第35話 一つ目の立証 - 『仮説』
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『魔力の波長』
光や音など、自然界の多くのものがそうであるように、魔力もまた波の性質を持っている。
魔導錠の施錠や解錠。
魔導金属線の引き伸ばしや切断、溶着など。
その性質を利用した仕組みや加工方法はそれなりに知られていて、特に『放出魔力の出力と波長の調整』は魔導具師の基礎技術ともされていた。
私も幼少期に魔導具づくりを学び始めた頃は、ミストリール線に魔導ごてを当て、出力と波長を変えながら思った形に線を成形する練習を繰り返したものだ。
さて、この魔力波長。
魔法や魔導具を扱う者であれば誰もが感覚として知っているものだけど、実は学術的に研究されたことはほとんどない。
理由は簡単。
まともな測定機がなかったから。
せいぜい波長の長短によって針の振れる速さが変わるものくらい。
振れの速さを計数的に表示できる測定機は、少なくとも我が国には存在しなかった。
もっとも、必要性が薄かったから開発されなかった、とも言える。
魔導具づくりで使う波長の長短など知れているし、それを計量化するよりはいかに微細にコントロールできるようになるかの方が、魔導具師としてはよほど重要だったからだ。
話をもどす。
今回の魔導具を調べたとき私が初めに思ったのが、まさに先ほどグレアム兄が尋ねたことだった。
相当な魔力を消費しているはずなのに、魔力感知能力が高い私や兄、父までもが、その魔力に気づかなかった。
なぜ? ということである。
そのまま何の情報もなく考えていたのではいつまで経っても正解に辿り着かなかっただろうが、幸いなことにヒントがあった。
––––なんのことはない。
目の前の箱を分解して調べればよかったのだ。
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「この箱を分解して調べたところ、二つの機構が見つかりました。一つは、魔力を放出する機構。もう一つが、魔力を特定の波長に変換する機構です。––––係官の方、申し訳ありませんが、こちらの図を広げて持って頂いて構いませんか?」
私は証拠品として机に並べられているものの中から、一枚の図を指した。
係官たちがやってきて、図を掲げる。
同時に、同じ図が議員席、傍聴席でも掲げられた。
描かれているのは、問題の魔導具のアイソメトリック図……物体を斜めから描いた図だ。
魔導具に詳しくない人が見ても分かるように、一部透過して内部構造が見えるように描いてある。
私は伸縮式の指示棒をカバンから取り出し、説明を続けた。
「この箱には、4つの部品が配置されています。①スイッチ、②魔石スロット、③魔力放射板、そして②と③をつなぐ、この毛の束が④の波長変換部です。––––④からは魔物特有の魔力の残滓を感じましたから、恐らく『痺れコウモリ』か何かの魔物の器官を利用したものだと思われます」
私は議場を見回した。
皆、図に見入っている。
指さしながら隣の人に解説している人もいるから、まあまあ、ここまでの説明は大丈夫そうだ。
「よく知られているように『痺れコウモリ』は、洞窟などの暗闇に生息し、人間や他の魔物が感知できない何かを使って獲物を探知し、パラライズの魔法で痺れさせて捕食する魔物です。私はこの『獲物を探知する方法』が、私たちが感知できない波長の魔力であり、魔導具にその仕組みが転用されているのではないかと考えたのです」
(「おお……っ!!」)
議場が大きくどよめいた。
コウモリが、人が聴こえない周波数帯の音波……超音波を使って周囲を把握していることは、地球ではよく知られた事実だ。
私の今の説明はそこからの類推だけど、きっと大きくは外れていないと思う。
「試しに魔石と魔力放射板を直結したところ、私たちにも感じられるかなりの強度の魔力を放射しました。従ってこの『毛の束』が、魔力を人間に感じさせない波長に変換する部品であることは、間違いないと思われます」
私が、そう解説した時だった。
「異議ありぃっ!!!!」
横の方からブタが喚くような声が飛んできた。
声の主は、ちょび髭の弁護士だった。
「まったく、聞くに堪えませんな! 検察が検察なら、その参考人も参考人だ。ここまで検察側参考人が口にしてきた技術的見解は、すべて参考人の仮説にすぎない! 神聖なる法廷で妄想を語り、聞く者を誑かそうとするなど、許すことのできない暴挙です!! 裁判長、弁護側はあの詐欺娘に、法廷侮辱罪の適用を––––」
パンッ!!
「っ!?」
議場に響き渡る破裂音。
ギョッとした顔で私を見る弁護士とオズウェル公爵に、両手を打った私は、余裕の笑みで語りかけた。
「それではこの魔導具が発する『見えない魔力』を、みんなで『音』として聴いてみましょう」
私の言葉に、議場が歓声と怒号で揺れた。









