第30話 変化する未来
新聞へのコメントや私の肖像画のスケッチを許可したことについてひと通りお父さまに文句を言った私は、とりあえず矛を収めることにした。
やってしまったものは仕方ないし、どうせもう手遅れなことだし。
それにやはり、情報公開は王陛下の方針だったらしいので、やむを得ない面はあったと思う。
やり過ぎなのは、間違いないけどね!
ちなみに掲載されたイラストが美化されていたのは、お父さまが何度もダメ出しをしたかららしい。
……もう言葉もないです。お父さま。
私のお説教がひと息ついたところで、グレアム兄さまがお父さまのフォローに入った。
「ま、まあ、レティの怒りももっともだ。だけど、あの時––––お前が空中から落下したとき、真っ先に飛んでいってお前を受け止めたのは父上なんだぞ」
「えっ、そうなんですか?」
私が尋ねると、お父さまは「う、うむ」と小さく頷いた。
「お前の様子を見ていた父上は、お前がよろめいたときにはもう詠唱しながら走りだしてたんだ。それだけ父上がお前のことを大切に思っているってことは、知っておいてあげてくれ」
そうか。
あのとき私を受け止めてくれたのは、お父さまだったのか。
––––覚えてる。
意識が遠くなり、深い闇に落ちてゆく中。
私をしっかり受け止めてくれた、力強い腕の感触を。
そして、その温もりを。
私は席を立ち、お父さまのところに歩いていく。
「レティ?」
戸惑いながら私を見つめるお父さまに、私は––––
「ありがとう、パパ」
力いっぱい抱きついた。
涙があふれて止まらなかった。
☆
その後。
私が落ち着くのを待って、父と兄たちは私が寝ていたこの数日間に起こった出来事について、話してくれることになった。
「大枠は私が話しましょう」
グレアム兄が手を挙げる。
「一番大きな変化は、王党派筆頭のオズウェル公爵が宰相職を更迭されたことだ」
いきなりとんでもない話を口にするお兄さま。
「こ、更迭ですか?」
「ああ、更迭だ」
「なんで、また?」
「例の襲撃の件で、公爵に外患誘致と国家反逆罪の疑いがかけられてる」
「っ!!」
実はあの日、戦いながら不思議に思っていたことがあった。
回帰前には三年後の侵攻まで秘匿されていた公国の竜操士が、なぜあのタイミングで姿を現したのか。
そして敵はなぜ、迷わずピンポイントで陛下とジェラルド殿下がいる第二練兵場を狙ってきたのか。
「何者かの手引きがあった、ということですか」
「その通りだ」
お父さまが頷いた。
「あの後、お前を屋敷に連れ帰ってすぐ、グレアムがうちにやってきた。––––陛下からの『内密に会いたい』という手紙を持ってな」
父の言葉に頷く兄。
「私とグレアムが王城の指定された場所に行くと、そこにはすでに陛下とジェラルド殿下が待っておられたのだ」
「!!」
私はあまりの話の展開に、唖然としてしまった。
父と兄の話を要約すると、以下のようになる。
①飛竜による王城襲撃はすでに多くの住民に目撃されており、もはや隠ぺいすることはできない。陛下としては積極的に情報開示し「敵を撃退した」ことを強調して住民の不安を取り除かねばならない。
②「①」を実現するため、私には『英雄』になってもらわざるを得ない。私の戦いはあの場にいた全員が目撃しており、下手に隠そうとすれば、王室への不信感に繋がりかねない。
③敵の竜操士の編隊は、極めて組織的で洗練された攻撃を仕掛けてきた。その連携と戦術から推測するに、どこかの国の正規兵としか考えられない。しかしどこの国かは分からない。少なくともこの大陸で、飛竜を手懐けることに成功したという話は聞いたことがない。
④敵はまた、王と第一王子がそろう時間と場所を狙いすましたかのように襲って来た。このことから、今回の謁見の詳細について、敵に漏らした者がいると推測される。
⑤謁見に合わせて飛竜による襲撃を計画し、準備しようとすると、敵の移動時間を含め少なくとも一週間程度はかかるものと思われる。このことから内通者は極めて早い段階で謁見の時間と場所を掴んでいたものと思われる。
……ざっと、以上のような話だった。
「今回の謁見の時間と場所を、初期に正確に知ることができた人間は限られる」
グレアム兄さまが目を細めて言った。
その言葉を、お父さまが引き継ぐ。
「陛下と我々、そして時間を調整し場所を手配した、宰相とその部下だ」
「陛下とジェラルド殿下、第二騎士団が攻撃され、アルヴィン王子と第一騎士団がその場にいなかったというのも都合の良い話だ。……王党派にとってな」
父と兄が語る、ぞっとする話。
気がつくと、膝の上に置いた自分の手が震えていた。
「それで……この後、どのようになるんですか?」
私の問いに、グレアム兄が答える。
「オズウェル公爵家とその部下の屋敷には、事件翌日から第二騎士団が捜査に入っている。公爵と部下は自宅で取り調べ中。一応、我が家にも捜査が入って、父上と俺たちも取り調べを受けたよ。逃げた敵についても、現在行方を追っているはずだ」
そこで、今まで黙って話を聞いていたヒューバート兄さまが口を開いた。
「通常の手続きで進むなら、このまま二週間程度で調査が終わって、一ヶ月以内に司法省で裁判が始まるはずだ。ただ、今回はことがことだから、元老院に特別法廷が設置されるかもしれない」
「……おそらく、そうなるだろうな」
父がヒュー兄の言葉に頷いた。
「いずれにせよ、レティは心配しなくて大丈夫だ。俺の同僚は皆優秀だから、きっと証拠を掴んでくるさ」
最後に、グレアム兄がそう言って私の頭をなでてくれた。
☆
それから数日。
私は体調の回復に努めながら、ココとメルに更なる力を持たせるべく、魔導回路の設計などをしていた。
そんなある日。
我が家にグレアム兄と第二騎士団の人数名、それに司法省の人がやって来た。
兄は言った。
「実は公爵邸で、よく分からない魔導具が見つかったんだ。魔導具なのは間違いないんだが、用途が不明でね。俺だけじゃ分からないんで、父上とレティにも見てもらおうと思って持って来たんだ。……ああ、ちゃんと持ち出し許可はとってあるから、安心していい」
突然の話に、ぽかんとするお父さまと私。
それでも一応見てみようか、ということで、玄関ホールに台を持ってきて、皆が見守る中、問題の魔導具を広げてもらった。
「……なんだこれは?」
首を傾げるお父さま。
その魔導具は、いくつかの部分に分かれていた。
みかん箱よりは小さい木製の箱。
その箱には、何やらダイヤルらしきものがいくつかついている。
おそらくこれが本体だろう。
その箱からはやたらと長いミストリール線が延び、傍らでとぐろを巻いている。
そして最後は、台つきのボタンのようなものと、小さなカップのようなもの。その二つもミストリール線で本体と繋がっていた。
それらを見た瞬間、私は息を飲んだ。
––––なんで、こんなものが公爵邸にあるの?!