもらわないといけませんね)
私が頬を膨らませていると、なんとか笑いを抑え込んだ兄は、私に頷き、次に裁判長の方を向いた。
その顔に、もはやおふざけはない。
「裁判長。今の参考人の発言は、大変重要な問題提起を含んでおります。『通信機がある王都とパドマの街からでは、公国まで通信魔力が届かない』。––––では、どうすればいいか?」
兄が公爵を見据える。
「まさか……」
公爵は顔を引き攣らせ、ぷるぷると体を震わせる。
「このようにすれば良い訳です。––––係官、二枚目の地図を!」
バッ、と係官たちが一斉に新たな地図を広げた。
そこに描かれているのは、王国西部から国境を経て公国の首都に至るまでの地図。
王都からパドマの街まで引かれた赤い線は、王国西部の農村地帯に打たれた赤い点を経由し、国境をまたぎ、最終的に公国の首都にまで延びていた。
議場全体が動揺する中、兄が声を張り上げる。
「すでに第二騎士団は、西部農村地帯にある小屋を捜索し、三台目の通信機、および通信記録を押収。さらに公国に潜入し、最終的にこの通信経路が公国騎士団の拠点に至ることを確認した!!」
大きく息を吸った兄が、公爵を指差し、叫んだ。
「観念しろ、公爵!! 貴様の薄汚い企みは、すべてお見通しだ!!!!」
その時、ゴンッ!! という嫌な音が反対側から聞こえた。
目を向けるとそこには、机に頭を打ち付ける公爵の姿があった。
「この、平民あがりがああああああああっ!! 何度も、何度も、何度も! 邪魔しおってええええええええっっ!!!!」
「死ね!」
ゴンッ!
「死ねっ!!」
ゴンッ!!
「死ねっっ!!!」
ゴンッ!!!
「ふてぶてしい平民あがりどももっ、そんな連中におもねる王も、みんな死んでしまええええっっ!!!!」
ゴゴンッ!!!!
「––––うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!」
凄まじい絶叫と頭突きを繰り返し…………私たちの宿敵は、血まみれになり無様に卒倒したのだった。
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