第42話 一騎討ち
どよめく議場。
裁判長が木槌を叩く。
「静粛に! まだ検察側の論証の途中ですぞ」
間もなく議場は静かになる。
––––異様な熱気とともに。
グレアム兄が説明を続ける。
「本品に手が加えられていないことは、押収に立ち会った司法省と検査を行った王立魔導工廠、両組織より証明を頂いております」
そう言って、二枚の証明書を法廷係官に渡す。
係官から書類を受け取った裁判長は素早く目を通し「間違いありませんな」と頷いた。
兄は公爵を真っ直ぐに見据えた。
「被告にあらためて伺います。貴方はこれらの魔導通信機を使い、事件当日のスケジュールを公国に漏洩しましたね?」
「…………」
腕を組み、目を瞑り、沈黙するオズウェル公爵。
まるで『お前如きの質問には答えない』と言わんばかりの不遜な態度。
「…………」
「…………」
ぴりぴりと張り詰めた空気が議場を支配する。
やがて、業を煮やした裁判長が公爵に呼びかけた。
「被告はいかがですかな?」
その問いに、やっと反応を示す公爵。
彼は目を開き、ひと言だけ発言した。
「答える必要があるとは思えないが?」
「え???」
面食らったような顔をする裁判長。
「ここまでの論証で、検察側は『私が情報漏洩した』証拠を一切提示していない。それが『公国に対して』であることについても同様だ。根拠のない言いがかりに対し、私が弁解する必要があるのかね?」
小馬鹿にしたようにそう発言する公爵。
「むぅ……確かに言われてみればその通りですな」
考え込む裁判長。
だが公爵はここで、驚くべきことを口にした。
「検察側の主張は根拠のないでっち上げではあるが……一つだけ、偶然、運よく、当たっている部分もある」
「そ、それはなんですかな?!」
「––––その魔導具が、我が家門の商会がとあるルートで入手した『魔導通信機』だということだ」
落ち着き払い、何でもないように答えるオズウェル公爵。
「すると被告は、そちらの魔導具が通信機であることを認めるのですかな?」
裁判長の問いに「認める」と即答する公爵。
「先ほど『営業機密により黙秘する』と言った通りだ。その通信機は、距離が離れた二点間での交互通信を可能にする。それが商会にどれだけの商機をもたらすかは、言うまでもないだろう。––––検察側の杜撰な立証のために、その商機も失ってしまったがな」
公爵はそう言って私と兄を睨んだ。
「なるほど。つまり被告は『この通信機は、商会の業務に使うものであって、事件には関係ない』と。こう仰っている訳ですな」
分かりやすくまとめてくれた裁判長に、頷く公爵。
「その通りだ」
議場には、戸惑う空気が漂っていた。
––––公爵は怪しい。
公爵は、事件当日のスケジュールを知っていた。
公爵は、会場が第二練兵場であることを知っていた。
公爵は、遠距離通信が可能な魔導具を持っていた。
その2台の魔導具のうち、公爵邸にあった1台は、自爆装置により破壊されていた。
事件の際、公国の所属と思われる飛竜に合図を送るよう、前もって仕組んだ者がいる。
だが、『公爵が公国から飛竜を呼び寄せた証拠』はない。
そういう状況で、誰もが有罪無罪の判断をできずにいるのだ。
このまま決定的な証拠を提示できなければ、検察側の負け。
議場の喧騒の中、公爵が私たちを見下したように鼻で笑う。
そんな宿敵に、私は––––––––––––––––
「異議あり」
静かに指を突きつけた。
議場の全ての視線が、私に集中する。
私は公爵に問うた。
「オズウェル公爵閣下にお伺いしたいのですが…………閣下は、私たちがどのようにして2台目の通信機を探し当てたとお考えですか?」
「…………」
沈黙する公爵。
しばし考えたあと、彼は口を開いた。
「当家の商会の建物を、家探ししたのだろう?」
小馬鹿にしたような目でこちらを見る公爵。
だけど、その油断が自身を破滅に追い込むことになる。
私は微笑とともに首を横に振った。
「その解答では30点ですね。結果として閣下の家門の商会に踏み込むことになりましたが、それはあくまで結果に過ぎません」
私の言葉に、ぴくりと不快そうに片眉を上げる公爵。
「では、その『アンテナ』が設置してある建物を探したのだろう」
そう言って公爵は、ミストリール線を巻きつけた木製の骨組みを指差す。
私は頷いた。
「それで60点です。確かに私たちは、パドマの街でこちらの『アンテナ』を屋根の上に設置した建物を探しました。ですがそれは候補地を絞ったあとの話です。––––それでは皆さまに、私たちが2台目の魔導通信機を見つけた方法を、お見せしましょう」
私はそう言うと、証拠品が並べられた台のところに歩いて行った。