第32話 特別法廷へ
☆
一ヶ月後。
私は父と二人の兄と一緒に、馬車で王宮に向かっていた。
「それで、首尾はどうなんだ? 兄貴」
向かいに座るヒューバート兄の問いに、グレアム兄は少し考えたあと、口を開いた。
「やれることは全てやった。証言も証拠も、集められるだけ集めた。あとは議論の行方次第、というところだな」
「なんだそれ。決定的な証拠は『ない』ってこと?」
「あるには、ある。だが言い逃れの余地がないとは言い切れないものなんだ。従って、それ以外の状況証拠をどれだけ積み上げるかに掛かってる」
「勝率は?」
「五分と五分」
「それはしんどいな」
ヒュー兄が首をすくめた。
今日の裁判は、ヒュー兄の予想通り、元老院で『特別法廷』として開かれることになった。
検察側と弁護側が弁論で争うのは、普通の法廷と同じ。
違うのは、判決を下すのが陛下と元老院、そこに判事を加えた合議体であるということ。
また検察側には、捜査を担当した第二騎士団からも一人、席に入ることになっている。
被告人は、現宰相・オズウェル公爵。
この裁判は、公爵による外患誘致と、陛下とジェラルド殿下に対する暗殺未遂について争われる。
今日の私たちは、父が元老院議員、グレアム兄が第二騎士団代表の特別検事、ヒュー兄は関係者特別傍聴、そして私は検事側参考人、という立場で裁判に臨むことになっている。
「なるべくお前の出番がないよう俺も頑張るつもりだが、もしもの時は頼んだぞ、レティ」
「はいっ!」
グレアム兄の言葉に頷く私。
隣の父が私に言った。
「うまくやろうとしなくて良い。私たちがここまで来れたのは、そもそもお前のおかげなんだ。後はなんとしても有罪の判決を勝ち取るからな」
「はい。大船に乗ったつもりでがんばります!」
ぐっ、とこぶしを握る私。
頭をなでてくれるお父さま。
今回の裁判で私に求められる役回りは、魔導具の解説……つまり、あの魔導無線機についての説明になる。
想定される展開に備え、検察側に協力して様々な資料を作ってきた。
できればそれらを使わずに済むような『楽な展開』を望んでいるけれど……相手のあることだ。
そう簡単にはいかないだろう。
この一ヶ月の間、私たち……父と兄、エインズワース工房の職人たち、そして第二騎士団の調査隊は、魔導ライフルの開発をはるかに上回る規模の仕事をしてきた。
私自身が魔導回路の設計に取り組み、魔導通信機の復元と、いくつかの測定機の開発を実施。
測定機の製作は、王都工房。
資材発注とスケジューリングなどのマネジメント関係をヒュー兄が手伝ってくれた。
その測定機を使い、第二騎士団が現地調査を実施。
グレアム兄が私と第二騎士団、それに司法省検察局との橋渡し役をしてくれた。
父は、全体の状況を見て都度陛下に報告し、他の貴族たちへの根回しに奔走した。
これは、我がエインズワースと王党派貴族との全面戦争だ。
二度と……二度と、回帰前のような結末にはさせない。
ジェラルド殿下を謀殺し、陛下を害し、我が家門を滅ぼした王党派を、オズウェル公爵家を、私は絶対に赦さない。
私は深呼吸すると、窓から見えてきた元老院の議場を見つめ、そう決意したのだった。
☆
議場は、異様な熱気に包まれていた。
先の事件では、第二騎士団の騎士たちが命の危険に晒された。
彼らの大部分が新貴族家門の者たちであり、グレアム兄のように嫡男である者も多かった。
要するに新貴族・元老院派の貴族たちにとってあの事件は、自らの家門への直接攻撃に等しいのだ。
公爵の罪が事実なら、到底赦せるものではないだろう。
一方で王党派の貴族たちにとっても、これは負けられない戦いだった。
オズウェル公爵が有罪となれば、必然的に彼の協力者にも捜査の手が伸びる。
後ろ暗い家門は多いだろうし、そもそも王党派の中心である公爵家が取り潰しになれば、派閥そのものが瓦解するだろう。
そうして元老院派と王党派の議員はあちこちで睨み合い、場合によっては上品な言葉で罵り合っているのだった。
☆
私たちが席につきしばらくすると、侍従の先触れがあり、やがて王家の人々が姿を現した。
コンラート陛下にジェラルド殿下、それに少し離れてアルヴィン王子が入場してくる。
陛下と殿下は颯爽と。
どこぞの馬鹿王子は精神が不安定なのか、目だけギョロギョロと動かし、視線をあちこちに彷徨わせていた。
(ストレスに弱いタイプなのね)
そう思い冷めた目で見ていると、やがて私たちを見つけたようだった。
突如として、その表情が変わる。
目を血走らせ、歯を剥き出し、すごい形相で睨んでくる馬鹿王子。
「(ぶっ)」
「どうした? レティ」
隣のヒュー兄が尋ねる。
「いえ、なぜこの場にお猿さんがいるのかと思って」
「?? お猿さんて……ああ」
顔に手をやり、笑いをこらえるヒューバートお兄さま。
「レティ、口が悪いよ」
「お兄さまだって、笑っているじゃないですか」
「君が変なこと言うからだろ」
「人のせいにしてズルいですよ、お兄さま」
「ほら、二人とも静かにしなさい。始まるぞ」
隣のお父さまに嗜められ、私とヒュー兄は前に向き直る。
––––そして、裁判が始まった。