第39話 決戦の舞台へ
☆
審議が再開される。
台の上に置かれた検察側の証拠品も、残すところついに一つ。
『それ』は審議中の秘密保持のため、白い布を被せられていた。
これで公爵と飛竜襲撃の繋がりを示せなければ、私たちの今までの努力はすべて無駄になる。
検察側が……いや、『私たちが』提示する決定的な証拠品。
––––そう。
あの壊れた魔導通信機だ。
☆
グレアム兄さまが、議場を見まわした。
「検察側は、被告が他国と繋がっていた決定的な証拠品として、こちらを提出します」
兄が机の上に置かれたそれを覆う布をとる。
露わになる魔導通信機––––本体、電鍵、スピーカー、そして木組に巻きつけられたミストリール線。
さらにその横には、一冊の手帳と、いくつかの紙の束がある。
裁判長をはじめ議場のほとんどの者が首を傾げた。
公爵の表情も、相変わらずだ。
ただ、一度。
少しだけ大きく息を吸ったように見えた。
「……ふむ。それは何ですかな?」
裁判長の問いかけに、兄が答える。
「こちらは、事件の翌日にオズウェル公爵邸で押収された『謎の魔導具』です。発見した時点で内部の魔導基板が損傷しており、使用できない状態にありました」
「謎の魔導具、ですか。しかし、何か分からない、壊れたものが一体何の証拠品になるのですかな?」
「検察側は今この場でこの魔導具が何であるのかを実験にて明らかにし、その結果をもって被告の罪を証明したいと思いますが、いかがでしょうか?」
「異議あり!」
兄の提案に、即座に弁護人が異議を唱えた。
「なぜ、そのようにまどろっこしいことをするのか……理解に苦しみますな。本当に『決定的な証拠品』であれば、ひと目見て誰の目にも明らかなはず。それを『実験』などと言って話をややこしくするとは、この場を煙に巻こうという意図を勘ぐってしまいますな!!」
しばらくぶりの反撃。
でもそのくらいでは、グレアム兄さまは怯まない。
「異議あり」
静かに異議を唱える兄。
「こちらの魔導具はすでに修理・修復され、動作可能な状態にあります。しかし先ほどの魔力発信機同様、こちらの魔導具もまた人が感知できない魔力を使用したものです。直感的に理解するためには、実際に使用してお見せする方が良いと、検察側は判断致します」
兄はそこで首をめぐらせ、こちらを見た。
––––視線が重なる。
頷く私。
兄は裁判長を振り返った。
「検察側は、本証拠品による実証実験の実施と、その解説のため、修復を担当したレティシア・エインズワースを参考人として再召喚することを求めます!」
再び、議場が揺れた。
☆
「レティ、頑張って!」
「君らしくやりなさい」
ヒューバート兄さまとお父さまの激励。
その言葉に私は「はいっ」と笑顔で頷き、傍聴席を離れる。
法廷に降りると、議場のあちこちから色んな声が聞こえてきた。
(「あの証拠品の修理も彼女がやったのか?」)
(「まさに天才、だな」)
(「いや。もうただの『天才』では片づけられんだろ。––––『可憐なる魔導の女神、法廷に降臨す』。よし。明日の見出しは、これで行こう!」)
「えっ?!」
ぎょっとして傍聴席を振り返る。
今なにか、とんでもない言葉が聞こえた気が……。
「レティ?」
私の手をひくグレアム兄さまが振り返った。
「ああ、いえ、なんでもありません」
そんな私に、兄がふっと笑った。
「俺も明日の新聞は何部か買って、切り抜いて額に入れとこうかな」
「ちょっ、聞こえてるんじゃないですか、お兄さま!」
「ははっ! ––––さあ、やるぞ、レティ。最後の戦いだ」
「はいっ!!」
こうして私たちは、決戦の舞台へと上がったのだった。
☆
係官たちが『実験』の準備をしてくれている間、私は証拠品の説明を始めていた。
「先ほどの検事さまの説明にもありましたが、私がこちらの魔導具を最初に見たとき、すでに内部の魔導回路が焼き切れておりました。––––ですがこの損傷は、経年劣化などで自然に起こったものではありません。本体背面にある『自爆スイッチ』を押されたことにより人為的に引き起こされたものです」
私の説明に、議場にいる大勢の人たちが息を飲み、あるいは騒めいた。
「つまり、何者かが故意に壊した、ということですかな?」
「はい。『背面の自爆スイッチの機能を知る者』が、『証拠を隠滅する目的で』スイッチを入れ、魔導具を破壊した可能性は十分にあります」
私が裁判長の質問に答えると、早速、弁護士が声をあげた。
「異議ありっ! 掃除中のメイドが誤ってスイッチを押した可能性もあるじゃないか。それにその背面のスイッチが『自爆スイッチ』だというのは、参考人の私見に過ぎない。適当なことを言うのはやめてもらおう!!」
苦しい言いがかりをつけてくる弁護人に、会場の人々の怪訝な視線が集中する。
兄が反論する。
「今、話がでた『自爆スイッチ』ですが、王立魔導工廠の見解でも『魔導基板を破壊するためのスイッチと推定される』となっています。こちらが見解書です」
「……なるほど。確かにそう書いておりますな。検察側の主張を認めます」
裁判長の裁定に「くっ」と歯ぎしりする弁護人。
だけど、まだ終わりじゃない。
私は弁護人をちら、と見て、次にグレアム兄に問いかけた。
「そもそも、設計段階で『自爆スイッチ』がつけられるような機密性が高い魔導具が、メイドが掃除するような場所に無造作に置いてあったのでしょうか?」
「いえ。当該の魔導具が置かれていたのは、公爵家の宝物庫がある地下区画の一部屋です。その部屋の鍵を持っているのは、公爵と一部親族、それに執事のみ。これは公爵自身の証言によるものです」
議場の視線が、被告席のオズウェル公爵に集中する。
公爵は表情を変えることもなく、ただ置き物のように座っていた。
兄が斬りこむ。
「こちらの魔導具が何であるか、ぜひ被告自身の口でご説明頂きたいものですね」
そのひと言が、引き金となった。
「ふざけるな! 貴様ら下賎な輩が無理やり公爵邸に押し入り、勝手に押収して行ったんじゃないか!! なぜ公爵様が––––」
激昂する弁護士の肩を、後ろにいた公爵が掴んだ。
そして、ひと言、ふた言。
「しっ、しかし……」
食い下がる弁護士に、さらに公爵が何かを告げる。
「かっ、畏まりました……」
青い顔をして、後ろに下がる弁護人。
公爵が、こちらを一瞥し、裁判長の方を向く。
彼は言った。
「ここからは、私自身が自らの弁護を行う」
––––私たちは、ついに黒幕を引きずり出した。